夏輝
ゆげ
His Gloom, Her Rediance
生きていてもいいことなんてない。
未来に希望なんてない。
ずっとそう思っていた。
だけど。
中二の夏休み。
運命を変える出来事が、私を待ち受けていたんだ。
世間は夏休みに入ったらしい。
私は何となくほっとしていた。少なくとも休みの間は、毎朝学校に欠席の連絡を入れてくれるお母さんに、申し訳ないと思わずにすむから。私が学校へ行かないせいで両親の仲がぎすぎすしているのも知っていた。前はよく一緒にゲームをしてくれたお兄ちゃんも、部活が忙しくて最近はあまり話もしていない。いつものように私は部屋に閉じこもりっぱなしで、そんな風に今年の夏も過ぎていく……はずだった。
両親は私の環境を変えたかったのかもしれない。はじめは田舎のおばあちゃんちに預けられる予定だったけど、急な都合で叔父さんの家で夏休みを過ごすことになった。たまたま話を聞いた叔父さんが「それならうちにおいでよ」と言ってくれたのだ。私は反対しなかった。どこにも居場所なんてない、そのときの私はそう思っていた。
叔父さんはお父さんの年の離れた弟だ。劇団員で、舞台や映画の世界にどっぷり浸かっている。たまにドラマのちょっとした役で見かけることもあった。山と川に近いのどかな場所の、古い平屋の一軒家に叔父さんは住んでいた。専用の庭とテラスもあり、広めのリビングにはコンパクトなソファーとローテーブルが置いてあった。奥には叔父さんの寝室と、もう一つ同じ広さの部屋があり、そこには劇団の小道具や衣装が雑然と並んでいた。
「ごめんね、なっちゃんが来る前にもっとちゃんと片付けようと思ったんだけど」
「ここ、使って」そう言って叔父さんは、その部屋に私を案内してくれた。小さい頃のように「なっちゃん」と呼んでくれて、私は嬉しくなった。物がたくさんあったけど、居心地のいい部屋だった。
小学生の頃から学校が好きじゃなかった。おじいちゃんとおばあちゃんが買ってくれた黒いランドセルは、私には重すぎたのだ。みんなと一緒にうまく行動できなくて、いつだって除け者。中学校の制服だった学ランはランドセルよりももっともっと黒くて、詰襟が苦しくて、私はだんだん息ができなくなっていった。あるときを境に声が出せなくなり、私はもう立ち向かうことさえできなくなった。悔しくて情けなくて、それから学校へは行っていない。お母さんは私にカウンセリングを勧めたけど、私はどうしても行きたくなくて。現実から逃れるようにSNSに没頭した。心の中で自分のことを「私」と呼び始めたのもこの頃だった。
「何のもてなしもできなくて悪いけどさ。ゆっくりしていけばいい。そんで楽しい思い出の一つでも作ってくれたら、俺も嬉しい」
叔父さんはそう言って「ははは」と笑った。どう思われているのかわからなくて、はじめは怖かったけど、叔父さんは何も言わなかった。それで私はとても安心したのだった。
稽古や撮影のない日、叔父さんは家でセリフの練習をしたり筋トレをする。私を呼んで一緒に面白そうな映画を見ては、「これも立派な演技の勉強なんだよ」そんなことを言って、ペロッと舌を出して見せたりもした。夜は誰かと電話しているような声が私の部屋にまで聞こえていた。
新しい映画の台本も見せてくれた。『グルメ宇宙人の味覚探査大作戦~地球の味を求めて~』というタイトルのハートフルなドタバタコメディだ。ある日、宇宙から飛来した謎の生命体が、田舎のスーパーマーケットにやってくる。彼らの目的は、地球の食材を研究し、自分たちの星に持ち帰ることだった。町に一つしかないスーパーの在庫を全部持ち去ろうとする宇宙人の前に立ちはだかる町の人々。そしてその出会いが、宇宙人の価値観を大きく変えていく――そんなストーリー。
町の人:「奪うのはやめたまえ。教えてやろう、地球の食べ物には地球の真実が隠れていることを」
宇宙人:「地球の……真実?」
(興味津々の宇宙人)
