最高の作品です
- ★★★ Excellent!!!
すばらしい作品だった。作者に感謝を、そして最高の賛辞を捧げる。
この物語はフランス革命期前後の中世ヨーロッパ史の変奏である、と私は推測する。サンテネリの元型はおそらくフランスだ。
そうと分かれば物語としてだけではなく、中世フランスまわりの史実と重ねる読みが可能になる。そうとなれば、中世フランス史について基本的なことを知っている必要がある。つまりあの無味乾燥であった大学受験のためだけの世界史のお勉強が、この豊かな物語を味わうための基礎教養へと転化するということだ。なんとも素晴らしいことに。
一部は異世界転生モノの一人称小説として、二部はサンテネリの政治を描く群像劇として、さらに終章は主人公たちを後世から見る伝記としてこの物語は展開される。
そのすべてに一貫しているのは、様々な視点を通して語られる異国サンテネリ史の存在だ。そして、まさしくそれこそが作者の偉業に他ならない。18期から21期にかけての、サンテネリを舞台に編まれた歴史を作者は創作した。おそらく18世紀から21世紀にかけてのフランス史および世界史から抽出したエッセンスをもとに。どれほどの教養の蓄積と正確無比な想像力があればそれほどのことができるのか、私には想像することもできない。
作者はサンテネリとその周辺国を作り上げたが、それは一貫して現実の史実に基づいたものだ。政体の移行や思想の流行。物語の展開にはフランス革命やマルクス思想の影が見え隠れする。web小説というフィールドにおいて、知的な地盤をもって描かれたこの作品はそれだけで非凡だ。
物語として評価するにも、異世界転生、政治劇、伝記など、一つ一つを見ると、他の作品にも見ることのできる要素ではあるが、ここまでの精度で作り上げられ組み合わさった作品はひどく珍しい。この物語においては、異世界ものとしての精度も、政治劇としての精度も、伝記としての精度も、加えるなら恋愛劇としての精度も、どれ一つとしておざなりにされることはなかった。
以上を持って、作者の作り出した非凡にリアルな歴史を、私は最高のフィクションだと評価する。
追伸:補足して文体や描写について述べたい。異世界に転生してしまった現代人の心情を綴るくだけた文体や、歴史を語るための評論系の堅い文体など、それぞれ場面に即する成熟した文体が使われている。描写に関しても、情報の取捨選択が的確で物語の筋を邪魔することのない素晴らしいものだった。どちらが欠けても、この小説の良さは成立しなかっただろう。
追々伸:主人公像について述べ忘れていたが、長文になるので控えることにする。読了した諸兄に置かれては既知のこととは思うが、なかなかユニークで魅力的な主人公像であり、その描かれ方さえも面白い。