第5話 出会い05

 目を開けたら見知らぬ白い天井と……静柊先生の顔があった。

「気がついたようだね」

 静柊先生はやれやれと言った。

「ここは?」

 かすかな虫の鳴き声を耳が捉える。

 窓の外の草むらで鳴いているのだろうか。

 空調管理を魔法でしているのか、少し肌寒かった。

「学園内の治療院だよ」

 想像したとおりの施設名を言われて、葉誦は安堵する。

「僕は大階段から落ちて」

 夢のようにおぼろげな記憶をたどっていく。

「右手の捻挫だけとはラッキーだ」

 静柊先生は顎を撫でながら頷く。

「今日は! 今日は何日ですか!?」

 葉誦は跳ね起きた。

 右手は処置済みなのか痛みも麻痺もせず、動いた。

「炎天の月、水妖の日だよ。時刻は……6時」

 懐中から時計を取り出し、静柊先生は答えた。

 夢の中の日付と同じだった。違いがあるとしたら時間だろう。

 葉誦の視線に気がついたのか静柊先生は、時計を目の前まで持ってくる。

 働き者の秒針がちくちくと時間を縫い進めている。

 5時59分の呪縛は破られたのだ。

 いや、これこそ加学の力が必要で本格的な検査をしてもらったほうがいいのだろうか。

「徹夜でレポートも結構だが、丸一日眠るのはいただけない。

 おかげで姪もすっかり待ちくたびれてなぁ」

「姪?」

「ああ、来期から編入してくるんだ。

 本当は昨日の晩飯で紹介するつもりだったんだが……」

「すみません」

「過去は変えられない。が、幸い未来は変えられる。

 珠霞、起きなさい。

 葉誦くんが目覚めた」

 静柊先生は病室の隅、ちょうど検査道具で葉誦から死角になっている場所へ声をかける。付き添い用の椅子の予備が置いてあるのだろうか。そこから人が立ち上がる気配がした。

 さらさらと衣擦れの音と軽い足音。それにビーズが打ち合う賑やかな音をさせながら、その人物は寝台へやってきた。

「加学科二年の珠霞です」

 夢で見た、いや大階段から落ちる直前に見た少女が立っていた。

 昨日、この声に呼ばれて、寝不足で足元がふらついてて……大階段から落ちたんだ。

 静柊先生が言うように、右手だけですんだのは奇跡だったのかもしれない。

「霧悟から着いたばかりなんだ。

 こちらに友だちがいないから、葉誦くん。面倒を見てやってくれないか」

 静柊先生は言った。

「よろしくお願いします」

 少女は頭をペコリと下げた。

 プリズムイエローの短い髪がさらさらと零れて、花の香りをほのかに振りまいた。

「よろしく」

 葉誦は言った。

「晩飯までの時間、この辺を案内してやってくれ」

 静柊先生は当然だよな、と言う。

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