「ちなみに俺はレストラン『シカーダ』のシェフ役な、料理はできないけどな」
叔父さんはセリフを読みながら鍋を振る動作をした。ただ食材を奪われることに抵抗するだけでなく、宇宙人に地球の「味」を知ってもらおうとした町の人たちは、レストラン『シカーダ』のシェフを中心に宇宙人にさまざまな料理を提供するのだ。主役級の重要な役どころだ。
シェフ:「まずは地球の味、梅納豆丼を食べてくれ。梅干しの酸味は地球の文化と歴史を反映している。納豆は地球の朝の象徴、粘り気は地球人の生命力だ」
宇宙人:「それは一体……? 実に奇妙で、実に面白い」
(恐る恐る一口食べ、目をカッと見開く)
宇宙人:「なんということだ! これが地球の真実なのか!」
「……地球の、真実……」
叔父さんのセリフに引き込まれ、私は思わずセリフを繰り返した。久しぶりに出した声は小さくて、そして震えていた。「……なっちゃん?」驚いた叔父さんと目が合って、私は急に恥ずかしくなった。
「いいよ、続けよう」
去年風邪をひきかけたときのまま、私の声は戻らない。悲しかった。少しかすれてトーンも下がってしまったけど、大丈夫。まだ私の声だ。叔父さんに励まされ、私はゆっくりとセリフを読み始める。
シェフ:「君たちが本当に理解すべきはこのカレーライスだ」
(宇宙人、香りを確かめるようにすっと息を吸う)
シェフ:「この一皿には、無数のスパイスと食材が共存している。それぞれが異なる個性を持ちながらも、共に一つの味を作り出す。まさに
(宇宙人、真剣な表情で一口食べ、深い満足感を感じたようにゆっくりと目を閉じる)
叔父さんと一緒にセリフの練習をするようになってから、私は少しずつ声を取り戻していった。スマホを手にする回数が減り、あれほど夢中だったSNSも、気づけばほとんど見ない日々が続いていた。
ある日、叔父さんは私を稽古場へ連れて行ってくれた。劇団の人たちは私を温かく迎え入れてくれた。迫真の演技とその熱気に、私は圧倒された。
シェフ:「ただお腹を満たすだけじゃない。食事には、その人が過ごした時間や気持ち、そして地球の全てが詰まっている。味わうということは、その人の人生と関わることであり、地球を感じることそのものなのだ」
宇宙人:「地球の料理には我々が見落としていた大切な何かがあったようだ。それは……」
シェフ:「温かさであり、絆だ」
宇宙人:「我々はただ、効率的に食材を手に入れたいと思っていた。こんな小さな一皿に地球の真実、いや、宇宙の真理があったなど思いもしなかった」
稽古が終わると、「たまには外で食べようか」と言う叔父さんと一緒にショッピングモールに寄った。レストラン街を歩きながら、私は不安だった。外食が苦手だったから。
「なっちゃんは何か食べたいものある?」
「あ、えっと……」
正直、食べたいものなんて思いつかなかった。何か言わなきゃと焦る私に、叔父さんが言った。
「無理はしなくてもいいよ、食べきれる分だけ食べればいいから」
私は大きくなるのが怖くてごはんが食べられなかった。大人になった私はどんな姿をしているのだろう。お兄ちゃんみたいに背が高くなってる? お父さんみたいに髭が生えてる? そんな想像したくない。自分の体が嫌だった。大人になる前に消えてしまいたかった。叔父さんはそんな私にたぶん気づいている。叔父さんが頼んでくれたとんかつ定食、私は結局半分しか食べきれなくて、残りは全部叔父さんが食べた。それでも何も言わない叔父さんの優しさが、温かかった。
帰りに夏の特設コーナーを通りかかったとき、私の視線は華やかな浴衣に吸い寄せられた。
「どうした? へえ、浴衣かあ」
立ち止まった私に気づいて、叔父さんが振り返った。私は慌てて首を横に振り、浴衣から目をそらした。
「可愛いね。セール中だって、買っちゃう?」
「え?」
私が驚いて見上げると、叔父さんは「そうだ」と手を叩いた。
「花火やらないか。庭で、浴衣着て」
