第7章:新たな春へ

 2月、紫霞女学院の校庭に早春の風が吹き始めた。まだ寒さは残るものの、空気の中には確かな春の気配が漂っている。椿凛は文芸部の窓辺に立ち、柔らかな陽光を浴びながら、手元の文芸誌を見つめていた。


 そこには凛の小説が掲載されていた。自身のセクシュアリティを赤裸々に描いたその作品は、予想以上の反響を呼んでいた。凛は深呼吸をし、静かに目を閉じる。


「これが、私の言葉……」


 凛の呟きには、不安と喜び、そして誇りが混ざっていた。


 そのとき、部室のドアが開き、月詠が入ってきた。


「凛、おめでとう。素晴らしい出来よ」


 月詠の声には、心からの祝福が込められていた。凛は月詠を見つめ、柔らかな笑みを浮かべた。


「ありがとう、月詠さん。あなたがいてくれたから、ここまで来られたの」


 二人の間には、もはや躊躇いはなかった。月詠は凛に近づき、そっと手を取った。


「凛、私たちの関係……これからどうしていきたい?」


 月詠の問いかけに、凛は一瞬考え込んだ。しかし、すぐに決意を固めたように顔を上げた。


「月詠さん、私……あなたと一緒にいたい。これからも、お互いを理解し合いながら、新しい関係を築いていけたら」


 凛の言葉に、月詠の目に涙が光った。


「ええ、私もそう思っていたの。これからは二人で、新しい物語を紡いでいきましょう」


 二人は静かに抱き合った。その瞬間、部室に差し込む陽光が一層明るくなったように感じられた。


 その日の午後、風花は図書室で凛の小説を読み返していた。風花の表情には、憧れと決意が混ざっていた。


「椿先輩、すごい……。私も、いつかこんな風に自分の言葉で表現できるようになりたい」


 風花はそっと本を胸に抱きしめた。そのとき、凛が図書室に入ってきた。


「風花、ここにいたのね」


 凛の声に、風花は驚いて顔を上げた。


「先輩! あの……すごかったです! 素晴らしい作品でした」


 風花の祝福の言葉に、凛は優しく微笑んだ。


「ありがとう、風花。あなたの言葉が、私に大きな勇気をくれたのよ」


 凛は風花の隣に座り、静かに続けた。


「風花、あなたはこれからどんな道を歩んでいきたいの?」


 風花は少し考え込んだ後、決意を込めて答えた。


「私も、先輩のように自分の言葉で表現していきたいです。そして、いつか先輩のような作家になりたい」


 風花の瞳には、強い決意の光が宿っていた。凛はその姿に、かつての自分を重ね合わせていた。


「素敵よ、風花。その想いを大切に、自分の道を歩んでいってね。私も、あなたの成長を楽しみにしているわ」


 凛の言葉に、風花の目に涙が浮かんだ。それは感動と希望の涙だった。


 一方、詩音は美術室で最後の作品に取り組んでいた。キャンバスには、四人の少女たちの姿が描かれていた。


「これが、私たちの物語……」


 詩音は小さくつぶやいた。筆を動かす手に、迷いはなかった。


 そのとき、月詠が美術室に入ってきた。


「詩音、素晴らしい絵ね」


 月詠の声に、詩音は振り向いた。


「月詠先輩……ありがとうございます」


 詩音の声には、もはや悲しみはなく、新たな決意が感じられた。


「詩音、これからどうするの?」


 月詠の問いかけに、詩音は静かに微笑んだ。


「私、美術大学に進学することにしました。自分の可能性を、もっと広げていきたいんです」


 詩音の言葉に、月詠は嬉しそうに頷いた。


「素晴らしいわ。詩音の才能なら、きっと素敵な作品を生み出せるはず」


 月詠は詩音の肩に手を置いた。


「私たちの友情は、これからも続いていくわ。それぞれの道を歩みながらも、互いを支え合っていけたら嬉しいわ」


 詩音の目に涙が浮かんだ。それは、もはや失恋の痛みではなく、新たな出発への期待の涙だった。


「はい、私もそう思います。ありがとうございます、先輩」


 二人は静かに抱き合った。その瞬間、美術室の窓から差し込む陽光が、二人を優しく包み込んだ。


 卒業式の日、四人は校庭の桜の木の下で再会した。まだ蕾だった花は、今にも開きそうな様子だった。


「みんな、これで最後ね」


 凛の言葉に、四人は静かに頷いた。


「でも、これは終わりじゃない。新しい始まりよ」


 月詠の言葉に、全員が同意した。


「私たち、それぞれの道を歩んでいくのね」


 風花の声には、少しの寂しさと大きな期待が混ざっていた。


「でも、きっとまた会えるわ。そして、それぞれの物語を共有できる日が来るはず」


 詩音の言葉に、全員が笑顔を見せた。


 その瞬間、桜の蕾が一つ、ゆっくりと開いた。それは、まるで四人の新たな旅立ちを祝福しているかのようだった。


「さあ、行きましょう。私たちの新しい春が、待っているわ」


 凛の言葉とともに、四人は静かに歩き出した。それぞれの道は違えど、心は繋がっている。それぞれの春に向かって、新たな一歩を踏み出す四人の背中に、優しい春の風が吹いていた。


 桜の木の下には、四人の足跡が残された。そして、その足跡の先には、まだ見ぬ未来が広がっていた。それは、きっと希望に満ちた、美しい物語になるはずだった。


(了)

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【学園百合小説】紫霞の囁き、あるいは四季が織り成す愛の詩篇 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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