生活:急

 二人が村に到着したのは、それから一時間ほど経った頃であった。


 殺風景な草原の中に質素な家が数軒並んでいるのを遠目に見た時、未澪みれいはえも言われぬ感動を覚えた。どこか大いなる旅の終着点にたどり着いた気分になったのである。


「ここがタルミカ村……!」

「そうだ。俺たちの故郷だな」


 故郷、という言葉に、ふと日本を想起する。

 そして改めて目的地を胸に刻む。


「あ、お父さん!」

「おかえりなさい、あなた」


 村人が行き交う中、二人の女性が声をかけてきた。

 片方は未澪より小さい幼気な少女、もう片方は未澪と同じくらいの背丈で、妙齢の麗しい女性であった。

 二人がコタイに向けて放った言葉から察するに、娘と妻、といったところか。道中でも娘がいると言っていたのを思い出す。


 その服装はコタイに近いものだが、少し露出が抑えられている。周りを見ると、男女で服装が別れていることに気がついた。それには思わず、現代日本では目にしない民族の結束を感じた。


「あぁ、ただいま、シナン、コーナ。紹介しよう、彼女はミレイ。旅人なんだそうだ」

「は、はじめまして。ミレイです。よろしくお願いします!」

「ミレイお姉ちゃん! よろしくね!」

「いい子そうね。私も歓迎するわ」


 数カ月ぶりに自己紹介の挨拶をした。しかしここまで好意的な反応を返されたのは初めてだった。


 それから四人で村長にも挨拶をしに行った。

 村長は白髪の老人で、勇壮さはあるものの、衰えるばかりといった様子であった。彼とは握手を交わし、その後にこやかに滞在を認めてくれた。


 ◇

 

 その後はコタイたちの家に泊まることになった。あまり豪華ではないとはいえ、独特な味の食事を食べることもできたし、湯浴みもすることができた。不満などあるはずもない。


 そんな夜、そうやく眠りにつくことができたと思ったのだが、バタバタと走る音が聞こえて目が覚めてしまう。


「ミレイ……! ミレイ! 起きてちょうだい!」

「ん――シナンさん。どうしたんですか?」

「サンダルンが……じゃなくて、えっと……悪いやつらが村を襲いに来たのよ!」

「えっ!?」

 

 一瞬耳を疑った。「襲撃」なんて言葉、ありふれた生活の中では聞くことのない言葉だからだ。しかしこの顔は冗談を言っているとは到底思えない。

 シナンの言葉を素直に受け入れ、すぐさまについていくことにした。


「コーナちゃんはどうするんですか!?」

「もちろん連れて行くわ。今から起こすの」


 そう言って部屋に入ると、シナンはなにかを呟いた後にコーナを連れ出した。こっそりと、余計な音を立てないように村を抜け出そうとしているのだ。


 ――そこで見たのは、燃え盛る村だった。村の戦士と、見慣れない服装の男たちが戦っている。その中にはコタイの姿もあった。


「コタイさんは……!?」

「あの人は強い、だからきっと追いついてくれるわ!」


 心配なんかしていなさそうな声のシナンだが、その目には涙が溢れていた。コーナに至っては泣きじゃくっている。無理もないことだろう。


 村の敷地を抜け出すと、そこからは暗い夜の草原を、行く先も知らないままに走り始めた。

 しばらく――果たして何分だかわからない――走った後、とある家にたどり着いた。


「さぁ、ここに入って!」

「は、はい!」


 疲労困憊の中、無我夢中で扉を開ける。


 すると、そこには見慣れた場所があった。


「これって……」


 昨日、怒りと共に飛び出した自宅の玄関だった。すぐに後ろを見るも、そこは道路。凄惨な夜から飛び出してきたような感覚だった。


未澪みれい……! 帰ってきたのね!」


 すぐに駆けつけた母親。そしてぎゅっと抱きしめられた。


 そのとき、ふと理解する。


 生活とは、生きて活きること。それがどんなにつらくとも、常にそこにあるのだ――と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家出少女は夢を見るか ねくしあ@KAC参加 @Xenosx2

作家にギフトを贈る

応援ありがとうございます。 皆様の応援、とても励みになります!
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

サポーター

新しいサポーター

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