第2話 出会い02

 ドザッ!


 目を開けたら天井が見えた。

 染みの形まで見慣れた寮の天井。体の下には薄手の毛布。すぐ隣にはシーツが落ちかかっている寝台。

 葉誦は起き上がり

「っ!」

 バサバサと寝台から崩れ落ちてくる紙の束を見送りながら、左手で髪をかく。

 寝ている間に床に落ち、右手を打ったらしい。

 痣は見当たらないが、じーんと痛いような重いような違和感がある。

 これから腫れてくるのだろうか。

 治療院に行くか数秒悩んだが、却下する。理由が間抜けすぎる。

「嫌な、夢を見たな。

 階段から落ちる夢って確か……」

 あまり良くない意味があったような気がした。

 夢解きなどが分類される加学は葉誦の得意分野ではない。隣部屋の輪影りんえいが詳しいはずだ。すでに長期休暇を満喫中の隣部屋は主不在になっているが、鍵はかかっていないだろう。輪影はそういう大らかなタイプだ。

「ちょっと辞典、借りるか。

 夢の中までレポート提出とか。

 あー、もう。夕方か。何時間寝たんだ」

 窓から差しこむ光は淡いアンバー色を帯びていた。長期休暇一日目の過ごし方としては、あまりよくないパターンだろう。

 葉誦は紙の束を拾い集め、枕元に重ねる。毛布をたたんでいる最中に涼風の呪が施されているコートがずるりっと出てきた。

「片付けないとな」

 レポートと研究の往復で、部屋の中は物取りが入っていたとしてもわからない状況となっていた。

 毛布を寝台に置くとコートに袖を通す。

「あれ?」

 襟飾りのアンバーがなくなっていた。

 どこへ行ったんだろう、とは思わなかった。部屋が汚すぎて、どこかにあるんだろうな。ぐらいにしか思えない。

「そのうち出てくるだろう」

 葉誦は自分に言い聞かせ「お気に入りだったんだけどな」とちょっとだけ後悔した。

「とにかく輪影の部屋に」

 左手でドアノブを回して、葉誦は瞬きをした。

 夕方の光の悪戯か。水晶鱗の魚たちの群遊に当たったときのように、廊下は光で満ちていた。

 サファイアグラスを蒔いたように、煌いていた。

 葉誦は息を飲む。

 廊下に小さな人影があった。

 太陽光そのもののプリズムイエローの髪は肩に届かないほどで、右側に大きな耳飾が揺れているのがわかる。黄金の縁飾りのついた濃紺のローブの下には、真っ白な肌と輝くビーズの首飾り。

 ピンクヴァイオレットとしか表現しようがない大きな瞳が真っ直ぐに、葉誦を見上げていた。

 霧悟人らしい外見の、葉誦と同じぐらいかそれより年下の美しい少女だ。

「どちらへ行かれるのですか?」

「え、あ、隣の部屋に。

 ちょっと加学辞典が欲しくて」

「それなら、私がお役に立てます」

「え?」

 葉誦の疑問に少女は自分の頭を指す。

「だいたい覚えています」

「へー、君は優秀なんだね」

「あ、私、珠霞しゅかと申します。

 加学の二年生です」

 少女はぺこりとお辞儀をした。

「よろしく。僕は葉誦。

 二年なら同学年だね」

「はい、そうなりますね」

 少女は微かに笑った。

 葉誦もにこりと笑った。

 輪影のクラスメイトにこんな美少女がいたなんて知らなかった。毎日、こんな女の子と一緒に勉強できるのか。

 と、自分が男ばかりの学部にいることが不公平のような気がした。これまた急に。

「ここじゃ何だから、ホールへ行こうか」

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