第5話 異世界心のアドバイス編

 今日も絶賛深夜も朝方まで残業中のラビィ・ザ・テンの心の診療所。朝の診療時間になって患者は初診の人間が多かった。どうやら世界が一つ増えたらしい。その分患者も増えたのだ。所謂、希望のなさ、絶望から来る鬱だ。

 魔王が誕生し混沌とする中、希望を見出すのは勇者の存在。ラビィの診療所には勇者を待つ患者も多かった。

 そんな中、ある少年が診療所に連れられてやってきた。少年と言っても『地球』で言うところの高校生の年齢だ。異世界では成人扱いされる事も多い。

 少年は異世界に初めてやってきた故の初診だ。

「はぁい。皆さんの心のオアシス、ラビィ・ザ・テンでぇす。初診の方ですねぇ? よろしくお願いしますねぇ、ライトラビットさぁん」

「よ、よろしくお願いします、ラビィ先生」

「では早速診察に移りますねぇ」

「その前に一ついいですか?」

「何でも仰ってくださぁい」

「僕のことは月兎つきとって呼んで貰えませんか?」

「……旧名ですねぇ? 構いませんよぉ、月兎くぅん?」

「ありがとうございます」

「それでですねぇ。月兎くんはぁ、神アザルが創ったアザルディアという世界に勇者として飛ばされたわけですがぁ? なにかご不満があるのですねぇ?」

「はい……僕、異世界転生ってもっと楽なものを予想していたんです。チート能力貰えたり何だかんだで味方が強かったり。でも違うんです。ひたすら修行や苦行をさせられるんです」

「なるほどですねぇ。では世界の仕組みからお教えしましょうねぇ」

「仕組み……ですか?」

 ラビィはゆっくり話し始める。異世界の仕組みという物を。


──────異世界の仕組み

 まず、異世界と言っても沢山存在する。同じような似たような世界もあったり、全く独特の世界だったり。魔法があったりなかったり、異世界なのに動画配信があったり。

 だがそれら全ての特徴は、その世界を創った神様が密かに魂を管理しているという点にある。そして神様は単体だったり複数いたり色々ある。

 そんな神様が創った世界には、ラビィ先生の言うところの徳ポイントと呼ばれるシステムが存在する。

 転生や転移する際もそう。地球の徳ポイントが高ければ高いほど、より良い待遇で転生する事ができる。そして神様は多くの場合、悲劇的な最期を遂げた人を多く転生させようとする。

「でも僕、そんな徳を積むようなことしてませんよ?」

「当然の疑問ですねぇ。ですがぁ、答えは簡単なんですよぉ」

 ラビィ先生の説明はこうだ。

 まず、悲劇に耐えるだけでも徳ポイントは貯まる。つまりどれだけ悲劇的な事に耐えてきたかも徳ポイントに繋がるのだ。

「じゃあ僕は結構徳ポイントがあったって事ですか?」

「勇者という立ち位置に立たせて貰えたということはそういうことでしょうねぇ」

「じゃあなんで、こんな苦行を強いられるの……?」

「それはですねぇ。異世界自体の徳ポイント総量に関係するんですよぉ」

「異世界自体の……?」

 ラビィ先生は再び月兎に世界の仕組みを説明し始める。

 それは異世界の徳ポイント総量の話だ。当たり前だが、神様が創った時点では徳ポイントの異世界自体の総量は少ない。人が生まれ魔物が生まれたりして徳ポイントが揺れ動く。

 そして徳ポイントが少ないと使える能力も少ない。新しい世界を創るということはそういう事なのだ。

 勿論いい方向に転んだ後、悪い者が現れて、そういう者を退治するために転生させられることもある。そういう時は、徳ポイントが最初から多く使える能力も多い。

 だがアザルディアのように、世界が生まれてすぐに悪い者が現れる場合がある。そういう時に誰かを転生させてチートを与えることはできない。異世界の徳ポイントが少ないからだ。

 だからそういう時は勇者などの大きな役割を持つ人に、異世界の徳ポイントを貯めてもらうのだ。

「そ、それってつまり……僕は搾取されているということですか?」

「違いますよぉ。ウィンウィンの関係なんですよぉ。勇者となる者は自分の徳ポイントも大きく貯めることができまぁす。また世界は勇者の貢献で大きく発展して徳ポイントを貯められるんでぇす。当然月兎君がぁ、ここで死んでしまうとぉ、誰の得にもなりませぇん。ですからぁ、神様も必死なんだと思いまぁす。それ故の修行なんでぇす」

