第2話 地獄めぐり
「迷宮は巨大な謎かけなんだ。すべての階層を一度ずつ通ること。そして、開ける扉も九枚ぴったりでなければならない」
「一筆書きのパズルみたいだね。すべての点を一度ずつ通って、ゴールにたどり着く道順はどれでしょう?」
「まさしく、それを複雑にしたものさ」
街では何枚も地図が売っているが、正確なものはひとつもない。冒険者はみんな「自分たちだけの秘密の場所」を持っているからだ。
ぼくはいろんな冒険者について迷宮に潜ってきた。彼らはそれぞれに様々な
ロジーの言ったとおりの条件を満たせる道順はひとつしかない。
第一層。迷宮には七つの入り口がある。ぼくたちは『ケルベロスの首』と呼ばれる場所から入る。名前の由来は、道がすぐにみつまたに別れているからだ。
「昨日の話、信用していいのか?」
ぼくの
「すぐにわかるよ」
左の道に進む。角灯から放たれる光は薄緑色。魔法の光だ。『消えずの角灯』と呼ばれる魔法の品だ。
「私のものと、違いはないように見えるが……」
ロジーも『消えずの角灯』を掲げている。街で手に入れたらしい。じゅうぶんなお金があれば、誰でも手に入れられる。
第二層。
「この扉を開けると、槍が飛び出す罠がある」
「じゃあ、慎重に……」
ロジーが言い切る前に、ぼくは扉を開いた。
罠は正しく作動した。向かいの壁から何本もの槍が飛び出してくる。だけど槍はどれも、僕の目の前でぴたりと止まった。
「言ったとおりでしょ。この角灯の持ち主は迷宮に害されないんだ。特別な『消えずの角灯』さ」
信じられないという目をしているロジーを尻目に、先へ進む。
第三層。
昇降機が下降する間、ロジーに聞いてみた。
「迷宮の解法はロジーが見つけたの?」
「いや、昨日話した友達だよ。彼は病床で迷宮と地獄の類似性に気づき、大量の書き置きを残した。解読には苦労したけど、彼の言わんとしたことがわかったとき……私が確かめるしかないと思ったんだ」
「命がけなのに?」
「彼の研究も命がけだった。この探索は、私にとっては彼との最後の対話に思えるよ」
第九層。石造りの上層部と違って、最下層はなめらかな金属が壁を覆っている。金箔や銀箔がされていた場所もあったけど、冒険者たちが剥がしてしまった。
「戦いの音だ」
金属が激しくぶつかり合う音。呪文と雷鳴。怪物が苦悶の声を上げる。
「関わりたくないけど……」
「誰かが危険な目に遭っているなら見過ごせない」
この探索行の雇い主はロジーだ。彼が言うなら従うしかない。
冒険者の一団が、牛頭の怪物ミノタウロスと対峙していた。でも、先頭に立つべき戦士が吹っ飛ばされて壁際に倒れていた。
怪物がいままさに突撃しようとしているところへ、ぼくは飛び込んだ。
興奮しきっていたミノタウロスは、ぼくの青い光を見た瞬間、脱力した。そして興味を失ったように、暗闇の中に去って行った。
「どういたしまして」
「まだお礼を言ってないだろ」
倒れていた戦士が治療を受けて立ち上がる。
「どうせ言われるだろうと思って」
「変わってねえな」
その頃、遅れていたロジーが追いついた。
「知り合いかい?」
「彼も昔は灯り持ちだったんだ」
戦士、バドはぼくより二つ上だった。
「危ないところだった、ありがとう。……まだ灯り持ちを続けてるのか?」
「見ての通り。今はこの学者さんと
「それが終わったあとでいい、俺の仲間にならないか?」
バドはなぜかぼくを熱心に誘う。でも、受けるつもりはなかった。秘宝を分け合うことはできないからだ。
「考えとくけど、期待しないで」
「せいぜい生き延びろよ、迷宮生まれ」
第八層。
「君は迷宮で生まれたのか?」
「まあね。ある冒険者の一団が迷宮の中で赤ん坊の泣き声を聞いたらしい。で、行ってみたら、ぼくがいたって聞いてる」
第七層。
「ぼくのそばには男の遺体があったらしい。その男が持っていたのが、この角灯なんだ。たぶん、迷宮で見つけたお宝で……この光が特別な理由がわかった?」
「その男は怪物を寄せ付けない角灯を持っていたのに、なぜ迷宮の中で死んでしまったんだ?」
「道に迷ったんじゃない? 餓死したとか」
「赤ん坊よりも先にか?」
「わかんないけど、自分の分まで食べさせてくれたのかも」
「だいたい、君の母親はいったい……」
「うるさいなあ! 関係ないでしょ!」
まったく自分がイヤになる。迷宮で不機嫌になるなんて。
「そうか。君は自分の両親の死が秘宝に関係していると思っているのか。だから秘宝を探しているんだ」
ぼくは黙った。ロジーの言うとおりだったからだ。
第六層。特別な手順で開く扉に入る。ふわっと浮遊感に包まれた。
第四層。いっけん何もない小部屋に、落とし穴がある。以前から、なんでこんな部屋があるんだろうと思っていた。だけど、これが秘宝にたどり着くための道順だったなら納得だ。
ドボン!
落とし穴の先は、浅い
「ぷは……こうなっているなら、先に言っておいてくれよ」
さっき言い当てられた仕返しだ。ふふん。
「ここが第五層。これでぼくらはすべての階層を巡った。そして……あれが九枚目、最後の扉だ」
泉の中程から延びる道の先の扉。いつもならただ通路に通じているだけだが、何かが違った。違和感の正体に気づいたのはすぐだった。いつもと同じ大きさに見えた扉は、ずっと遠くにあった。
近づいたかと思うと、さらに遠くまで道が続いている。ぼくが知っているその扉はせいぜい大人一人が手を広げて通れるほどの幅だったのに、近づくほどに大きさを増し、今や……巨大だった。
「もしかして、本当にたどり着いたのかも」
「やはり仮説は正しかったんだ。すごいぞ。私たちが迷宮の秘密を解き明かした!」
「行こう!」
ぼくの父や母が、かつてこの扉の前に立ったんだろうか。そして、この先に進んだのか……
「待ってくれ」
ロジーが僕の肩を掴んで止めた。
「試してみたいことがある……」
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