生活:破
「ここ、どこ……?」
疑問に思うのも仕方ないだろう。
玄関のドアを開けて家出したというのに、全く見覚えのない――強いて言えば地理の教科書で微かに見たことあるようなレベルだ――景色が広がっていたのだから。
それに加え、全方位見回しても扉はない。道路もなければ近代的な要素が一つもない。あるのは山、膝丈の草、そして樹木。ついでに言えば太陽と雲が少々という感じだ。
唯一「ステップ気候かもしれない」ということまでは分かったとしても、その国名までは覚えていない。残念ながら地理は苦手科目であった。
これにはやはり困惑せざるを得なかった。
何回も見回し、ほっぺたをつねっては痛がっている。それを何度か繰り返したあと、腕をぶらんと下げて呆然と立ち尽くした。
「どうしよう……」
そこでふと、とあることを思い出す。
「そうだスマホ! スマホはどこだっけ?」
10秒ほど期待と不安が入り混じった小難しい顔をしながら全身を触り、そこでやっと合点がいったような顔で、
「スクールバッグの中だ……最悪」
この世の終わりみたいな顔をして、がくり、と膝をついてうなだれる。
涙は溢れてこない。まだ現実として受け入れられていないのだ。ただひたすらに空っぽになった頭を、どうにか動かそうとしているだけなのだ。
――完全なる絶望の淵にいたそのとき、遠くからガサゴソと草をかき分ける音が聞こえた。彼女にはそれが救世主が降臨する音に思えて仕方なかった。
バッ、と効果音がつきそうな速度で、太陽みたいに眩しい笑顔で後ろを振り返る。
そこにいたのは、全長2メートルはあろうかという牛だった。
モォ~、なんて呑気に鳴き声も上げている。
「あぁ、なんだ牛か……泣きそう」
再び
だが、それは些か
「おや、そこに誰かいるのかね?」
優しげな壮年の男性が話しかけてきた。
次こそ人間だという確信を持って顔をあげ、その姿を見る。
短く切られた髪は白くなりつつあり、年齢的に50代を過ぎたところだろうか。しかし元気そうな表情をしている。
民族的な白い服装がよく映える人だな、と
次に彼の手元に目線をやる。
腰のあたりに手を置いているかと思えば、縄を持っていることに気がついた。それは目の前の牛の首元に繋がれており、散歩のようなことをしているのかもしれない、と思いあたった。
とりあえず、今はこの人しか頼れそうにない――そんな思いを胸に、言葉を返すことにした。
「あ、はい! ここですっ」
腰を上げ、膝立ちの姿勢になった。しかし膝に痛みを感じてすぐさま立ち上がる。感覚的に、小石が食い込んでいたのだろう。こういう痛みはやはり慣れない。
男性にはその動きが滑稽に見えたようで、ふっ、と微笑を浮かべた。
「こんな可愛らしいお嬢さんがなぜこんなところにいるのか不思議だが……いったいどこから来たのかね? その服装もなかなか見慣れないものだが」
「えっと、私は
「ふむ……そんな国は知らないな。力になれなくてすまない。それとここの名前は……あーっと、なんだったかな」
男性は思い悩んだ顔をして、空いていた右手を口元に当てて考える素振りを見せた。
数秒が経った頃、なにかに納得したような表情をして言葉を続けた。
「そうだ思い出した、タルミカだ。ここはタルミカ。俺が住んでいるのはタルミカ村という名だ」
「タルミカ……すみません。どうやら私も知らないみたいです」
「そうか、それは残念だ。ところでお嬢さん、あんたは旅の人かい?」
その質問に対し、どう答えるか迷った。が、説明をしても信じてもらえないような気がして
「そうか。目的地はあるのか? もしよければ村にでも案内するよ」
「目的地は……家に帰ることです。でも今のとこそのあてがなくって……案内してもらってもいいですか?」
「よし来た。俺は心から君を歓迎しよう」
嬉しげな声色でそう言った男性は、おもむろに近寄ってきて右手を差し出した。
突然のことに少し驚くも、それが握手を示しているのだということに気がつくまでそう時間はかからなかった。
「よろしくな。俺の名前はコタイだ」
「わ、私はミレイと申します。よ、よろしくお願いします」
右手を同じように差し出せば、ぎゅっと力強く、しかし優しく握り返された。人の温もりをここまで温かいと感じたのはいつぶりだろうか。
――そうして、二人と一頭は村のあるという方向へと歩き出した。
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