第14話


 三年前。いや、もっと最近。救い出される前の私は、きっとこんなことになるだなんて、想像していなかったように思う。

 卒業式の日に涙を流したり、何枚写真を撮っても撮り足りないと思ったり、このあとみんなでご飯を食べに行こうよと盛り上がったり、たった今卒業証書を手に入れたというのに、もう同窓会の話をし始めるだなんて。

「みんな、バラバラになっちゃうね」

「でも、平気だよ。フウカの練習台として、フウカを中心にみんなでいつまでも関わりあうんだろうから」

「おっかしぃなぁ。中心にっていうなら、ミサコのほうじゃない?」

「たしかに。わたしたちの中心って、ミサコって感じがする」

「そうかなぁ。じゃあ、中心の座をフウカに譲ります!」

「いりません!」

「なんで!」

「これから日常が変わっちゃうっていうのに、関係まで変わるのは嫌だから!」

 みんなが口をつぐんだせいで、それまではよく聞こえなかった、車の音がよく聞こえる。

「新しい生活が始まってもさ、会おうね」

「うん。連絡、うるさいくらいさせてね」

「もちろん。でも、ここに囚われないように」

 みんながそれぞれに言葉を発した。

 また、車の音が聞こえた。

 私が言葉を発しない限り、車の音がかき消されることは、たぶんない。

 考える。今の私なら、少し考えるだけで、言葉を発せる。そう、私は私を信じている。

 空を見た。

 上空は風が強いらしい。雲たちがスピードを競うように流れていく。

 雲は形を変え、散り散りになり、それぞれの道を走り出す。

「私、ここで経験して嬉しかったことを、誰かにしてくる」

「……え?」

「マイコだけ、宣誓って感じだね」

「ふふふ」

「あ……。なんか、ごめん」

「いーの、いーの! もう、謝らないでよ。マイコのそういうところ、あたしは好きだよ」

 いつかそうなりたいと、あこがれる人がニカッと笑う。

 私はそれに、真似た笑みを返す。


「もっと大きいポーチが欲しいけど、買い替えたくないんだよなぁ……」

 ぼやきながら、パンパンなポーチのファスナーを開ける。詰め放題状態のそれは、簡単には開け閉めできない。単にファスナーが中のものに引っ掛かるから、というのもあるけれど、力任せに開けたなら、中のものが零れ落ちてしまうから、というのも理由のひとつだ。

 肌を整え、色をのせる。

 最近手に入れたばかりのリップを使うと、バージョンアップした自分になれた気がして、気分も上がった。

 私のメイクの仕上げは、いつだってマスカラ。

 ビューラーで上向きにしたまつ毛を、すぅ、とブラシでなでる。

 髪の毛は顔の額縁だ、なんて言ったりするけれど、ともすれば、まつ毛は瞳の額縁だ。

「うん、いい感じ!」

 納得のいく額縁の中で、瞳が煌めいている。

 今日もこの瞳は、必ずや幸せな世界を捉えてくれると、私は信じている。

「行ってきます!」

 鏡の中の自分に微笑み言うと、私は家を出た。

 まだ、人間関係が固まり切っていない、心の探り合いが続く講義室。

 机の上にぽん、と置いたスマホには、仲良しグループに新着メッセージがあるという通知。

 過去と未来が入り混じる空間で、私は過去の私によく似た原石を見つけ、急ぎ広げたばかりの荷物をまとめる。

「となり、いいですか?」

「え? あ、ああ、はい……」

 原石の瞳が、震えた。

 肩がきゅう、っと縮こまる。

 迷惑だっただろうか。

 行動した後だけれど、悩む。

 でも、もしも迷惑だったとしたら、それがはっきりとしたときに引けばいい。

 私は、救世主に今の自分をメイクしてもらったように、自分も誰かのかわいいや、笑顔や、楽しいや、幸せをメイクできるような行動をしたい。

 そんな思いを胸に、講義を聞き、キーボードをたたきながら、記憶の引き出しから言葉を探す。

「ねぇ、この後、暇?」

「……へ?」

「ああ、いや……。もし予定とかなかったら、一緒にご飯、どうかな? って、思って。私、マイコっていうの」

「あ、うん。えっと、カエデっていいます。あの……わたしなんかと一緒でいいの? っていうか、そのぅ……。いや、なんでもない」

「うん。一緒でいいよ? っていうか、一緒がいい」

「ほんとう? わたしなんかと釣り合わないっていうか、なんていうか。わたしみたいな人じゃない、あの辺の子たちとかと仲良くしてそうな見た目、っていうか、なんていうか」

「ああ、まぁ、あの辺の子たちとはもう連絡先交換してあるけど」

「やっぱり」

「でも、カエデ……ちゃんが嫌じゃないなら、一緒にご飯に行きたいな。私は」

「そ、それなら、うん」

 今はまだ、たぶん平気。

 だけど、これが迷惑になるか、救いになるかは、これからの私の行動にかかってる。

 大丈夫。私は彼女の瞳を、今より煌めかせることができる。



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