第15話(終)


 毎朝自分の瞳を額縁で飾り、大学へ行く。

 今日も今日とて変わらぬルーティンをこなし、慣れた道を歩き出す。

 けれど、今日はそわそわせずにはいられない。

 心の中は、不安でいっぱい。でも、今日までの間に、私はフウカの練習台になりながら、見て、感じて、学んできた。それだけじゃない。フウカやみんなに〝誰かにメイクをする方法〟を教えてもらった。だから、心配ないと信じたい。

 ペンケースの中に今も入れてある、あの日もらったからっぽのマスカラと、ペンケースで暮らすようになった、今朝からっぽになったばかりのマスカラを握りしめる。

 ――できる。期待に応えられる。カエデのかわいいも、自信も、私になら引き出せる。

 一コマ空いているからとたまり場と化した空き講義室の端っこで、私はカエデの顔に色をのせた。

 あの日、ミサコに見せていたのだろう私の顔が目の前にあるような錯覚に陥って、ふ、と微笑が漏れる。

「えっと……」

「ごめん。あんまりかわいくなるものだから」

 目の前で恥ずかし気に笑うカエデにつられるように、私も笑う。でも、私の笑みは、自分が発した、お世辞臭が香るごまかしの言葉に恥ずかしさを感じたからだ。

 そんな事実は心に留め置いて、口からこぼさず、隠しておく。

 ふぅ、と息を吐き、集中しなおす。

 仕上げに瞳を額縁で飾ると、カエデに鏡を差し出し、彩った顔を見せた。

「え、すごい。自分じゃないみたい」

「メイクって、すごいよね。だけど、カエデの顔がいいからだよ。メイク映えする、すっぴんじゃもったいないような、かわいい顔してるもん」

「そんな、お世辞はいらないよ」

「これはお世辞じゃなくて、事実ですぅ」

 つい数分前は、自分の心の内を隠すためにかわいいと言った。でも、今は本当に、心の底からそう思っている。

「ねぇ」

「んー?」

「わたしもこうしてメイクしたらさ、あっちのみんなと仲良くできるかな」

 カエデの視線が、煌めく集団を刹那捉えて、私のもとへと帰ってきた。

「メイクしなくても仲良くなれると思うよ」

「でも、ほら。釣り合わない気がするんだ」

「じゃあ、これからもメイクしようよ」

「でも、なんか。マイコみたいにうまくメイクする自信がないよ」

「練習あるのみだよ。少しずつ、楽しんでいこう? 私でよければ、いくらでも相談乗るし」

「ほんとう?」

「本当!」


 いろんな面倒ごともあるけれど、こうしてメイクをしていると、ああ、女の子でよかったって、私は思う。

 コスメの厳選ができるようになって、余裕ができたポーチをカバンに入れて、家を出る。

 日々膨れていくカエデのポーチを見るのを楽しみに、弾む足で地を蹴る。

 今日も額縁は最高の出来だ。

 上向くまつ毛は、テンションが上向いている証でもある。

 一歩先に見える希望と夢のエネルギーを、瞳が抱きしめる。

 今なら、何にでもチャレンジしていける。

 そんな自信が、心の底から湧いてくる。

「今日も、明日も、絶対いい日だ!」

 かわいいは、私自身が作り出す。

 かわいいは、私を守り、支えてくれる。

 かわいいは、私をどんな困難にも立ち向かわせてくれる。

 かわいいと共に、私は今日も、輝く未来へスタートダッシュをかますように、今を駆ける。








―了―





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