いらないしるし

大和田よつあし

いらないしるし

「俺は美少年だったんだ」


 呆れた目で隣のおっさんを見た。確かに顔はそれなりに整っているが、今の姿は80キロ超えの、本人曰く小太りさんの中年の男。

 そんな遠い目をされたって絵にならない。


「そんな目で見るなよ。今でこそ、こんな感じだが、俺だって十六歳の頃は50キロだったし、顎のラインもスッキリ通って、二重じゃなかったんだ。それに、美少年だったことは、話に必要なんだよ。怖い話を聞きたいって、言ってただろう」


 初っ端から台無しである。


「とにかく聞いてくれよ。俺は十六歳の頃から金縛りに悩まされていたんだよ。

 金縛りになったことあるか? 体の自由が利かないのに、怪現象が起こるやつ。科学的には、パニックになって、幻覚を見ているんだと言われているが、絶対に間違っている。体験したことある奴なら、100%霊の存在を信じるよ」


 そりゃそうだろうな。


「まあ、俺は幽霊なんか見たことないし」


 はあ、今までの流れはなんだったんだ。

 このおっさん殴ってやろうか。


「そんな顔しないでよ。ひとことに霊感といっても、ランクと種類があるんだよ。

 ランクはなんとなく分かるだろう。俺みたいに、金縛り状態でのみ霊体験が出来る奴と、常時体験している奴とでは、そもそも霊感のランクが違う。

 もうひとつの種類とは、これは俺が勝手にいっていることだが、人間の五感によるものなんだよ。五感とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のことだな。高ランクの奴に会ったことがないから分からんが、低ランクの奴は人間の五感の形でしか認識できないんだ。

 見えちゃう奴は視覚が鋭い。そして、俺はその感覚が鈍いというわけだ」


 一応、なるほどと思う。霊を見ている人は、目を閉じていても見えると聞くし。


「話を戻すけど、俺が金縛りに悩まされた十六歳の頃。最初は息遣いなどの音から、次第に身体をまさぐられる感触を感じた。

 目をつぶっていたけど、すぐに幽霊だと分かったよ。

 怖かったね……怖いけど、見てみたい。意を決して目を開いたが……見えなかった。金縛りは継続中で、耳元で、息遣いやどぶ臭い息のかかる感触が続いているにも係わらずだよ。

 この時、俺の霊感は限定的なもので、五感のうち、聴覚、嗅覚、触覚のみだと悟ったよ」


 このおっさん、なかなか具体的に語る。面白いけどエピソードとしては弱いな。


「そんな日が続いたあと、女の霊が現れたんだ。なんで女だと分かるかだって? 見えなくたって、胸や身体の柔らかい感触、耳元の息遣いが女特有の甘い香りがするからわかるよ。最初の頃のおっさんのドブ川の匂いとは全然違うよ。

 ……あっ、自分で言っていて悲しくなってきた」


 おっさんはドブ川の口臭ではなく、加齢臭だから安心して……とは、いえないな。


「その女の幽霊が、身動きの取れないだった俺に、身体を擦り寄せてくるわけ。特に柔らかい胸をわざとね。耳元では甘い息。となれば、若い俺は身体の一部がパオーンとなったわけだ。

 あれって、不思議だよね。身体が動かない状態のはずなのにね。当然、女はそれに気付き、重点的に触り始めた。そして……」


 えっ、まさか……。


「やられちゃいました」


 このおっさん。


「ただの息遣いだったのが、喘ぎ声になり、パオーンはどんどん活性化する。でもね、爆発まではいかないの。やっぱり幽霊だからかね……身体の中が冷たいのよ。厳密には、こちらの熱が吸われていく感じと云えばわかるかな。

 パドスはほとばしりたがっているのに、先端から情熱を吸い取られる。

 生殺しの状態で闘っているうちに、女の幽霊は勝手に満足していなくなってしまった。非道いよね」


 何じゃそりゃ。牡丹灯籠みたいに生気を吸われているのか。怖くないのかな。


「怖くないかって? 怖いけど……嫌じゃなかったな。当時の俺は、チェリーなボーイだったからね……恐怖より性欲の方が優っていたよ。

 それに見えなかったからね。勝手にすごい美人を想像して、身体だけ使わせてもらう関係と割り切っていたよ。なによりも、毎回相手が変わるから完全に楽しんでいたね。相変わらず、パオーンはほとばしらなかったけどね。軽く考えていたよ」


 このおっさん……。


「そんな蜜月が二か月くらい毎日続いたな。その頃には、俺もすっかり慣れていて、金縛り、パオーン、昇天と、役所仕事のように決まった手続きをしているようだったよ。……だからかな、あんな怖ろしい事が起きるなんて……予想もしていなった」


