1周目の僕

城名未宵

第1話 1周目の僕

「村岡果音です。人生5周目です。好きな食べ物はグラタンです。よろしくお願いします」


パチパチパチと拍手の音が響く。

椅子を引いて座る音、椅子を引いて立ち上がる音が続いて聞こえる。


「橋本琥太郎です。人生7周目です。好きな食べ物は卵かけご飯です。よろしくお願いします」


パチパチパチと拍手の音が響く。

椅子を引いて座る音に続いて、僕も椅子を引く。

立ち上がると視線が集まって、ドキドキとした緊張の波動が体内に広がる。


「石井廻です。人生1周目なので至らぬ点が多いかもしれませんがよろしくお願いします。好きな食べ物はハンバーグです」


よし、しっかりと言えた。

1周目の人間はこのテンプレートを自己紹介に添えないと、2周目以降の人間に目をつけられるらしい。

小さい頃から母さんに教えてもらったおかげで僕はいままで敵なしだ。

 

小さく頭を下げて、椅子を引く。


「1周目ってことはいままで苦労も多かったでしょう?これからは気兼ねなくみんなを頼ってね」


担任がにこやかに微笑んでいる。

この人は確か3周目って言っていた気がする。


「はい。ありがとうございます」


中腰の状態から椅子に腰を下ろすと、ずいぶんと楽になった。

体を対着席用の形態に変化した瞬間に声をかけられるとどうしていいか分からなくなってしまうので、座ってからにしてほしい、なんて思うのは僕がまだ人生1周目だからだろうか。


担任が授業を締めくくるありがたいお言葉を口にして、号令をした。

チャイムが鳴ると、僕はクラスメイトに囲まれた。


「石井くん、人生1周目なの?1周目ってどんな感じ?」


「人生経験が少ない分、悩んだり迷ったりすることが周りの人よりも多くてちょっと困るかも。他は、特に」


「意外だった!人生10周目くらいかと思ってた!」


「それ、もうすぐ永眠しちゃうじゃん」


あははは、と笑い声が教室をいっぱいにする。

何が面白いのか、人生1周目の僕には分からない。


「いいなぁ。石井くん。1周目ってことは前世の記憶思い出したりとか、夢に出てきたりとかしないんでしょ?」


「うん。フラッシュバックとかはないから、その点はいいかもしれない」


いいなぁ、とみんなが口を揃える。

正直、僕自身も1周目で良かったと思ってる。

前世の人がした辛い体験を思い出して精神を削られる、とか、前世の人が自分の嫌いなタイプだとふと思い出したときに不快な気持ちになる、なんてことがない。

まっさらな人生を始めた方が、前世の人の影響を受けずにありのままの自分で生きていけるし。

あと、1周目はモテる。

前世から影響するおじさんくささやおぼさんくささが受け継がれないから。


帰り道、大通りから一本外れた道を通って家を目指す。

車通りが多い道はどうもうるさくて苦手だ。

白線の上を綱渡りのように歩いたり、石を蹴飛ばしながら進んでしまうのは1週目なのだから仕方ない。

2周目以降の人、特に6周目を超えたあたりの人はほとんど僕とこの遊びをしてくれないのだ。

「1週目の人がそんなことしてたなぁ」とか、「なつかしいねぇ」なんて言って口元に手を添えながら微笑んでいる。小学1年生でも。


みんな、楽しいから遊べばいいのに。

って僕はいつも思う。『初心にかえる』って言葉があるくらいなんだからみんな1周目だと思って生きてみればいいのに。


ドン、と頭に衝撃が走る。

見上げるとそこには金髪の男がいた。こちらを振り向いている。

どうやら僕は彼の背中にぶつかったらしい。


「ごめんなさい」


頭を下げると、髪をわしっと掴まれた。


「てめぇ人生何周目だ」


「じゅ、10周目です」


こういうときは嘘をついてもいいと、小学校の不審者対応講座で教わった。

いかのおすし、だ。

し、知らない人の質問に正直に答えない。

小学2年生のときの担任の小鳥先生が言ってた。

 

