匿名殺人への招待

湾多珠巳

The invitation to anonymous murder

 絶海の孤島、アローン島。ある富豪が大邸宅を所有するその島に、多くの客が集まっていた。富豪の知人であるゴルド氏が古今東西の名探偵を世界中から招待して、親睦会を開催していたのだ。


「ま、親睦に来た奴なんていないがね」

 すでに三日目の夕方、会場の片隅で朱地あけじが言った。

「今日明日ぐらいに依頼人登場、探偵達に難事件の解決を懇願、そんなとこだろ」

「にしては、人数が過剰じゃないか?」

 横で反論したのはオームズである。

「見たところ五十人はいる。それも有名どころばかり」

「本当に探偵だけの親睦会なのかもよ」

 隣の卓で、そうミズ・メープルが笑った時、不意にボサボサ頭の和服男が走ってきた。

「朱地さん!」

「何事だね、金大寺君」

「向こうで騒ぎになってる。探偵じゃないゲストがいるんだ」

「ほう? まあ探偵を名乗らない探偵がいてもおかしくはないが」

「違うんです。探偵でも警察でもない、本当にただの一般人なんですよ」

「何?」

 その場の全員が顔を見合わせた。


「はい……私、ただの会社員でして。なんで呼ばれたのか……」

 男はマークと名乗った。パイプを手にメグル警部が尋ねた。

「ふむ……では、ここへの招待状は誰から?」

「それはゴルド氏から。あの、旅行代理店ですから色々おつきあいが」

 全員黙り込んだ。ブラワン神父が大げさに十字を切った。

「みなさん?」

 マークが周囲を見回した。


 一週間後、ゴルド氏が島にやってきた。出迎えた探偵達の中心、オームズへまっすぐ来ると、満面の笑みを見せ、すぐにけげんな顔になった。

「何か問題が?」

「今日、一人の死体が発見されました」

「えっ、それは」

 驚きとも喜びともつかない表情のゴルド氏を、探偵たちはじっとりと眺めた。オームズが言った。

「諸君、どうだね?」

「クロだね」

「クロ」

「最初から決まっておりますことよ」

「よろしいゴルト氏、あなたが犯人だ。ダイイングメッセージの通り」

「えっ!? なんだそれは! マークの野郎、何をトチ狂って――」

「おやおやあ、被害者がマークさんだと、いつ我々が言いましたかねえ?」

 朱地が煽り立てる。真っ青になった氏の前に、ひょっこりマークが現れた。

「い、生きてる……なんで――」

「赤犬の群に黒犬を一匹放り込んだら、自然にその一匹は淘汰される――」

 エルキュール・ポマロが朗々と語り上げた。ぎょっと振り返るゴルド氏。

「などと考えられたのでは?」

「いや、まさか、そんな……」

「小説なら鉄板の殺しの法則だ。自分はただ、赤犬の群だけ用意すればいい、それで手を汚さず黒犬を殺せる。素晴らしいアイデア! そう自己賛美したのでは?」

「いやその……そ、そ、そうともっ……しかし、この結果は?」

 五十人分のため息が一斉に漏れた。金大寺が口を開いた。

「あの……その赤犬達が平和主義者だったら、その犯罪は成り立たないでしょう?」

「え!? だ、だが……島には他にも! 邸宅の使用人とか、空港の職員とか!」

「それは『赤犬の群』の外側だし、何より今回の場合――」

「今回の場合?」

「字数の問題で探偵以外のキャラは一切登場しないのだ!」

「あっ、き、きったねぇぇーっ!」


 ゴルド氏にはマーク氏とよく話し合うよう諭して、探偵達は島を後にした。

 そもそも、三日に一回は殺人事件に遭遇する探偵達である。その彼らが五十人集まって何日間も死体が出ないということは、よっぽど今回の黒幕が頓珍漢な奴に違いない、そう全員が断定し、まさにその通りだった。

 法則は偉大だ。


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匿名殺人への招待 湾多珠巳 @wonder_tamami

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