第8話 藤 3
「あーなんで、俺はまた……」
どうやら今日は定時上がりだったようだ。
それが蘇芳様の鶴の一声で中止になった。
全員同じ牛車に乗り込み、その中で葛城様は恨み言を呟いている。
「ごめんねぇ。
「そうですね。悪いのは腕の立つ俺ですよ……!!」
「そうそう。警護には腕の立つ武人がいるからね」
「そうそうじゃないんですよ! 俺がアンタと噂されてるせいで、どの女官や侍女に声かけても袖にされるんですからね!?」
「それは僕のせいじゃなくない? もっとこう、心ときめく歌を贈らないと」
「いやいや、絶対アンタのせいでしょうよ!!」
葛城様が叫ぶと、外から「ゴホンゴホン」とわざとらしい咳が聞こえた。
牛車を引いている、蘇芳様の従者だろう。
蘇芳様は外を歩いている従者に、気にしないでと御簾をちょっとあけて従者に話してる。
「その……私が行きたいといったせいもあるので」
「いや、燕ちゃんは悪くないよ。どうせこの人がやっかいごとを持ち込んだんでしょう?」
「それははまあ」
「なら元凶はこの人。燕ちゃんは俺と一緒で被害者だよ」
「鶸くんはすぐ僕をいじめるー」
「いじめてないの。事実をいってるの!」
二人は相も変わらず言い争いを続け、それは例のお屋敷に着くまで続いた。
ブツブツと文句を言っているが、葛城様と蘇芳様の仲が良いのは事実。それを周りがどう見るかまでは私のあずかり知らぬところだ。
牛車から降りると、屋敷の主人とおぼしき男性が私を見てギョッとする。
そして次に葛城様と蘇芳様が降りてきて、ホッとした表情を浮かべた。
うん? これはあれかな? 男の子に間違えられたのかな??
よくあることだけど、蘇芳様の牛車に乗っていたことで何か間違えられたのだろう。
さすがの蘇芳様もそんな節操ない真似はしない。だが心の中で思うだけにした。
どのみち訴えたところで、信じる信じないは本人次第だから。
「やあ、こんにちは」
「わざわざご足労頂きありがとうございます。藤の宮様」
「いいよ。僕も何か役に立てればと思っただけだからね」
「そんな……ありがとうございます……!!」
屋敷の主人は泣くのを堪えるように俯いてしまう。
話だけ聞いているといい人なんだけどなあ。単純に好奇心を優先した結果だと知ったら、きっとこの人はガッカリするかもしれない。
私と葛城様は何もいわず、話すのは蘇芳様だけに任せる。
そして蘇芳様が屋敷の主人から許可をとると、私と葛城様はお屋敷の周りを見て回ることにした。
「葛城様、行きましょう」
「そうだね」
使用人に案内されながら、お屋敷の周りをぐるりと回る。なかなか立派なお屋敷だ。
手入れも行き届いて、面倒ごとに違いないだろうに使用人の態度も良い。きっと主人も使用人たちに慕われているのだろう。
「……あの、このお屋敷は夜も警備が立ちますよね? これだけ広いわけですし」
「ええもちろん」
「ですよね」
「なにせ広いですし……それに、姫君が居られますからね。花姫様方のように、大行列を作って入内とはいかずともお年が近い姫君がいれば……ね」
まずは四家から娘が入内する。そのあとは、状況を鑑みながら高位貴族の娘が。
後宮にはたくさんの家から送り込まれた花たちで溢れるのだ。
必ずしも寵愛を得られるわけではない。年齢が上がり、お渡りがなければ実家へと戻されることもある。
だからこそ東宮と年の近い娘を持つ親は夢を見るのだ。
自分の娘が、と。
そしてその娘によからぬ男が通っているのであれば、穏便に排除したい。
ただのよからぬ男であればよかったのだけどね。
チラリと横を見ると、葛城様は警備の人たちの立ち位置を確認しているようだった。
私は三葉からもらった『よからぬモノ』を探す呪符を袖の中で発動させる。
袖の中からひらりと蝶が飛び立った。
その蝶は使用人の前を飛び、まるで先導するかのようにひらひらと飛んでいる。
そして暫く飛んだかと思うと、ある場所で花に止まった。
「あの、ここは……?」
