第4話 夜明けのアリー

 スピンクスは白いおもてに怒りを浮かべてロジーをにらみつけていた。

「私が秘密を解き明かしてみせよう。さっきのつまらない謎かけよりずっといい」

「何だと」

「あなたは謎を解いたものを害することはできないんだろう。私の仮説を聞いてもらおう」

 スピンクスの顔が悔しげにゆがんだ。


「仮説はこうだ。

 アリーの父は確かに秘宝を手に入れた。だが、スピンクスを辱めてなどいない。

 単にそのまま街に戻ろうとしただけだ。その途中に落命した……道に迷ったのか、迂闊にも罠を踏んだのか、理由はわからないけどね。

 これはスピンクス、あなたにとって不都合な真実だ。だから嘘をついて隠そうとしている。あなたの欲望は、さっき自分で語ってみせた通りだ。迷宮への支配と秘宝への執着を抱いているのはあなた自身だ」


 スピンクスはロジーをにらみつけているだけで、何も答えない。

「でも、それなら……秘宝はどこに?」

 ぼくはまだ立ち上がれない。

「君の父が君に残した角灯は、ただの『消えずの角灯』だ。怪物や罠が避けていたのは角灯じゃない」


「やめろ!」

「君だ、アリー。君こそが君の父が望んだ秘宝なんだ。迷宮が秘宝を守るための場所なら、怪物や罠が君を傷つけようとしないのは当然だ。君を守ることこそ、この迷宮の存在意義なんだから」

「妄想だ。でっちあげだ。ただの仮説に過ぎない」

 怪物は大きく翼を広げて威嚇しながら、ロジーをにらみつけた。

「我が語った真相が嘘だという証拠でもあるのか?」


「ある」

 ぼくは角灯を見ていた。ぼくが生まれたときからずっと一緒だった角灯。父の形見。この角灯を持っていた人がどんな人か知りたくて、いままで生きてきた。

 ぼくはぼくの角灯を見ていた。

 だから――

「これはぼくのじゃない。ロジーの持っていた角灯だ。


「バカな……」

「その時はあの角灯に力があると思ってたから、怖かったけど。この人の言うことを信じてみようと思ったんだ」

 ロジーがぼくと並んで角灯を掲げた。

「この角灯に力があるなら、私が掲げても同じ効果があるはずだ。検証したくなるのは学者のクセでね……けっきょく検証する機会はなかったけど、代わりに真相を暴くことができた」


 ぼくはうなずいて、スピンクスを睨んだ。

「お前の言ったことは嘘だらけだ!」

「おのれ!」

 スピンクスが人の胴ほども太い前足で床を叩き、吠えた。

「宝を守護する決まりなど知ったことではない! いい!」

「そうやって、パパを殺したのか!」

「その男を引き裂いてやる。そしてアリー、汝を取り返す!」

 ギラギラと光る目には、狂気の色が宿っている。人間と同じ顔をしているだけに、まざまざとわかった。


「ぼくはお前の娘なんかじゃ……」

「自分で自分の嘘を信じ始めている。秘宝がになったら、彼女も迷宮も意義を失う。それを恐れてるんだ」

 ロジーがぼくの手を引いた。

「愛しい娘を渡すものか!」

 スピンクスが飛び上がった。翼を広げ、かぎ爪を振りかざし、ロジーを狙っている。


「ぼくは……」

 時間がゆっくりと感じられた。

「きみのものに……」

 ロジーがぼくを見ていた。

「……ならない。ぼくはぼくのものだ」

 その時、迷宮全体がねじれてゆがんだ。なぜか、ぼくにはそれがわかった。


「嫌だ! 我の永遠が、力が消えてしまう!」

 その言葉を最後に、スピンクスは光のなかに飲み込まれた。迷宮のすべてとともに。


 そのとき、何が起きたのかははっきりとわからない。でも、んだと思う。

 空間がゆがみ、収縮しながら広がっていった。迷宮は存在意義を失って、この世界から消えた……もしくは、この世界に溶け込んでいった。

 ぼくたちは上昇しながら下降し、前に進みながら後ろに退き、左を見ながら右を眺めていた。

 閃光のように一瞬で終わったようにも思うし、いつまでもその光のなかにいたような気もする。


 気づけば、ぼくたちは広々とした荒野に立っていた。

 荒野はなだらかな窪地クレーターになっていた。たぶん、そこに迷宮がんだろう。九層ぶんも深くない。どういう仕組みになっているのかはわからなかった。


「アリー……その、すまない」

 ぼくとロジーは手を繋いだままだった。余った手にそれぞれ角灯を持っている。

「どうして謝るのさ?」

「私は自分が助かるために、君を自分のものにしようと考えた」

「気にしないで。もう断ったんだし」

「それに、約束を果たせなかった。君に秘宝を渡すと約束したけど……最初から君のものだったんだから、渡しようがない」

「知らなかったんだ、仕方ないよ」


 周囲にはぽつぽつと、何組かの冒険者の姿があった。たぶん、迷宮が消えた瞬間になかにいた人たちだろう。バドもそのなかにいる。

「ずっとパパのことを知りたかった。けっきょくわかんなかったけど、少なくとも……誰にも望まれずに生まれてきたわけじゃないことはわかった」

 ぼくは晴れやかな気持ちだった。

 でもすぐに、まずいな、と思った。

「これから大変なことになる」

 迷宮の街は迷宮からの資源でできた街だ。それはきれいさっぱり失われた。


「責任なんて、とりようがないよ」

「これから起きることの責任は君のものじゃない。たぶん、迷宮じたいが機能不全を起こしていたんだ。スピンクスと迷宮が生まれたのが何百年前かわからないけど、長い時間のなかで異常を起こしたのかも」

「つまり?」

「迷宮を頼りにすること自体が、もう限界だったんだ。もっとひどいことが起きていたかもしれない……君が秘密を解かなかったら」

「ぼくたちが、でしょ」


 ちょうど朝日が昇り始めていた。

「よし、決めた」

「何を?」

「ひとまず、安全なところまで行こう!」

 誰かにつかまる前に、ぼくは歩き始めた。

「ま、待て。なぜ私を連れてこうとする?」

「ロジーにはこのことを正式に発表して貰わないと。迷宮学会の研究の成果、でしょ?」

「そう……だな」

「その時に嘘を書かれないように見張らないといけないからね」

 ロジーは嘆息してから、小さくうなずいた。ぼくたちはお互いの角灯を持ったまま、走った。


 夜から朝の色に変わっていくほうへ、ぼくは走った。

 光に背を向けて進むのは初めてだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灯り持ちのアリー 五十貝ボタン @suimiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