第6章:冬の決意

 11月、紫霞女学院の校庭に木枯らしが吹き始めた。樹々の葉は色濃く染まり、次々と舞い落ちていく。椿凛は文芸部の窓辺に立ち、その光景を静かに眺めていた。凛の長い黒髪が、冷たい風に揺れる。


 凛の手元には、ほぼ完成した小説の原稿があった。数ヶ月に及ぶ自己との対話の末に生まれたこの物語は、凛自身のセクシュアリティを赤裸々に描いたものだった。凛は深呼吸をし、原稿に目を落とす。


「これで、本当にいいのかしら……」


 凛の呟きは、不安と決意が入り混じったものだった。


 そのとき、部室のドアがゆっくりと開いた。月詠が静かに入ってきた。


「凛、いたのね。完成したの?」


 月詠の声には、優しさと期待が混ざっていた。凛は少し躊躇いながらも、頷いた。


「ええ、どうにか……でも、まだ自信が持てなくて」


 凛の言葉に、月詠は優しく微笑んだ。


「読ませてもらえる?」


 凛は一瞬ためらったが、静かに原稿を月詠に渡した。月詠は窓際の椅子に腰掛け、凛の小説を読み始めた。


 時が緩やかに流れる。凛は月詠の表情の変化を見守りながら、自分の心臓の鼓動が次第に早くなるのを感じていた。月詠の眉が時に寄せられ、時に驚きの色を浮かべる。そして、最後のページを読み終えたとき、月詠の目には涙が光っていた。


「凛……これは素晴らしいわ」


 月詠の声は感動に震えていた。


「本当に? 私、このセクシュアリティの描写が……」


 凛の言葉を、月詠は優しく遮った。


「あなたの勇気が、この作品に魂を吹き込んでいるわ。凛、あなたは自分自身を、そして読者を解放したのよ」


 月詠の言葉に、凛の目に涙が溢れた。それは安堵と喜び、そして新たな決意の涙だった。


「ありがとう、月詠さん。あなたがいてくれたから、私はここまで来られたの」


 凛の言葉に、月詠は静かに立ち上がり、凛を抱きしめた。二人の間には、もはや躊躇いはなかった。それは互いを理解し、受け入れ合った者同士の、温かな繋がりだった。


 その日の午後、風花は図書室で凛の小説を読んでいた。風花の表情には、驚きと戸惑い、そして次第に深まる理解の色が浮かんでいた。


「椿先輩……こんなに深い想いを……」


 風花は小さくつぶやいた。凛の小説に描かれた同性愛のテーマは、最初こそ風花を戸惑わせたが、読み進めるうちに、そこに普遍的な愛の形を見出していった。


 そのとき、凛が図書室に入ってきた。


「あら、風花。何を読んでいるの?」


 凛の声に、風花は驚いて顔を上げた。


「先輩! あの、これは……」


 風花は慌てて本を隠そうとしたが、凛はそれが自分の小説だと気づいていた。


「私の小説を読んでくれていたの?」


 凛の声には驚きと少しの緊張が混ざっていた。風花は恥ずかしそうに頷いた。


「はい……先輩の作品、とても素晴らしかったです。私、少し考えさせられました」


 風花の言葉に、凛は安堵の表情を浮かべた。


「そう、ありがとう。正直、あなたにどう思われるか心配だったの」


「先輩、私……この作品を通して、愛には様々な形があるんだということを学びました。そして、それぞれの愛が尊重されるべきだということも」


 風花の真摯な言葉に、凛は深く感動した。


「風花……ありがとう。あなたの言葉が、私に大きな勇気をくれたわ」


 二人は微笑み合い、その瞬間、師弟関係を超えた深い絆が生まれたことを感じていた。


 一方、詩音は美術室で一人、月詠の肖像画と向き合っていた。筆を握る手に力が入り、キャンバスに新たな色が加えられていく。


「月詠先輩……私の気持ち、伝えなければ」


 詩音は小さくつぶやいた。長い間胸の内に秘めてきた想いを、もはや隠し続けることはできないと感じていた。


 そのとき、月詠が美術室に入ってきた。


「詩音、また私の絵を描いているの?」


 月詠の声に、詩音は驚いて振り向いた。


「あ、月詠先輩。はい、少し……」


 詩音は言葉を濁したが、月詠は優しく微笑んだ。


「とても素敵よ。でも、やっぱりなぜか寂しそうな表情ね」


 月詠の言葉に、詩音は深呼吸をした。


「先輩、私……ずっと言えなかったことがあります」


 詩音の声は震えていたが、目は決意に満ちていた。


「私、先輩のことが好きです。でも、先輩が椿先輩のことを……」


 詩音の告白に、月詠は優しく詩音の肩に手を置いた。


「詩音、ありがとう。あなたの気持ち、しっかり受け止めたわ」


 月詠の声は温かく、詩音の胸に染み入った。


「私も詩音のことを大切に思っているわ。でも、それは凛への想いとは別のものなの。詩音、あなたには素晴らしい才能がある。その才能で、きっと自分の道を切り開いていけるはず」


 月詠の言葉に、詩音の目から涙がこぼれた。それは悲しみの涙ではなく、新たな可能性への希望の涙だった。


「ありがとうございます、先輩。私、頑張ります」


 詩音の決意の言葉に、月詠は優しく頷いた。


 その夜、凛は自室で小説の最後の推敲を行っていた。窓の外では、小さな雪が舞い始めていた。


「冬の風に乗せて

 言葉は雪のように積もる

 そして、新たな景色を作り出す

 これが、私の真実の姿」


 凛はペンを置き、深く息を吐いた。この小説に、自分のすべてを込めた。それは怖くもあり、同時に解放感も感じさせるものだった。


 窓の外の雪景色を見つめながら、凛は静かに微笑んだ。この冬の決意が、新たな春への一歩となることを、凛は確信していた。


 雪は静かに降り続け、四人の少女たちの新たな物語の幕開けを優しく包み込んでいった。

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