「……いいの?」
叔父さんは笑って頷いた。好きな色、好きな柄。好きなものを選ぶのってこんなにも楽しかったんだ。たくさん迷って、大きな花柄が大人っぽい淡い水色の浴衣セットを私は選んだ。帯は淡いレモン色。
「へへ、俺も買っちゃうもんね」
叔父さんの手には普段着用だという甚平があった。色違いで二着。それから私たちは花火を探した。叔父さんは私よりも嬉しそうに、あれもこれもといろんな手持ち花火をたくさんカゴに入れていた。
翌日のリハーサルで、叔父さんは衣装の人に頼んで、私に浴衣を着せてくれた。「髪飾りも買ってあげたらよかったのに」と責められて、「だって俺、そんなのいるなんて知らなかったし」とおたおたしている叔父さんが、なんだかおかしかった。衣装さんは小道具の箱からリボンを持ってくると、くるくると巻いて小さな飾りを作ってくれた。「ほら、華やかになったでしょ?」覗き込まれて、照れてしまう。とびきり可愛くしてもらって、その日一日私は浮かれていた。
「今日さ、人、呼んでもいいか?」
二人きりになると、叔父さんがいつになく遠慮がちに聞いてきた。
「なっちゃんに会ってほしい人がいるんだ。いや、その……なっちゃんの浴衣姿、独り占めするのはもったいないなって」
いつもと少し様子が違う。不思議に思ったが、私が「うん」と大きく頷くと、叔父さんは「よかった」と照れたように笑って、誰かにメッセージを送っていた。
夕方になって叔父さんの家にやって来たのは、小振りなスイカをぶら下げた作業着姿のおじさんだった。食材のたくさん入ったエコバッグも持っている。仕事帰りにまっすぐ買い物をしてきたらしい。ああ、この人だったんだ。何となくそんな気がした。きっと叔父さんがいつも電話している人。洗面所に二つある歯ブラシとか、お揃いのコップや食器を、叔父さんと一緒に使っている人。
「やあ、君がなっちゃん? はじめまして。何もないとこだけど、ゆっくりしてって」
叔父さんとちょっとだけ雰囲気の似た、優しそうな人だった。おじさんはまるで自分の家のように冷蔵庫を開け、野菜や肉を詰め込んでいく。そして冷凍庫にささっとスペースを作ってスイカを入れると、「シャワー借りるわ」と言って風呂場へ向かった。叔父さんが買ったばかりの甚平をいそいそと脱衣所へ届ける。「着替え置いとくぞ」という声に続いて、水音と一緒に「サンキュー」というくぐもった声が聞こえた。シャワーを浴び終えたおじさんは甚平を着て、キッチンでお湯を沸かし始めた。
色違いの甚平を着た叔父さんと、おじさん。並んでキッチンに立つ二人はときどき顔を見合せては笑い合っていて、そこだけ空気が違って見えた。楽しそうな笑い声が聞こえる度に、私はなぜだか嬉しくなった。
おじさんが作ってくれたのは、見たこともないような豪華な冷やし中華だった。錦糸卵、きゅうり、ハム、オクラにトマトにキクラゲに、それからエビとチャーシューも。それにおじさん特製の胡麻だれをたっぷり。
「いつもは適当なんだけどね、今日は特別はりきっちゃった」
「周平の料理は美味いんだ、何だって作れるんだよ」
おどけて笑うおじさんと、デレデレと惚気る叔父さん。
「……美味しい」
冷やし中華はびっくりするくらい美味しかった。久しぶりに食べたいって思えた。帯が苦しかったけど、全部食べて叔父さんを驚かせた。
「お腹大丈夫? まだスイカもあるんだよ」
「デザートは別腹、別腹。ね?」
私の倍以上もある山盛りの冷やし中華をぺろりと平らげたおじさんが、ビールを飲みながら「がははは」と豪快に笑った。
外はもう薄暗かった。さっき飲んでいたビール缶の上の部分を缶切りで開け、そこに水を入れたおじさんは、「こいつはバケツの代わりな」と言ってにかっと笑った。
「なっちゃん、周平、早くおいで」
先に庭に出ていた叔父さんに呼ばれて、私とおじさんは急いで外に出る。渦巻の蚊取り線香がそこかしこで細く煙を上げていた。
