遠い目を閉じると

三輪ココロ

遠い目を閉じると

廃遊園地。

「おーい」

遠くから誰かが呼んでいる。

「おーい」

声は錆びついた観覧車の方から聞こえる。

「ミナコ〜。ミナコ〜。」


「ミナコ!」

「うーん・・・」

夜の道を走る一台の車。

「ミナコ、もう10分ぐらいだぞ。起きろ」

助手席の彼女にそう声をかけるのは葛西コウ。なかなか起きない彼女の肩をたたく。

道路沿いの店の明かりが車内に差し込み眩しそうな顔をしながら目を覚ました彼女は咲洲ミナコ。

「え もうこんなところ?」

「うん。3時間くらいずっと寝てたな。」

「もー 起こしてよ・・・」「何回か声かけたんだけど」

「あ、確かに夢の中でコウくんに声かけられたかも。」

「だろ?」「けどさ〜、もううちついちゃうじゃん。・・・嫌だ。」「嫌だと言われても・・・」

「やっぱさ、今からどっか行こうよ。えーっと・・・」

旅行誌を開くミナコ。

「待て待て。もう熱海には戻んないぞ。俺も眠気が限界だしおばさんに怒ら・・・」

「やだ!」「明日からまた学校だし・・・」「やだって!」「中間テストも近いし」「わー!やめてやめてバカバカ!コウくんのバカ!」


ミナコの家の前。

「じゃあまたな。」「うん。二日間ありがとう。楽しかった。」

ドアを開け、外に出るミナコ。

「・・・さっきは、ごめんね。」

「いいよ謝んなくて。」

「・・・じゃあね。」

「おう。」

家に向かって歩いていくミナコを車内から見届けるコウ。

「ねえ!」

「あ?」

「また旅行、行こうね!」

ミナコが遠くから手を振っている。軽く振り返す。


ミナコの家の前。昼。

あの日、ミナコが手を振っていた場所を見つめるコウ。

「コウくん、来てくれてありがとう。」

「おばさん・・・大丈夫?」

「うん・・・何とかね。入って。」

ミナコの母が玄関から出迎える。


眠るミナコの枕元に正座をし、顔を見つめる。

「最近は発作が出なかったから大丈夫だと思ってたんだけどね。昨日突然来ちゃって。」

「発作・・・?」

「中学になってからは症状もなかったしコウくんが知る機会はなかったかもね。。ミナコ、生まれつき心臓が悪かったの。」

「え・・・」

「なのにおととい急に発作がきてね。そのまま眠っちゃったわ。本当突然すぎて・・・。何というか、また目を覚ますんじゃないかって。」

「俺も・・・現実感がなさすぎて、これ夢なんじゃないかなと。もしかしたら悪い夢の中なんじゃないかなって・・・。まさかこの前の旅行が最後になるなんて・・・」

「旅行、ミナコとっても楽しかったみたい。」

ノートをコウに渡す。ミナコがつけた日記だ。

ノートを見るコウ。

「ミナコ。ミナコ。」ノートを閉じ、ミナコに声をかけるコウ。

「体、悪かったんだな。俺、幼馴染なのにお前のこと全然知らなかった。ごめんな・・・。

もっと楽しい思いさせてあげたかったよ」


「じゃあまたお葬式の時に。」

「うん。今日は来てくれてありがとうね。」「あ…」

「え?」

「この日記、コウくんに持っておいて貰いたいの。」

「え、どうして…」

「ごめんね。全部みちゃったんだけど、このノートあなたとの思い出で一杯で…」

「え…」

「だからね、きっとミナコ、その思い出をコウくんに持っていてほしいんじゃないかと思って。」

「…わかった。じゃあまた。」

コウは家を出て、駐車場へ向かう。


帰りの車の中。助手席にノートを置き走り出す。

何かを考えながら、運転しているコウ。

パーキングに車を止め、日記を読む。

「俺、あいつのこと、本当に好きだったんだな。好きだったくせに、なんにも気づけなかった。何にもできなかった。ミナコ・・・もう間に合わないのは分かってる。だけど、だけど、最後に一度でいいから会いたい。お願いだから・・・何処かにいてくれないか。」

