猫島

ツヨシ

第1話

「猫島に行かないか」

同僚の久保田に唐突に言われた。

少し考え答えた。

「行くか」

猫島は隣の県にある。

小さな有人島で、人より猫の数が多くて、猫好きには有名なところだ。

そして俺も久保田も猫好きだ。

週末、猫島に向かった。

家からフェリー乗り場、待ち時間、そしてフェリーに乗り島に着いた。

四時間近くかかったが、ようやく着いた。

「おい、見てみろ」

猫島の名は伊達ではない。

海と小高い山の間の狭い平地には、あちこちに猫がいた。

「わーっ、すごーい」

「きゃっ、こっちにもいるわ」

同じフェリーに乗っていたいかにも軽そうな女二人組が騒がしいのが気になったが、無視して猫と戯れる。

とは言っても相手は猫で、しかも野良猫だ。

人なれはしているようだが、甘えてくるわけではない。

「おい、こっちこい。逃げるな」

その辺の野良猫ほど全力で逃げないものの、ある程度の距離は保とうとする。

「おい、逃げるな。逃げるなってば」

久保田は猫を追いかけるのに懸命なようだ。

俺はそんな久保田を無視して、ただ猫を眺めていた。

「ミギャ!」

「あっ」

鋭く変な猫の声と、一瞬遅れて久保田の声が背中から聞こえてきた。

振り返ると久保田が防波堤の上にいた。

そして下の海を見ている。

「どうした」

声をかけると久保田が真っ青な顔で俺のところに来た。

「もう帰ろう」

「えっ、来たばかりだぞ。何かあったのか。変な猫の声がしたが」

「いいから帰ろう」

帰りのフェリーまで時間がある。

その間、俺は久保田にいろいろと聞いてみたが、久保田は「もう帰ろう」としか言わなかった。


次の日、久保田は会社に顔を出さなかった。

連絡もない。

上司に言われて俺が久保田のアパートに様子を見に行った。

部屋の鍵は開いていたが、久保田はいなかった。

携帯も財布もあるというのに。

――なんだ?

部屋の隅にノートの切れ端が落ちていた。

そこには「猫の声が聞こえる」と大きく書かれていた。

その後、久保田の姿を見た者は、誰もいない。



       終

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猫島 ツヨシ @kunkunkonkon

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