 おっ、ここまでが前振りか。


「あいつは身動きの取れないだった俺の身体をまさぐってきた。大きい胸を、少年体型だった俺に擦りつけて、ポッチとポッチを合わせるなんて高等テクニックまで使ってきた。既にパオーンになっていて、準備は出来ていた。

 男の扱いに慣れていた風だったが、あきらかに一瞬、躊躇した。『いいの?』と聞いてきたので、何も考えず『いいよ』と心で返した。

 口は動かせないからね。

 なぜか恐る恐る、身体をすり寄せてきて、硬いなにかで菊の紋をノックしてきた」

 

 ちょっと待った。金縛りで寝てたんだよな。それから、寝ている時は裸だったのか。いろいろおかしいだろう。


「そうだよな……俺もそう思ったよ。女の時は上に乗っていたから、あまり疑問に思わなかったが、あの頃は普通にパジャマを着ていたし、今考えてみると、いろいろおかしい。

 その辺のことはよくわからないが、でも、霊って物質的なものじゃないから、服なんてあっても関係ないかも。寝ている美少年の菊の紋をつつくのは、どうかと思うけど」


 そういうものだろうか。幽霊にレ◯プされたって話はよく聞くが、その時に服を脱がされた話は聞かない。そういうものかもしれないな。


「話を戻すぞ。とにかく、そいつは大きな胸もあったが、自前のパオーンもあったわけだ。そして、だった俺の、菊の紋を散らしに押し込もうとしてきたわけだ。

 俺は慌てたね。女だと思い込んでいた相手が、実は男で、しかも、することを合意してしまった。まさか、見えないことが、こんな形でしっぺ返しをするとは、誰も想像できないだろう?

 俺は全力で拒絶したよ。身体が金縛りで動かないのに、菊の紋だけは必死で締めたよ。あいつがいくら押し込もうとしても、突然、開花した新しい霊能力で菊の紋を締めまくった。必死で押し返したよ。

 耳元でなにかがなり立てていたが、そこに気を割いている余裕はないくらい集中してたよ。

 長い攻防の末に金縛りから解放され、そして、菊の紋は守り通した…………完全勝利だった」


 おっさんは感動に打ち拉がれているが、なんといっていいやら……これって、怖い話だよね?


「だが、戦いは始まったばかりだった」


 えっ、ここまでがプロローグなのか。


「あいつは三日三晩現れて、だった俺の菊の紋を襲い続けた。俺は菊の紋限定の霊能力を開花させて、完璧に守り通した。

 あいつは最後にため息を吐いて、諦めてくれたよ。

 俺が見えないばかりに、誤解を招くもの言いをしてしまい、深く反省した。幽霊だとしても、もっと誠実であるべきだったんだ。

 だが、あいつは、そんな俺の反省を余所に、とんでもないものを残していったんだ」

 

 おっさんが勝手に同意したくせに、拒絶するのは礼儀に反するのではないのか。


「確かに男同士が良いという、生まれ持ったものだか、性癖だか知らないが、そういう奴もいるのは知っている。だが、俺は断る。

 俺は女の方が好きだし、パフパフも好きだ。オッパイが好きなんだよ」


 そいつも大きい胸が付いていたんだろう。


「馬鹿野郎。オッパイもあったが、パオーンもあっただろうが。俺はこの体験から、無理矢理入れられる恐怖を散々味わったんだよ。男は絶対無理」


 体験って……三日だろう。大袈裟だな。


「三日じゃねえよ……二十年だ」


 はあ、さっきは三日三晩の攻防って言っていなかったか。


「あいつはな。だが、奴は去り際に、俺にモーホー印を付けて行ったんだよ。あの晩から、やって来る幽霊は全てモーホーになった。女の幽霊は一人も来なくなったよ。

 分かるか? この苦しみが……腕の一部を霊体化して殴ったり、口の一部を霊体化して噛みついたりと霊能力もショボく強化しながらの攻防。そんな戦いが二十年だぞ。

 しかも、俺が疲れ切って、早く眠りたいときを狙って、仕掛けてくる。菊の紋くらい散っても、もういいかなと思うときもあったが、ここまで来ると意地でも負けたくない」


 なんか勝手にバトル物になっているが、実態は金縛りで寝ているおっさんがうんうん唸っているだけだ。

 最後に二十年の攻防戦は勝ったのか、聞いてみた。


「それは秘密です」


 おっさんは妖しく答えてくれた。

 

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