灯り持ちのアリー
五十貝ボタン
第1話 オタマジャクシ
『迷宮の街』には、宝を求めて冒険者たちが集まる。冒険者たちのための宿や、武器を商う店や、地図を買い取る店……そういうものがいくつも集まって、街ができあがっている。
この街に、冒険者の
ぼくはそのうちの一つ、『
「アリー」
組合の一員、通称「アゴヒゲ」が、掲示板に紙を釘で貼り付けながらぼくの名前を呼んだ。
「いつまで
灯り持ちの多くは、身寄りのない子供だ。彼らは組合からわずかな金を借り、松明を買って冒険者に同行する。灯りを持っているだけなら、誰にでもできる……暗闇の中を進んでいく勇気さえあれば。
冒険から運良く生きて帰ることができた灯り持ちは、報酬でまた次の灯りを買う。何度もの冒険を生き延びたとても幸運な子どもの
生き残ったオタマジャクシだけが
灯り持ちのまま十四歳を迎えたのは、ぼくだけだった。
「好きでやってるんだ。構わないでしょ」
「いくらお前がもっとも幸運な灯り持ちだからって……まさか、本気で秘宝を探しているのか?」
「だったら?」
「やめたほうがいい。もし秘宝の
「一人も逃げられなかったんなら、その噂が立つはずがないでしょ」
「あのなあ、俺は心配して……」
ぼくは少しだけ肩をすくめた。見た目がかわいい女の子だと、こういう仕草で話が打ち切れる。
「やれやれ」
アゴヒゲはそのあだ名の由来を撫でながら、張り紙作りのために引っ込んでいった。
「つまり、君たちはもう何年も第十層を探しているが……」
組合の一角で、一人の男が冒険者たちに何かを訴えていた。
「迷宮学会の仮説では、第十層は存在しない。地獄の階層と同じさ。九層ですべてなんだ」
パリッとした服装の男は冒険者ではなさそうだ。傍らに置いてある荷物から、分厚い本がこぼれかかっている。本を好むのは、学者か魔法使い。杖や水晶玉を持っていないから、学者だろう。
「お前、迷宮の真相を暴きに来たのか?」
冒険者の一団は男の言葉を信用していないようだ。
「その通り。一緒に秘宝を探す冒険者を探している。私は秘宝を見つけられればそれでいい。宝は君たちが山分けにすればいいさ」
男は不器用に笑った。見習いの商人がよくする、相手を安心させるためなのに、かえって不安にさせてしまうあの笑顔だ。
「そんな条件で探索を引き受けるやつはいない」
「今時の迷宮探索は現実主義なんだ。4~5人を雇える金をそろえておけよ」
「しかし、秘宝が手に入れば巨万の富が……」
「秘宝なんて幻だ。手がかりさえ見つかってない!」
食い下がろうとした学者は追いやられ、尻餅をついた。
「……ダメか」
嘆息をつく男の前に、ぼくはかがみ込んだ。
「秘宝を探しに来るなんて珍しいね」
「君は?」
「『我が名は
「先に名乗れと言うんだね。わかった、失礼したよ」
学者は裾を払いながら立ち上がった。
「私はロジー。迷宮学者だ」
「迷宮専門の学者なんて初めて見たよ」
「そうだろうね」
「ぼくは灯り持ちのアリー。さっき、第十層なんてないって言ってたね」
「ああ。迷宮学会の仮説が正しければ、迷宮はすでにその全貌を暴かれている。秘宝についての秘密だけが隠されているんだ」
「ふうん……」
ぼくは考えた。迷宮の罠や怪物は尽きることがない。迷宮が作り出しているからだ。古代の金貨をはじめとした宝物は、だんだん見つかる量が減ってきている。だけど、怪物の体の一部を加工する産業は盛んだ。
迷宮の街は今や、怪物退治を中心に成り立っている。迷宮に眠る秘宝なんか探さなくてもいい。怪物を見つけ、倒し、解体をすれば生きていくのに必要な金は稼げるようになる。
「実は、ぼくも同じことを考えてたんだ。迷宮はほとんど調べ尽くされているって」
「どうしてそう思うんだい」
「ぼくはこの五年で誰よりも多く迷宮に潜ってる。迷宮のあらゆる場所に行ったんだ」
「なるほど。実際に探索している冒険者から同じ感想が出てくるのは心強い」
灯り持ちが冒険者なのかどうかは議論の余地があるけど、黙っておいた。
「秘宝を見つけても要らないって話、本当?」
「ああ。学会の仮説が正しいことが証明できればいい。間違ってたら、また新しい仮説を検証できる」
ロジーは期待が入り交じった目でぼくを見た。
「ちょうど経験豊富な
ぼくはうなずいた。でも、彼が信じやすい性質だから、少し心配だ。
「あと何人か、怪物と戦える仲間が必要だが……」
「必要ないよ。ぼくだけでいい」
「君は戦えるのかい?」
「ううん。でも、探索の目的は?」
「秘宝を見つけること」
「秘宝はどんなものだって聞いてる?」
「手に入れたものの願いに応えて、形を変えると」
「そんなものを見つけたら、ぜったいに争いになる。ぼくの経験上、怪物よりも仲間割れのほうがやっかいだ。その点、二人だけなら争いにはならない。秘宝はぼくが、名誉は君が独り占めできる」
「しかし……」
「疑うようなら、秘密を教えてあげる。実は……」
ぼくが『もっとも幸運な灯り持ち』と呼ばれるのには理由がある。ぼくはロジーに耳打ちでその理由を明かした。
「信じがたいが、それが本当なら……たしかに他の仲間は必要ない」
「信じられないなら、迷宮に入ればいい。ぼくに前を歩かせれば、すぐにわかる。でしょ?」
ロジーはしばらく考え込んでから、「わかった」と言った。
「ぼくからも、ひとつ聞いていい?」
「ああ、何でも」
「迷宮学会って?」
「それを聞かれると困るな……」
「どうして?」
「迷宮学会は架空の機関なんだ」
「ロジーの空想で構成されてるってこと?」
「話せば長くなる……」
ぼくはロジーと肩を並べ、その『長い話』を聞いた。
彼が嘘つきではないことは確信したぼくは、ともに探索に出ることを決意した。
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