第3話 スピンクス
灯りを掲げて部屋に入ったとき、最初に見えたのは乳房だった。
まるで彫像のような白く丸い乳房のすぐ下からごわごわとした獣毛が生えそろっている。
乳房はぼくの頭よりもずっと高いところにある。その上には女の顔があった。少女のようにも、老婆のようにも見えた。
「よくぞここまでたどり着いた」
その顔がニタリと笑った。残忍さを隠しもしない。
「スピンクスか……本当にいるなんて」
「その通り。我こそは宝の番人。偉大なる守護者。秘宝を求めるものへの最後の試練」
ばさりと、スピンクスが翼を広げた。
「ひ……光に照らされて平気なの?」
ぼくが掲げた灯りがスピンクスを照らしている。もちろん、ロジーも角灯を掲げている。
「ホホホ……」
スピンクスはおかしげに声を上げた。
「おそらく……」ロジーが言う。「彼女は他の怪物と違って、人間を害するためにいるわけじゃないんだろう。役割が違うから、性質も違うんだ」
「少しは道理をわきまえているようだな」
スピンクスが光の前に身を差し出すように両腕を広げた。
「アリー、ここまで来るのは汝だと思っておったぞ」
「どうしてぼくの名前を?」
怪物の口で名前を呼ばれて、驚いた……なんてものじゃない。腰が抜けるかと思った。
ロジーが見ている前だから、飛び上がるぐらいで済んだけどね。
「それは後のお楽しみだ。もっとも、わかるときまで生きていられたらの話だが」
「あなたを倒さないと秘宝は手に入らないのか?」
スピンクスの謎めかした物言いに言い返すように、ロジーが前に進み出た。もしかしたらぼくを守ろうとしたのかもしれない。
「その質問が『我を倒せば秘宝が手に入るのか』なら正しい。だが、秘宝を手に入れる資格を示すために我を倒す必要はない」
「じゃあ、どうすれば?」
ぼくが聞くと、スピンクスは再びニタリと笑った。
「知恵を示してもらおう」
「得意の謎かけか」
「その通り!」
ロジーはスピンクスについて知っているらしい。迷宮学会は無名だけど無実ではないってわけだ。
「謎に答える機会は一度だけ。もし誤った答えを口にしたり、答えられなかったりしたら、この場で我が貴様らを食う」
「一人につき一回?」
「全員で一回だ。ただでさえ人数が多い方が有利なのに、さらに有利にしてやるつもりはない」
「今から『やっぱやめた』っていうのは?」
「ここまで来た者に退路はない」
「正解しないと出られない部屋、というわけか」
ロジーは頭を押さえてから、うなずいた。
「ここまで来て全滅はやだよ」
「これでも少しは自信がある。任せてくれ」
今から逃げることはできない以上、ロジーに頼るしかない。同じトロッコに乗った石だ。
「答えよ。
それは壁のように人の目を遮るが、壁のように触れることはできない。
それは覆いのように形あるものを包み込むが、覆いのように持ち上げることはできない。
それがあるときにそれは見えず、それがないときにもそれは見えない。
それとは何か?」
「闇だ」
ロジーが即座に答えた。
「私たちは何も見えない空間のことを闇と呼んでいる。それはすべてを遮り、すべてを包むが、闇自体を見つめることはできない。闇の正体は、光がない状態のことだからだ」
「ほう」
スピンクスはもったいぶるように翼を揺らした。
ロジーのやつ。ぼくに一言くらい聞いてから答えればいいのに。まあ、どうせぼくはわからなかったけど。
「正しい答えだ!」
スピンクスが吠えるように叫ぶやいなや、ぼくたちの前に箱が現れた。金と宝石で細工された、豪奢な宝箱だ。
「資格を持つ者よ、箱を開けるがいい!」
ぼくはロジーと顔を見合わせた。彼の顔には喜色と興奮が浮かんでいた。きっとぼくも同じような顔をしていただろう。
二人でうなずき合ってから、ぼくは箱に手をかけた。ぼくが秘宝を手にする約束だ。
ずしりと重い蓋を開く。
秘宝は光を放って姿を現す……ものだと思ったけど、輝きもしなければファンファーレもなかった。
それどころか、箱の中には何もなかった。
空っぽだ。
「これっていったい……」
「今こそ真実を聞かせよう、アリー」
スピンクスは満足げに目を細めた。まるでこの瞬間を待ち望んでいるかのようだった。
「今から十四年前のことだ。ある男がこの間にたどり着いた。
その通り、迷宮の謎はすでに十四年前に解き明かされていたのさ。
その男は我が謎かけにも答えた。汝らがしたのと同じような偉業だ。
そして男は秘宝を手に入れた。彼が望んだのは迷宮の大いなる力を支配することだ。
罠にも怪物にも害されない絶対の安全! 話が読めてきたのではないか?
まさに、そのまさか。
男が望んで手に入れた秘宝とは、アリー、汝が今持っているその角灯だ!」
ぼくは思わず手の中の角灯を見た。
「そんなはずはない。だって……」
「まだ終わりではないぞ。絶対の力を手に入れた男が次に求めたのはこの我だった。
獣の強さと人の賢さを併せ持ったスピンクスを、男は求めたのだ。怪物さえ凌駕するすさまじい欲望の力。秘宝によりあらがえないのをいいことに、男は我が体をもてあそんだ。
そうして……この我が腹を痛めて生んだのが汝だ、アリー。
男は汝が生まれるや否や、汝と角灯を持って逃げ出した。
『いつか必ず、秘宝をここに返しに来る』と言い残してな。
何を考えていたのかなど我には知る由もない。だがそれ以来、我はここで待ち続けた。秘宝と、我が娘がここに戻ってくることを!
アリー、汝にはこの迷宮を支配する権利がある。そして、母とともに穏やかに過ごす未来も。
さあ、こっちにおいで。一度でいいから、我が子を抱きしめたかった……」
スピンクスは翼を広げ、たおやかな乳房をぼくに向けていた。
今度こそ、ぼくは驚きのあまり腰を抜かした。
ぼくが、怪物の娘?
ずっと探していた秘宝が、生まれたときからずっとあった角灯だなんて……
「嘘だ!」
「信じられぬのも無理はない。だが、秘宝を守るための迷宮は、秘宝が奪われたら消えるのが決まりだ。秘宝がなくなったのに、まだ迷宮が残っている理由を他にどう説明する?」
「説明ならできる」
ロジーが言った。はっきりとした声だった。
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