第9話 藤 4
「い、一体何事です!?」
屋敷の主人は慌てた様子で私たちに近づいてきた。
その少し後ろに蘇芳様も見える。しかし葛城様は冷静に、屋敷の主人から屋敷へと視線を向けただ。
屋敷の主人がつられるように屋敷に視線を向けると、そこには主人の娘が立ってる。そしてこちらを訝しげに見ていた。
「……障りがあるのでは?」
「あ、ああ……そうですね。乳母や、乳母や! 姫を奥に連れて行きなさい」
「お父様? 一体なにがあったのです??」
「姫や、今は部屋に戻りなさい」
「お父様!」
彼女は部屋に戻るのを嫌がったが、屋敷の主人に呼ばれた乳母によって奥へと連れて行かれる。その姿が視界からなくなるのを確かめ、私たちはホッとため息を吐いた。
「ええっとその……あまり、驚かないでほしいのですが」
「ああ、いえ。この者から話は聞いております」
「そうですか」
そういうと葛城様は屋敷の主人の前に手首をさしだす。切断された場所に根を張り、血のように赤い花を咲かせた手首。
見るからに顔色が悪くなる。それはそうだろう。
私だってできることなら視界に入れたくない。
「これが、そこから出てきたのですか?」
「はい。その……掘られた痕があったので、気になりまして……申し訳ないです」
「いや、子供は好奇心旺盛ですからね。まさかこんなモノが庭に埋まっていたなんて……」
素直に謝ると、屋敷の主人は怒ることなく私の頭を撫でてくれた。
そして手首を持っている葛城様に視線を向ける。
「これは、どうすればよいでしょう?」
「こちらで一端預かります。あきらかによくないモノだ。陰陽領に鑑定を頼みます」
「そう、ですか。ありがたい。お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです。念のため、陰陽領に人を派遣するように進言しておきましょう。藤の宮様からもお口添えがあれば、腕の良い術者がきてくれるはずです」
「わかりました。何卒よろしくお願いいたします」
屋敷の主人は深々と頭を下げ、使用人がもっていた入れ物を私に手渡してきた。
私はその箱を受け取ると、蓋を開け葛城様が中に手首を納める。
さすがに目の前で呪符を張っては、私が疑われてしまう。なにせこれを見つけたの私だし。相手のためにしたことでも、それが正しく受け取られるとは限らない。
そのことを察してくれたのか、葛城様が箱を持ってくれた。
牛車に戻ったら札を貼ろう。
「ひとまず、屋敷の見張りを一時的に増やした方が良いかもしれません」
「そう、ですね。そうします」
「あとこのことを知っているのは、今この場にいる五人だけ。それでよろしいですね?」
「はい。さすがに妻や娘には話せません。娘が大事にしている庭からこんなモノが出てきただなんて……」
娘が犯人とは思わないのだな。と、少しだけ意地の悪いことを考えてしまった。
普通に考えれば、犯人にはなり得ないのだけど……だけどここは彼女の庭。
疑いは、残る。
でもその疑いを凌駕する愛情が、この親子にはあるのだろう。それが羨ましくもあった。
「さて、では一度……うちの屋敷に戻ろうか」
「よろしいんですか?」
「うん。話自体は聞き終わったからね」
蘇芳様はチラリと屋敷の主人を見る。主人は深々と頭を下げた。
私……というか、揚羽と三葉にいわれたことを蘇芳様に言伝たわけだが、その辺の話を聞いていただけたようだ。
少し失礼な話もあったわけだけど、蘇芳様に
「それじゃあ、また宮中で」
「はい……よろしくお願いいたします」
「うん。じゃあ二人ともいこうか。向こうにうちの者を置いてきちゃったからね」
「ああ……それは心配してるでしょうね」
「心配というか、ハラハラ? かなあ」
「どっちも一緒でしょう?」
そんな軽い言い合いをしながら蘇芳様と葛城様は歩きだす。
私もその後ろについていった。その途中、チラリと屋敷の方を見る。
すると御簾の影から、彼女がのぞいていた。
***
また牛車に揺られ、今度は蘇芳様のお屋敷に向かう。
その途中で葛城様は牛車を降りて、宮中へと向かった。そこには陰陽領という特殊な部署があり、湟国の結界維持や妖を退治したりしているらしい。
