第5話 早く帰ってくる
「おい」
「ん~」
「ここはどこだ」
「ここは私たちのふるさとだよ」
「私たち、じゃなくて、おまえの、だろうが」
「何だ。ここがどこかってわかってるじゃん」
「何で家に帰らないで、ここに連れて来たんだ?」
「ん~~~。君を海に引きずり下ろそうかと思って」
「っは。物騒な発言だな」
「そうかな。的確な表現だと思うよ。だって、君はもう数日もしたら、空へ帰ってしまうだろう?」
「来年の夏にまた会えるだろ。再来年も、そのまた来年も。ずっと。ずっとだ」
「春夏秋冬問わず、私は君と一緒に居たいんだけど。なあ」
久々と言っても過言ではないだろう。
荒れてはおらず、凪いでいる海では、私たちの動作だけが、波音を響かせる。
ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。
海面に仰向けになっている私に抱えられた君は、どれくらい海に浸っているのだろうか。
ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃ、ぷん。
風がない。
他の生物も居ない。
私と君、たったの二人。
海に引きずり下ろしたい。
海に引きずり下ろして、海の中で永遠に君と共に過ごしたい。
これからの長い時を。
「おい」
「ん~」
「酔いはもう醒めた。帰るぞ」
「え~~~。もうちょっと、海に浸って、この素晴らしい満天の星空を眺めていようよ。海の中だから涼しいだろう」
「おまえの上に乗っていなければな。おまえ、人魚のくせに、体温高い。暑い」
「君はひんやりしていて気持ちいい」
「あ~つ~い~」
「え~~~。下ろしたくない。から。やっぱり、海の中に。ううん。帰ろうか」
「ああ。今度は俺が抱えて、ひとっとびしてやる」
「砂浜に着いたらお願いします。砂浜までは私がこのまま連れて行くよ」
「………あちい」
「夏なんだから暑いのは当たり前」
「海中なのに汗かいてる」
「海水じゃない?」
「一緒に風呂には入らないぞ」
「え~~~」
「おい」
「ん~~~」
「もう少し、ゆっくり動け。酔う」
「………うん。へへ」
「今度は」
「うん」
「俺が、俺たちのふるさとに、連れてってやる」
「………うん。うん。すごく。楽しみにしてる」
「泣くな」
「泣いてない」
「身体が震えてるくせに」
「君が手足をばたつかせてるからだろう」
「運動だ」
「今運動してどうするの。疲れてるんだからおとなしくしてなさい。こら。もう」
「なあ」
「何ですか?」
「砂浜に着いたら、人魚の姿に戻って、大きく跳ね上がってくれよ。海底から天上まで一気に。俺が天上で捕まえてやるから」
「もう。色々注文が多いなあ」
「嫌か?」
「いいえ。捕まえてください」
もうじき夏が終わる。
もうじき、君は居なくなる。
私は、君が居なくなった世界で、来年の夏を首を長くして待つ。
「早く帰ってきてね。でないと、人魚から首長竜に変化してしまうよ」
「………おう」
「ちょっと見てみたいと思った?」
「いや。人魚のおまえに会いたいから、早く帰ってくる」
「うん。待ってるから」
(2024.8.19)
しずく 藤泉都理 @fujitori
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