ふと車内に置きっぱなしになっていた旅行誌が目に入る。

手に取り、開くと至る所にミナコの字で書かれた付箋が貼り付けられていた。

旅行誌を閉じ、車のエンジンを掛けパーキングを出る。



正午。

『今日はずっと楽しみにしていた旅行です。楽しみ過ぎて一睡もできませんでした。

それに対してコウくんは、ぐっすりと眠れたようで、30分も遅刻してきやがりました。』

車を運転するコウ。熱海市に入る。

小さな定食屋に辿り着く。あの日ミナコと来た場所だ。今日にあの日の景色を重ね合わせる。

「わっ、すごいよこの海鮮丼!カニの手が入ってるよ!えっ!生しらす丼もある!ねえ、ここにしよう!」

「ああ、もう食えたら何処でもいいよ・・・。腹減って死にそう。」

コウはヘトヘトになっている。


店内。POPには生シラス禁漁中と書かれている。

「いただきまーす!美味しそう!」

海鮮丼を食べる二人。

「早速予定が崩れたな。」

「ん?まあいいじゃん!この海鮮丼すごく美味しいし!生しらすは食べたかったけどね。」

「はー 歩き回ったからかすげーうまいわ。もう一杯くらい食えそう。」

「あ!なんか頼む?」「え?冗談だよ。」

「なーんだ。これとか、これとか、気になったから半分こしたかったんだけどな。」「お前、よく食うなあ。ダイエット中って言ってなかったっけ?」「今日はいいの!」「ええ・・・」


道を歩く二人。

「あー死ぬ!吐きそう!」「てへっ、ごめんね」

「てへっじゃねー。オエ・・・食えないのに頼むなよ。」「んーまだ食べれると思ったんだけどな〜」

「しばらく動きたくねえ。」「えー 今から走るのに」「は?何で」「チェックインの時間、過ぎちゃった。」「ざけんなよ〜」


旅館の部屋の中。扉が開く。

はしゃぐミナコとげっそりしているコウ。

「はあー」畳に寝転がり仰向けになるコウ。

「わあ!海だ!海が見えるよ!コウくん!」「あー・・・? 海ならさっきも見たじゃん・・・」

「そうだけど!ほら来て!」「もう・・うえっ・・何なんだよー」

立ち上がりミナコのいる窓際へと向かう。

「おお・・・ 海だ。」「すごくない?」「うん・・・なんかずっと見てられるな。もう今日ここでゆっくりしようぜ」「だめ!まだまだやりたいことあるんだから!・・・

わっ、みてあのワンちゃん。すごいちっちゃい!」「本当だ。・・あーあー、こけちゃったよ。かわいそうに。・・・えっ!」「飼い主さんまで転んじゃった!大変だな〜」

「可愛いな〜・・・あの船でっけえー」「ほんとだね・・・あー・・・」「・・・」

「・・・・・」「はーダメダメ!だめだ!いくよコウくん!起きて!」「えー・・・・あー!いくかー」

会話をしながら部屋を出ていく二人。部屋は誰もいなくなり15時ごろの陽の光が室内に差し込む。


伊豆山神社

「うえーつかれた」

「はあ…はあ…こんなに山の上だったとは…」

「ここはなんの神社ですか?」 「縁結びの神社らしいよ」「へー」

神社を参拝する二人。

「なにお願いしたの?」

「え?いいたくねえ」

「なんでよ。いいじゃんー教えて教えて」

「うるせーなぁ。」

「気になるじゃん!おい!教えろ!」

「あーわかったわかった。彼女できますようにって言ったの!」

「ははっ!言っちゃった!ねえ、知らない?神社で願ったこと、人に話しちゃダメなんだよ。叶わなくなっちゃうの!」

「てめー!」

「ごめんって~!けどきっと迷信だよ!多分!」

「テキトーなこと抜かしやがって!お前も言え!」

「えー まあコウくんと同じようなことだよ」

「お前彼氏いるじゃねえか」

「まあまあ…ね?所詮彼氏ですよ」

「は?」

「あー、お守り買ってかーえろ!」

「俺その間に、トイレいってくるわ」

「はーい」

「すみません、このお守りと絵馬ください」

ミナコは絵馬に

ずっと好きな人と一緒にいれますように。と書いた。


親水公園。夕暮れの海沿いを歩く二人。

「うわ!魚いっぱいいるよ!ねえ釣りたい!」

「ここ釣り禁止って書いてあるぞ。」

「なるほど。だからこいつらここでのびのび生きてるのか。ふーん。」

海の中を眺める二人。

「この子達って私たちのことどうみえてるんだろう?」

「何とも思ってないだろ。俺らが空見た時に雲があること気にしないだろ?」

「確かに。じゃあさ、今いきなり釣り上げられたらどう思うんだろう?