とはいえ、湟国の結界が正しく作用していれば妖はそう現れることはないそうだ。
なので主に誰それに呪われたかもしれない。助けてほしい……だったり、祝い事をするときの吉日を占ったり……なんて依頼の方が多かったりする。
「……ねえ、燕」
「なんでしょう?」
「あのお札って、どのくらい効力あるもの?」
「ご本人が刀身の確認をしなければまあ……」
「そっか。やっぱりそうなっちゃうよね」
蘇芳様には事前に刀身に呪符を巻いた状態で、先方に短刀を返して貰った。
本当は陰陽領で預かって貰った方がいい気はする。だけど本人の許可なく持ち出しているわけで……もし刀が偽物だとバレて、何かあっては困るのだ。
あの刀には何かしらの意味がある。
叔母様も顔をしかめていたし、何かしら感じるものがあったのだろう。ただ私たちは陰陽領の人たちのように専門家ではない。
身を守る呪符を作ったり、悪いものを浄化することはできても「これが原因」と特定はできないのだ。
こればかりは元々の才能の問題になってくる。
私も叔母様も探知することはとても苦手なのだ。
「封じの札を貼ってありますから……札が剥がれるか、それ以上の力で払われない限りは普通の短刀です」
「そっか。気をつけるようにいったのだけど、こればかりは本人がなあ……」
「恋人から貰ったものなら、粗末には扱わないと思います」
「そうだね。半狂乱になって暴れない限りはね」
「……まるで経験があるような口ぶりですね?」
「いや、僕じゃないよ?」
「はあ」
「本当に僕じゃないからね!?」
蘇芳様はお屋敷に着くまで、自分ではないよ! と何度も私に説明した。
とはいえ、恋多き噂の絶えない蘇芳様なので……と内心思ってしまったけれど。
屋敷に着くと、心得たように侍女たちが私たちを出迎えてくれた。
主人である蘇芳様の性格を反映したかのように、とても気の良い侍女が揃っている。
「おかえりなさいませ、宮様。それと燕ちゃんもいらっしゃい」
「ただいま。お茶の用意を頼める?」
「お邪魔いたします」
それぞれの言葉に侍女たちは機嫌良く返事をした。
使用人とはかくあるべき、の見本のような場所だ。いや、南雲家が異常ともいえるけど。
原因は春裳の前なので、なんともしようがない。
父はあの状態を放置していたし。記憶にある、母が生きていた頃の使用人たちとは雲泥の差だ。
「さあさ、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
侍女の一人に部屋まで案内してもらい、お茶の用意をして貰うと人払いをする。
「さて、もう一度おさらいなんだけど……よくないモノを見つける呪符が、あの手首を見つけたんだね?」
「はい。ただ……あれだけ目立つ花なのに、屋敷の使用人は覚えがないようでした」
「確かにあの庭には不釣り合いな色の花だったね」
「それに植物があんなにしっかりと、手首に根を張るとは思えません」
「なんていうか……冬虫夏草みたいだったよね」
「そういわれると、まあ……でも冬虫夏草は虫に寄生するのであって、人の手は聞いたことないですね」
「うん。まあ、僕もないんだけどね」
それにどちらかというと、あの手首は鮮度がよかった。血こそ垂れてこなかったが……真っ白で、今にも動き出しそうな手だった。
それこそ数日埋まっていた、という見た目ではない。
「燕?」
「いえ、その……新鮮だったな、と」
「新鮮?」
「手首が……血こそ垂れてきませんでしたが、傷はありましたが綺麗でした」
「つまり、埋められて間もない?」
「可能性としてはあります」
「たとえば、彼女を狙っている鵺が……目印に植えた? とか??」
「鵺がそんなことしますかね?」
「……頭から一口で食べられそうだね」
専門家でない私たちでは答えがでるわけもなく……葛城様が戻ってくるまで待つことになった。
龍は花姫の愛を乞う 諏訪ぺこ @peko02
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