手持ち花火に火をつける。赤、緑、白、オレンジ。目まぐるしく変わる炎に、辺りがぽうっと明るくなった。さっきまでうるさかったセミの声はもう聞こえない。おじさんが花火を地面に突き刺し始めた。一列に並んだ花火に、順番に火をつける。火花が一斉に弾けた。誰からともなく「うわあ」と歓声が上がった。私はもちろん、叔父さんたちも、まるで子供みたいに大騒ぎしていた。
花火の後でスイカを食べた。よく冷えた甘いスイカだった。食べながら「ぷぷぷっ」と勢いよく種を飛ばして、おじさんは得意そうだった。
「こいつら、すぐに芽を出すんだ。なっちゃんもやるか? 秋にはスイカがたくさん成るぞ」
「本当? スイカ、できるの?」
叔父さんも「人んちの庭だと思って。俺は世話しないからな」と笑いながら、一緒になって種を飛ばす。私も思いきり頬を膨らませたけれど、思ったほど飛ばなくて、種はぽとぽとと足元に散らばった。
宇宙人:「地球の食事は美味しい。でもそれは食べ物だけの味ではなかった。我々が本当に求めていたのはただの味ではなく、共に分かち合う喜びだったのかもしれない」
シェフ:「地球の真実に迷ったら、このレストラン『シカーダ』に戻ってくるといい。我々はいつだってここにいる」
(シェフが手を差し出し、宇宙人が握る)
宇宙人:「宇宙の真理はお互いを理解し合うことにあったのかもしれないな……」
毎日が楽しかった。叔父さんとセリフの練習をして、撮影現場に行って、たまにおじさんの手料理を食べて。映画のクライマックスで宇宙人はついに宇宙の真理を見つける。私は演じることで何かを掴みかけていた。だけど私は、演じたいわけでも役者になりたいわけでもない。本物になりたかった。私はただ、本当の自分でありたい。上手く説明できないけど、宇宙人が共に味わう未来を選択したように、私だってみんなと一緒に……。
それはお盆中のことだった。両親が訪ねてきたのだ。私がおばあちゃんちの集まりについて行かなかったからだろうか。最近はずっとスマホの電源を切ったままで、家族と直接連絡も取っていなかった。玄関で叔父さんとお父さんの話す声がした。
「来なくていいって言っただろ」
「でも、近くまで来たし顔くらい見せて……」
リビングにいた私を見つけるなり、お父さんは絶句し、お母さんは顔色を変えた。
「何なんだその恰好は!」
お父さんの声が鋭く響いた。思わず体を縮め、はっとした。私は前髪の両側をピンでとめ、ひらひらした服を着ていた。そうするのがあまりにも自然で当たり前だったから、忘れていたんだ。お父さんたちの前ではずっと男の子を演じてきたことを。
「ちょっと、落ち着けよ」
「お前は一体何をしているんだ、何のために
私がここにいること自体が間違いのようだった。急に胸が苦しくなって、上手く息が吸えなくなり、喉がひゅうっと音を立てた。叔父さんたちの声が遠くに聞こえる。体が震え、目の前がぼやけていく。
「夏輝!」
駆け寄ろうとするお母さんを、叔父さんが止めた。
「なっちゃん、大丈夫。ゆっくり息を吐くんだ、そう、ゆっくり」
叔父さんに支えられ、私は必死に息をした。少しずつ呼吸が落ち着いてくると、両親が青ざめた顔で私を見つめているのが見えた。怒りと無力感に苛まれたような、そんな顔だった。
「頼むから、帰ってくれ。今はそっとしてやってほしいんだ」
叔父さんの声が冷たく響いた。「夏輝は……」と、お母さん。
「……ここが、いい」
私は自然にそう言っていた。自分でも驚いたけれど、それが本音だった。両親がはっと顔を見合わせたのが分かった。お母さんが両手で顔を覆った。しばらく誰も何も言わなかったけれど、やがてお父さんは大きなため息をつき、黙ったまま踵を返した。お母さんもそれに続き、二人は静かに家を出て行った。
「なっちゃんがそう思うなら、無理に帰る必要なんてない」
叔父さんはそう言ってくれたけど、私はどうしたらいいのか分からずにただ泣いているだけだった。