意外とさ、陸っていう未知の世界に行けたみたいで嬉しいんじゃない?」

「思うわけねえだろ。死ぬだけだ。陸は魚にとってあの世。死後の世界なんだよ。」

「ふうん。」

空を見上げるミナコ。

「そろそろ戻ろうぜ。」

「うん。」

「あー温泉だ!温泉が待っているー」

「やったー」


宿の部屋。

「あー!最高だったな~」

「よかったね」

「風呂も気持ちいいし飯もうまいしここは天国ですか?」

「はは」

「なんか飲もうぜ。買ってくるよ。なに飲む?コーラ?」

「んー、オレンジジュース!」

「おっけー。ちょっと待ってな。」


自販機の前。

ジュースを買うコウ。

「たっけーな宿のジュースってよー。オレンジジュースでこの値段かよ。しかもちっせー。

少ないから二本買っといてやるか。」


部屋に戻ってきたコウ。

「すまん自販機見つかんなくてさ、時間かかったわ」

「おーい。え、寝てんの?」

布団に入って寝ているミナコ。枕元に旅行誌がおいてある。

「寝る気満々じゃん… はしゃぐだけはしゃいどいて先に寝やがって。」

「一人寂しくテレビでも見よう…」


深夜。

何かに呼ばれる声が聴こえ、目を覚ますミナコ。

窓際にコウがいる。

コーヒーを飲みながら夜の海を眺めている。

「カッコつけてんねー」

「わっ、びっくりした」

「なにしてんの?」

「眠れなくてさ」

「ふーん。」

「夜の海っていいよな。昼間はあんなに活気に溢れてたのに、夜になるととたんに誰もいなくなる。

怖いのにどこか癒されるこの感じ。嫌いじゃないんだよな。」

「思い出みたいだね。」

「よくわかんないけど、わかる。」

「旅行、付き合ってくれてありがとね。」

「ん?ああ全然いいよ。むしろ大丈夫なのか?俺と旅行なんか行ったりして」

「大丈夫大丈夫。どうせ向こうももう私に興味ないし。」

「わけわかんねー。」

「なんか急にコウくんと遊びたくなっちゃってさー。最後に遊んだの、小6の時だっけ?」

「そうだな。遊園地にいったのが最後かな。」

「懐かしいなあ。あれからお互い受験があったりして会う機会無くなっちゃったんだよね。

あの遊園地、また行きたいね。」

「あれ、知らないのか?2年前に無くなったよ。」「え、そうなの?」

「でかいテーマパークが近くにできて潰れたよ。あんなに賑わってたのにな。」

「何にでも、必ず終わりは来るってことか・・・。寂しいな。」

すこし間が空き、ミナコが口を開く。

「あ、あのね。コウくん。」

「?」

「私さ、コウくんのこと、好きなんだ。」

「へ・・・?俺?」

「そう、君。ずっと好きだったの。ずっと。」

「…ま、まじかぁ」

コウからの返事を待つが返事がなく、ミナコが耐えきれず話し出す。

「本当に好きって思える人。・・・・は、あなたしかいません。」

「なるほど…」

「て気持ちだけ、伝えたかった。急に変なこと言っちゃってごめんね。でも付き合って欲しいとかじゃないの。ただこれからもずっと好きでいたい。

・・・でも、そうはいかないのかな。終わりは来ちゃうのかな。」 

すこし落ち込み、涙を流すミナコ。

「お、おいおいどうした?」

ミナコのそばに寄り慰める。

「ごめん。怖くなって…」

「お、終わることはないんじゃないかな?」

「本当に?」

「うん。大丈夫だ!大丈夫大丈夫!」

「よかったあ…」

「…」

月の光が差す中、沈黙の時間が流れる。

コーヒーを一口飲み、コウが口を開く。

「ち、ちなみに俺もさ、

ミナコの事、ずっと…」

コーヒーのパッケージから、ミナコの顔に視線をずらす。

座りながら眠るミナコ。

どこか安心したような顔をしている。