「ああ、ここですか? ここは姫様が大事にされてる庭です。手ずから花を育てておいでなんですよ」
「そうなんですね」
「ではこの花も?」
蝶の止まっている花を指さす。使用人は少しだけ首をかしげた。
「こんな花、あったかなあ」
「珍しい花なんですか?」
「いや、色が……姫様は明るい色の花が好きなんです。こんな暗い赤い花は植えないと思うのですが」
「そうなんですね」
私はその花の根元に視線を落とす。
掘り起こしたような痕。その場にしゃがみ込み、そっと土を避けた。
「あの……?」
「あ、すみません。ちょっと気になって……」
「はあ? あ、えっ!?」
「え?」
視線を元に戻すと、指先が――――土の中から出てくる。
ヒュッと息をのむと、葛城様が私に退くようにいった。
「……一応聞くけど、この屋敷で指をなくした、なんて人いないよね?」
「い、いません! そんな話があったらさすがに耳に入ります」
「だよねぇ。じゃあこの指……いや、手首は誰のかなあ?」
葛城様が掘り起こすと、人の手首が現れる。そしてその手首に根を張り、赤い花が咲いていたのだ。濃い赤は、血の色であった。
使用人は驚いて腰を抜かしている。
まさかそんなものがお姫様の自慢の庭から出てくるとは誰も思わないだろうしね。
「どうするかな。これ……」
「蘇芳様に見せるにはちょっと……」
「そうだな。藤の宮様は見ても驚かないだろうけど、従者の人に怒られそうだ」
「ですね」
葛城様が掘り起こした手首。これはよくないモノだ。
掘り起こしたとき、花に付いていた蝶がパタリと落ちた。それはよくないモノに中てられた可能性が高い。
所謂、呪詛の一種なのだろう。
「燕ちゃんは、これが何かわかる?」
「いえ……叔母様なら何かわかったかもしれませんが……私はまだ未熟なので」
「そっか。そしたらうちの陰陽領に持ち帰った方が良いかな」
「お願いします」
私は葛城様に頭を下げる。葛城様は使用人に手首を入れられる入れ物がほしいと告げた。
使用人はガクガクと震える体のままなんとか頷く。そして逃げるように入れ物を取りに行った。
「花の根が……こんなに食い込んでる」
「これは使われた人間は死んでるかもなぁ」
「わかるんですか?」
「なんとなくね。ま、手首がないぐらいじゃ普通は死にはしない。だけどこれは、ここ、このところに傷がある」
「傷……」
「つまり拷問された痕かもしれないってこと」
拷問といわれ、思わず自分の手首をさすってしまう。
酷いことをされて、さらに呪詛の元にされてしまうなんて……
「その、それだけこの家に恨みがあると思いますか?」
「どうかな。この屋敷の中は特別ギスギスしてる感じはしないし、使用人もしっかりしている。藤の宮様の知り合いの貴族ならそれなりに高位だろうし……」
「そこで、何をしているの?」
鈴の音のような声が、私たちを咎めた。
声の方を向けば屋敷から、私たちを見ている女性がいる。その姿には見覚えがあった。
葛城様は手に持っていたモノをサッと後ろに隠す。私もそっと寄り添うように立ち、彼女に見えないようにした。
「もう一度聞く、そこで何をしている?」
彼女の問いに、葛城様は「客としてここに来ている」とこたえた。しかし女性は訝しむような表情を崩さない。
まあ普通にあやしいものね。成人男性と水干姿の子供が自分の庭にいたら。
しかしうかつに動くわけにもいかない。なにせ葛城様の手には土に埋まっていた手首があるのだから。花付きの。
この手首に関してなら、一番怪しむべきはこの庭の主たる彼女。
だが嫋やかな、お姫様に拷問して手首を切り落とすなんて真似ができるとは思えない。
いや、自分の首は切り落としていたけどね。
あれは何かの呪が働いていたと思えば……あり得る話だし。
さてどうするか、そう考えていると使用人と一緒に屋敷の主人が庭にやってきた。
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