いつの間にか、私は眠ってしまったようだった。目を覚ますと私はいつもの小部屋にいた。瞼が重たい。開いたドアからは叔父さんが電話する声だけが聞こえていた。
「兄貴も兄貴だよなあ。義姉さんも心配なのは分かるけど。酷な話だけどさ、今のなっちゃんには自分たちが一番の負担なんだって、痛感したみたいだ」
「やっと表情が明るくなってきたってのに、こんなことになって。本当にどうなることかと思ったよ」
「うん、まあな。金はそこそこ出してくれるらしいし、好きなようにさせてあげるつもりだよ」
「そういうわけだからさ、周平にもいろいろ迷惑かけると思うけど」
「きっとそう言ってくれると思ってた。突然ごめんな。うん、ほんと、ありがとう」
「俺、周平と出会えてよかったよ。愛してる」
「なあに言ってんだよ、俺はいつだって本気だよ」
「明日からまた現場だろ? 気をつけてな」
私が眠っている間に、叔父さんと両親の間でやり取りがあったことを知った。夏休みが終わっても、ここにいていいって。それを聞いた瞬間、心の中の不安がふっと軽くなった気がした。
「渡したいものがあるんだ」
叔父さんが改まってそう切り出したのは、それから数日経ってからだった。私は叔父さんの前にそっと正座した。ローテーブルには見慣れない大きな箱と、小さな封筒。
「これ、兄貴と義姉さんから」
差し出された封筒には『誕生日おめでとう』とメッセージが書いてあった。そう、今日私は十四歳になる。中身は図書カード。毎年同じ、両親からの誕生日プレゼントだった。叔父さんはテーブルの上からもう一つの箱を手に取った。
「誕生日おめでとう。これは俺からのプレゼント。でもこれを着るかどうかは、なっちゃんが自分で決めたらいい」
どきどきしながら受け取った。蓋を開け、一目見て私は息をのんだ。ブルーグレーのプリーツスカートに、胸に校章の入った白い丸襟のブラウス。シンプルなデザインの、新しい中学校の――女の子の制服。
私の、制服……? すぐには信じられなくて、震える手で箱から出した。両手で広げたブラウスがみるみるぼやけていく。「ありがとう」と言ったつもりだったけど、声にならなくて。代わりにわっと泣き出した私に叔父さんは言った。
「学校には俺から話をしておく。だからなっちゃんは、安心して楽しんでおいで」
その言葉に、私は制服を抱きしめてわんわん泣いた。いろんなことが一度に起こりすぎて、なんだか最近は泣いてばかりだ。
それから。まだ夏休み中だというのに、毎日新しい制服を着ている私を見て叔父さんは苦笑いをしていた。だって嬉しいんだもの。もちろん、楽しいことばかりじゃないのは知っている。困ること、これからたくさんあると思う。できないことも、あきらめなきゃいけないことも。でも、覚悟を決めたいと思った。来年夏に公開予定の『グルメ宇宙人の味覚探査大作戦~地球の味を求めて~』は私のバイブルだ。叔父さんにはまだ言ってないけど。
もうすぐ新学期。学校、馴染めるかな。友達できるかな。不安だけど、ゆっくりでいい。迷いはない。演劇部、あったらいいなあ。いろんなことを考えながら、私は新しい教科書に名前を書いていた。
『
お父さんとお母さんが付けてくれた私の名前。今までは嫌いだったこの名前も、少しは好きになれるのかな。たくさん心配かけたけど、いつかまた、みんなで笑って話せる日が来るのかな。
夏はまだ続いている。
叔父さんが見せてくれた一筋の希望。
私も、叔父さんのように一緒に乗り越える誰かと出会うまで、精いっぱい生きてみたい。
宇宙人たちがそうしたように、いろんな喜びをみんなと分かち合いたい。
心の中のその小さなきらめきを、私はそっと抱きしめた。
今はまだ頼りないこの光が、きっとこの先の道を照らしてくれるはずだと信じて。
夏輝 ゆげ @-75mtk
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