「なんだよねてんのかよ…。

ちっ、俺もそろそろ寝るか…。」


翌朝。

「おいっ。おいっ!」

ミナコに起こされるコウ。

「いつまで寝てるの?私もう出れちゃうよ。」

「んああ。」

ゆっくりと体を起こす。


旅行誌を見ながらコウに話しかけるミナコ。

「今日は伊豆の方に行きたいと思ってるの!ドライブしようドライブ!」

「運転するの俺なんだぞ?」「いいじゃんー。お願いお願い!」「しゃあねえな。」

「やったー!」


ドライブの点描。

(伊豆の観光地、道の駅など)


夕方の車内。

「次が最後かな~」

「えー。じゃあ、ここ!」

ミナコは爪木崎灯台を指差す。

「ずっと行きたかったの!」

「灯台?灯台とか好きだったっけ?」

「べつに好きだからとかじゃなくない?」

「まあそうだけど。」

「じゃあ決まりね!」


向かう道中。渋滞が続く。

「あー。おっせー」

ボリボリとお菓子を食べるコウ。

無言で外を眺めるミナコ。

「なあ。ミナコ。」

「・・・」

「おい。」

「嫌だ。」

「・・・仕方ねえだろ〜。これじゃ今日中に帰れないよ。」

「今日中じゃなくてもいいじゃん。」

「そうはいかねえだろ。お前も俺も明日があるわけだし、おばさんも心配するぞ。」

「そんなことどうでもいいよ。今行きたい。」

「また行けばいいだろ。何でそんなに今行きたいんだよ。」

「だって次いつ行けるかわかんないじゃん!」

「んー・・・いや、ダメだ!こればかりはお前のわがままには付き合えん!帰るぞ!」

「・・・コウくんのバカ。やっぱり嫌い!」

「はあ?・・おいミナコ。ミナコ!」

「・・・」

助手席で外方を向き、目を瞑るミナコと、少し悲しそうなコウ。


『私は最後の最後に、好きな人に嫌われてしまいました。

なんて馬鹿なことを言ってしまったんだろう。もしかしたらもう会えないかもしれないのに。』

車を駐車するコウ。日記に挟まれた写真を見た後、車から降りる。

爪木崎灯台に到着する。

『コウくんへ。もしもまだ私のこと、嫌いじゃなかったら。また私と出会ってはくれませんか?』

灯台へと向かうコウ。道の先にはあの日の装いのミナコが手を振っている。

『またあなたと話がしたい。一緒に海見たり、ドライブしたり、くだらないことで笑ったり。そしてもう一度、あなたの事を好きになりたいです。』

ミナコを追うコウ。断崖絶壁へと辿り着く。

『もしもその気になってくれたなら、目を閉じてください。そこに私はいます。』

「お前、そんなにここに来たかったのかよ。」

コウ、目を閉じる。


廃遊園地。

雑草だらけの園内。錆びたメリーゴーランド。軋む観覧車。

観覧車のゴンドラから出てくるコウ。

辺りを見回すコウ。

「おーい。ミナコ」

「おーい」

遠くで物音が聞こえる。物音の先にミナコの後ろ姿を見つける。

「ミナコ!」

観覧車の操縦席の中。ミナコはそこにいた。

「ミナコ!ミナコ・・・!」

ミナコを抱き寄せるコウ。

「会いたかった・・・。どれだけ探したか。謝りたかった事、伝えたかったこと、したかったこと、まだいっぱいあるんだ。長くなるかもしれないけど、また俺に付き合ってほしい。」

「本当に、また出会えてよかった。」

「ミナコ。」

「お前が好きだ。」

コウはそう言い、人の形をした禍々しい木の彫像を抱き締め続けた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遠い目を閉じると 三輪ココロ @miwakokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画