「うーん。なんか納得いかないや」

「わかりまぁす。ですがぁ、月兎君がぁ、必死に修行している姿はぁ、皆見守っているはずでぇす。あなたを想う人もぉ、いるはずでぇす」

「僕を想う人……」

「そうでぇす。カッコイイ姿を見せられると思えばぁ、やる気になれませんかぁ?」

「でも本当にキツイ修行なんです……何度も騎士団長の人にしごかれまくってさ。それなら騎士団長が魔王討伐に向かえばいいのに!」

「わかりますよぉ。ですがぁ、騎士団長さんでは勝てないとわかっているんでぇす。それだけ魔王は強大なんですよぉ。もし月兎君がぁ、負けてしまったらぁ、皆絶望のドン底に陥るんでぇす」

「つまり騎士団長を軽々勝てるくらいまで鍛えないといけないということ?」

「そうでぇす。辛いですかぁ?」

「想像もできない……辛いですよ」

「わかりましたぁ。でしたらまずはぁ、お薬による治療から始めてみましょうねぇ」

「チートな薬ですか?」

「違いまぁす。そういうお薬もありますがぁ、値段がとても高くてぇ、月兎君の徳ポイントが尽きてしまいますよぉ?」

「徳ポイントが尽きるとどうなるんですか?」

「最悪の場合はぁ、不運の死を遂げまぁす」

「それはヤダな……おまけに死んだ後、まともな転生できないってことですね?」

「そういうことでぇす。わかってきたようですねぇ」

「じゃあどんな薬なんですか?」

「気分を調整する薬とぉ、痛み止めでぇす」

「なんか普通だな……」

「そこはラビィ・ザ・テン特製ですのでぇ、効き目は保証しまぁす」

「わかりました。お願いします」

「それとぉ、ここでの記憶は断片的にしか持ち込めませんのでぇ、痛い時にはこの青い錠剤を飲んでくださぁい。気分を上げるのは赤い錠剤でぇす。いいですねぇ?」

「ここにはもうこれないんですか?」

「ここは苦しい時にぃ、迷ってくる場所ですのでぇ。ですがぁ、定期予約を入れることもできまぁす。他の診療所もありますがぁ、どうしますかぁ?」

「是非ここで定期予約入れさせてください!」

「わかりましたぁ。予約は一ヶ月ごとにしておきますねぇ。仮にここにすぐ来たくなった場合はぁ、迷ってここにこれますのでぇ、安心してくださいねぇ。それでは最後にぃ、異世界の心のアドバイスをしまぁす」

「何ですか?」

「地球ではできなかった冒険と幸せを存分に味わえる、それが異世界でぇす。苦しい時間を耐えてでもぉ、幸せを掴んでくださいねぇ」

「わかりました! ありがとうございます!」

 こうして月兎、いやライトラビットは勇者としての道を歩み始める。それを見守るラビィは、ある懸念を思い浮かべていた。


──────異世界に来たがる人

 ラビィの懸念。それは異世界に来たがる人が多くなっているという事だ。異世界が観測され始めて、地球や異世界同士の交流が多くなった。そのための心の診療所を開いたラビィもまた、特級魔法使いの端くれ。

 時空の狭間の神様に許可を得て、診療所を開いたのだ。旦那の副所長と共に、高額医療で診療所を大きくしてきた。

 ラビィの診療所では医療事務を地球から転移させている。それは多くの高額医療の場合が地球からの転生者によるものだからだ。

 そして、ここのところ多くの神々が異世界を創ろうとしている。理由は儲かるからだ。だからこそ、異世界転生が増えて観測者も増え、異世界に憧れる人が増えた。

 だがここで考えてみて欲しい。果たしてその選択は『今』かと。徳ポイントは地球同士の輪廻転生でも変動する。

 徳ポイントを使い切っているのに、耐えきれず死んでしまったりして異世界に行っても、良い事はない。

 むしろくだんのライトラビットよりも遥かに苦行を強いられる事もあるかもしれない。

 今は徳ポイントを貯める時期と思って善行を行う、それもまた異世界の心のアドバイスなのだ。

 ちなみに耐えることもまた徳ポイントを貯める事と言ったが、勿論それだけではない。幸せになり子供をもうけて未来を繋ぐことや、辛いことから立ち直り人助けに翻弄することの方が遥かに徳ポイントを貯めやすい。

