悪夢

aoiaoi

悪夢

 我が娘は、結構リアルな夢を見るようです。

 リアルにもいろいろありますが、娘の夢は五感に相当リアルな感覚が残るらしく、しかもリアルタイムで進行中の現実が絶妙に混じり合った夢なので、聴いていて「面白いな」と思うことが多いのです。


 つい昨日も、リビングのソファで昼寝から覚めた娘は、目を開けたと同時に隣に座っていた私に問いかけました。

「……黒猫は?」

「え。黒猫?」

「あ、じゃあ今回も夢か」

 ぶつぶつそんなことを言っています。

「黒猫の夢だったの?」

「うん。ここで昼寝してたら、お母さんが庭から大きな黒猫を抱き上げて入ってきて。起き上がってその猫をお母さんから受け取って抱っこしたんだけど、めっちゃ重くて柔らかくて、毛がもふもふしてて。今撫でてたその毛の感触が、指先に残ってるの」

「……へえー。随分はっきり感覚が残るんだね」

「そうなんだよね。ちょいちょいこういう夢見る。現実と夢が完全に混ざってる感じ」


 奇妙に感覚に残る夢。黒猫をもふもふする程度の夢ならいいのですが——そういえば、以前に娘の悪夢で私自身が言いようのない恐怖を味わったある経験を思い出しました。



 それは、自室のベッドで寝ている娘の部屋で、洗濯物などをクローゼットにしまっている時でした。

 静かに続いていた娘の寝息が、ふっと浅くなりました。

 なんとなく聞いているうちに、呼吸音の乱れは元に戻るどころかどんどん酷くなっていきます。私は仕事の手を止め、思わずベッドの娘を見つめました。

 異常なほどの呼吸の浅さ。目覚めぬまま娘の眉間は歪み、上下に波打つ胸があまりにも苦しげで、どこか体調が悪いのだろうかと私は青ざめました。


 そんなことを思ううちに、娘の喉はヒュッと大きな音を立て、それきり呼吸音がぴたりと止まってしまったのです。


「…………」


 時間にすれば、それはほんの一瞬だったのでしょう。

 ふと、娘の青ざめた瞼が開き、娘はベッドサイドに立ち尽くしている私をおもむろに見上げました。

 そして、蒼白な唇を動かしてボソリと呟きました。


「……今、死んだかと思った」


「——ど、どうしたの、大丈夫!!?」

「いや。女に殺される夢を見た。……というか、夢で殺された感じだった」

「夢で、殺された……?」

「なんか、刃物持った女に襲われて。突進してきた女の刃物が胸に突き刺さった。

 普通、夢ってそこで覚めたりするじゃん? でも、なんか今の夢、覚めなくてさ。痛かったんだよね、リアルに。

 本当に死んだと思ったら、目が覚めた」


 今私が味わった恐怖感と、娘の語る夢の話の恐ろしさに、思わずゾッと背筋が冷えました。

 しかし、親が変に狼狽えるべきじゃないし、とりあえず体調不良ではなかったのだから、なんの問題もない。そう切り替えることにしました。

「……そ、そっか……やばい悪夢だったね。まあでも、とりあえずよかったよね夢で!」

「うん、ほんとよかったー」

 娘が思ったより屈託のない顔をしているので、私もようやくいつもの気分を取り戻すことができました。



 それ以降、娘は同様の夢に悩まされることもなく、まあたまにはそんな悪夢もあるさ、と今では笑い話になっていますが——

 もしも。

 もしもそんな強烈な悪夢に、連夜付き纏われたら。

 たとえ夢だとしても、感覚神経へのショックがあまりにも大きければ、私たちは「夢に殺される」こともあるんじゃないだろうか?


 そんな奇妙な思いが、時折背筋をすっと寒くしたりもするのです。



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