『周数が低いと不審者に目をつけられやすいので、知らない人に周数を訊かれたらみんな8周以上の数字を答えましょう』


って。


「じゃあどんな人生歩んできたか答えろよ!10周目の俺様に向かって舐めた口きいてんじゃねぇ!」


怒号が極度に怖いのは、優しい大人たちに育てられた人生しか歩んでいないからだろう。


「まあまあ、そこまでにしなさい。ライフハラスメントはよくないよ」


「山田のおじちゃん!」


山田のおじちゃんは、金髪の男の腕を掴んで、そのまま放り投げた。

男はおじちゃんにびびって、「お、覚えとけよ!」と捨て台詞を吐いてよたよたと逃げていった。

ボディービルの世界大会で10年連続入賞しているムキムキのおじちゃんに投げ飛ばされたら逃げたくなるのもわかるな、と僕は別れ際に金髪男と共鳴できた気がした。


「おじちゃん!ありがとう!」


「どういたしまして。若輩者を助けるのが年配の役目だからね。気をつけて帰るんだよ」


人生10周目の余裕というやつだろうか。

僕もこんなふうになりたい。 


「うん!またね!」


おじちゃんは手を振って、近くのコンビニの駐車場へと戻っていった。

わざわざ僕を助けにきてくれたのか、と気づくとやっぱりおじちゃんはかっこいいなと思った。


僕はとぼとぼと歩き始めた。


公園の前に差し掛かると、選挙ポスターの掲示板が設置されていることに気づいた。

名前とキャッチコピーに並んで周数が書いてある。

人生6周目以降の25歳以上じゃないと市議会委員に立候補できない、って教科書に書いてあったことを思い出す。

僕はまだ今世で立候補できない。議員を目指すつもりはないけど、人生1周目ってことによって持てる権利が少ないのはムッとする。


周数が少ないと昇進できなかったり、給料が少なかったりもするらしい。

最近では「差別だ!」ってデモも起きてる。


「ただいまー」


「おかえりー!」


家に帰ると、母さんが美味しい料理を作ってくれている。

母さんは父さんと僕のことが大×♾️好きらしい。

それには映画のように感動的な理由がある。


母さんは人生3周目のときに恋人がいた。

お察しの通り、それが父さんだ。ちなみに父さんも当時は人生3周目だったらしい。

母さんが成人してすぐに旅行で乗船したクルーズ船が沈没してしまった。

死に際に2人は「生まれ変わったらまた君に会いに行く」「待ってる」と約束をした。今世人生5周目でその約束が果たされたというわけだ。

おかげで両親はラブラブ。正直鬱陶しいくらい。


「新しいクラスどうだった?」


「うーん。とくに。去年と変わんない」


テレビをつけると、今日のニュースが飛び込んでくる。

殺人事件に、スポーツ大会、近日公開の映画の舞台挨拶。

ソファに座り込むと、眠くなってきた。人生1周目だからだろうか。


『本作のテーマは”願い”ですが、吉原さんはひとつだけ願いが叶うとしたら何を願いますか?』


インタビュールームで、番組のデコレーションがされたマイクを持ったアナウンサーが主演俳優に質問する。


こういうのを見ていると、自分ならなんて答えるかつい考えてしまう。


ぐるぐる思考を巡らせて、ようやく決めた。

僕だったら、”全人類、人生は一周で終わりになりますように”と願う。


前世と今世が入り混じって、どこまでが今の自分だか分からなくなるのは怖いと思う。

来世の僕は僕なのだろうか。それとも、他の誰かの中に僕がいるのだろうか。


僕が死んでも僕の記憶は誰かに見られる。

そう考えと気色が悪くなってくる。


周数で不平等が生まれるのも嫌だ。


「先に手洗ってきなさい!」と母さんに言われたので「はーい」と返事をしてソファを立った。


背後からは「来世もイケメンに生まれられますように、って願いますかね」と笑いながら答える俳優の声が聞こえた。

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1周目の僕 城名未宵 @koyoi_00

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