 単純に、辛いことを経験し続けて、悲しい目に逢い続けた人にも「よく頑張ったね」と神様が徳ポイントを貯めさせてくれるだけなのだ。

 当然悪い事をした人には罰が当たる。魂は不浄の物となり、転生しても悪役にしかなれない。

 そういう仕組みを皆が知らないからこそ、ラビィは懸念するのだ。

 いつの世も辛いことばかり起こるもの。そんな中、死んだ人が向かう場所の一つ、それが異世界なだけだ。

 徳ポイントを貯める、そのためにがむしゃらに生きる。

「ライトラビット君はどうだった?」

「あら、パパじゃない。あの子、あなたの紹介?」

 パパ・モスは、ラビィ先生の旦那。つまり副所長だ。

「そうだ。アザルディアの神様、アザル様から依頼があってな。迷わず・・・死のうとしたらしい」

「なるほどね。危ないところだったという事ね」

 異世界に来ても死ぬ人は迷わず死ぬ。結局運の良さがその人の人生を決めてしまうのかもしれない。

「どんな感じだ? 俺は引っ張ってきてやることしかできないからな」

 ラビィの診療所に無理矢理、魂を連れてくる能力、それがパパ・モスの力だ。

「とりあえず、世界の仕組みを教えることで引き止める事には成功したわ。どの道、この時空の狭間の神様との契約で、ここでの出来事はほとんど頭に残らないからね」

自動薬飲オートメディシンは使わずか?」

「あの子なら自分の意思で飲めると判断したの。一ヶ月後の診断次第でオートメディシンにするかは決めるわ。ただ、あまり徳ポイントが貯まってないから、出来ればオートメディシンにはしたくないのよね」

「この場合、時間制御ができないもんな」

「そういうこと。パターン制御しかできないわ。そうすると結果として時間制御の倍の値段になってしまうもの。彼のためにはならないわ」

「初診でもあるし、様子見だな」

「大丈夫。きっと導いてみせるわ」

「ああ、お前ならきっと彼を、立派な勇者になるまで心を支えてやれるさ」

 にっこり笑ったパパはラビィを抱きしめる。

「もう! まだ診療が残っているんだから、後でね。あなたもしっかり働きなさい!」

「やれやれ、俺の妻はすっかりワーカーホリックだ」

 苦笑し合う夫婦を見ていた医療事務員が声をかける。

「あの……そろそろ」

「ああ、すまない。ラビィ、俺は事務室長のところで仕事してくるよ」

 副所長のパパも幻想機械ファンタジーコンピューターを扱える。今のところ診療所に二台あるファンタジーコンピューターを一つ使ってパパは仕事をする。

「室長にしっかりしごかれなさい!」

 そうしてパパに喝を入れたラビィは診察室の椅子に座り、耳に手を当てて言った。

「次の患者さん入れて頂戴」


──────ライトラビットの日々

「ラビィ先生聞いてください! やっと騎士団長から一本取ったんですよ」

「よかったですねぇ。気分も上がってますしぃ、お薬の量減らしましょうかぁ」

「でも不安です。痛み止めがあるから痛みにも耐えてきたのに……」

「冒険に痛みは付き物ですからねぇ。少しずつ減らしていきましょうねぇ。それともやっぱり楽をしたいですかぁ?」

「うーん……」

「正直に答えていいんですよぉ。ここには怒る人はいませんしぃ、私も怒りませぇん」

「そうですね、どうしても楽をしたい気持ちは湧いちゃいます。でも……もう少し頑張ってみたいです」

「いいですねぇ。その気持ちが大切なんですよぉ。そういう気持ちが徳ポイントに繋がるんでぇす」

「頑張ります!」

「ではお薬の錠剤の大きさを少しだけ小さくしますねぇ。それと今確認しましたらぁ、徳ポイントの上昇率もかなりあがっていますのでぇ、痛みが強かったり気分が大きく沈んだ時にぃ、自動でお薬を飲めるようにもしましょうかぁ」

「そんなことができるんですか?」

「オートメディシンの説明をしますねぇ。お値段はかなり上がってしまいますがねぇ」

 ラビィの魔法がかかったオートメディシンの説明を聞いた月兎は是非そうして欲しいと言う。

 薬を飲むというのは実際かなり面倒なものだ。その手間を省けるのなら儲けものだ。

「それでは薬を小さくした分だけぇ、薬自体は安くなりますがぁ、オートメディシンの値段をご説明致しますねぇ」

 月兎の持っている徳ポイントと薬の合計料金の割合を事前に説明して同意を得るラビィ。こうして月兎は満足して異世界へと帰って行った。

 ラビィ・ザ・テンの心の診療所、今日も心を病む異世界へ来た人達や異世界人でいっぱいいっぱいの様子。あなたの心は癒えましたか?

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ラビィ・ザ・テンの異世界メンタルカウンセラー みちづきシモン @simon1987

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