第4話 毎日の繰り返し、鬱編

 ラビィ・ザ・テンの異世界心の診療所は今日も大盛況。そんな中でもよくある相談事は、『鬱』だった。最初は異世界を楽しんでいた転生者は、神様からの贈り物である異能を使って、普通とは違う天才的な力で周りを引っ張っていく。

 だが力あるものに楽もない。徳を積むためにいつも周りのために力を尽くす毎日だったり、婚約者の頼みを聞く毎日だったり、絶えない溺愛に溺れさせられたり。休む間もないからこそ疲れてしまう。

 そうしてひっそり『鬱』になっていくのだ。表に出すわけではない。心の裏側でしんどさが増していくのだ。天才だって悩み『鬱』になる。贅沢な悩みと思う人もいるかもしれないが。


──────ラビィの診察

「次の人、呼んでくれる?」

 ラビィが医療事務員にマイクで伝える。次の患者は勇者アールジオン。

「はぁい、アールジオンさんこんにちわぁ。調子はどうですかぁ?」

「ラビィ先生聞いてください! また仕事が増えたんですよ! このままじゃ過労死してしまいそうで……」

「アールジオンさんの体も脳も強靭に創られていますから大丈夫ですよぉ」

「また先生そんな事言って……わかっているんですよ? そんな事わかっているんです。だからって、できるから仕事を増やすのはおかしいと思うんです」

「でしたらぁ、しっかり拒絶をされるのがいいと思いますよぉ」

「……それもわかってます。でも僕は勇者なんです。皆の期待を背負っているんです!」

「だから疲れるんですからぁ、全部を背負わなくてもいいんですよぉ。他の人が無能だと思っているわけではないんですよねぇ? 信頼おける人に任せればいいんですよぉ」

「でも……怠けてしまって、皆に頼りないと思われてしまうのが怖くて……」

「それは前世の話ですよねぇ? 大丈夫ですよぉ、今いる世界でのあなたの徳でぇ、そんな事はありませんからぁ」

「でも魔王を倒してから、本格的な冒険もなくなって、各地の魔物を倒しながら人を鍛えていくのに僕がこんなんじゃ……」

「もっと自信を持ってくださぁい。魔王を倒したのはあなたなんですからぁ」

「先生だけなんです……こんな話をできるのは。他の人に知られたら、もうやっていけないかもしれない」

「思い切って誰かに相談してみてはいかがですかぁ? ここでは私に相談できてもぉ、世界に戻ると精神的支柱がないとまた心が崩れてしまいますよぉ。入院治療はここではできませんしねぇ。また入院できる病院に入ることになりますよぉ」

 時空の狭間であるここにはラビィ先生の診療所の他に入院用病院がある。

「もういっそ入院した方が楽なんじゃと思うんです……」

「駄目ですよぉ。せっかく貯めた徳がどんどん減りますからねぇ。アールジオンさんはかなり徳を積んだからまだ沢山ありますがぁ、勿体ないですよぉ。高額医療より高い徳を持っていかれますからねぇ。お薬出しますからぁ、勇気を出して誰かに相談してくださぁい。あなたの頼みなら皆聞いてくれるはずですよぉ」

「高額医療のお薬をまた出してくれるんですか?」

「あれはダメですねぇ。数はあるんですがぁ、あなた私の言うこと全く聞かないじゃないですかぁ」

「だって先生、めちゃくちゃ言うんですもん」

「無茶振りはしていませぇん。ちょっとした事でも頼れないアールジオンさんはもう少し相手に吐き出すべきでぇす。ですからぁ、頓服のお薬を出しまぁす。相談する相手に会う三十分前に飲んでくださぁい。十回分出しておきますがぁ、一度飲んだら八時間は空けてくださいねぇ」

「高額医療のお薬と併用はできないんですか?」

「できませぇん。それをしてしまうと、また私の目が気になって相談できなくなってしまうですよねぇ? 大丈夫ですよぉ、用法用量を守れば強力な頓服なのでぇ、一発で解決できますよぉ。しっかり三十分余裕を持って飲んでくださいねぇ」

 そうして薬の処方をしていくラビィ。アールジオンはため息をついた。

「本当によくなるんですか?」

「どうせならぁ、恋人にしたい人に相談してくださいねぇ」

「恋人にこそ、そんなこと言えないんじゃないかな?」

「頼られることは嬉しいものですよぉ。アールジオンさんに頼られたらぁ、誰だってイチコロですよぉ」

「僕は……神に貰った力を使ってるだけの情けない人間だから……」

「そんな事言わないで前を向きましょうねぇ。大丈夫ですよぉ、支えてきたアールジオンさんがぁ、支えられる立場を味わったらぁ、格別ですからぁ」

 医療事務員から受け取るように言うラビィに頷いたアールジオンは次の診察予定を入れてもらって診察室を出ていく。ファンタジーコンピューターを操作したラビィはアールジオンへの薬の処方と予約日の入力をする。

「次の人、呼んでくれる?」

 ラビィは次の患者を呼んだのだった。そうして患者をさばいていくラビィ。


──────日変わってアールジオンの予約日

 アールジオンの番が回ってきて、アールジオンが中に入ってくる。

「はぁい、アールジオンさんこんにちわぁ」

「先生! あの薬はなんですか!?」

「試してみましたかぁ?」

「試したも何も、あれを飲んで三十分くらいしたら、相談相手に滅茶苦茶に愚痴ってしまって、彼女を困らせてしまったんですよ!」

「彼女は困っていましたかぁ?」

「確実に困っていましたね……ああ、僕は嫌われたかもしれない。もう駄目だ……転生治療を……」

「落ち着いてくださぁい。仕事は減りましたかぁ?」

「仕事は減ったというか、楽になりすぎて何をしたらいいかわからなくなってしまいました。皆、休めと言って僕に仕事をさせてくれないんです。生き甲斐までを奪われたくなかった……」

「落ち着いてくださぁい。今は急に吐いてしまったので皆さん慌てているんですよぉ。アールジオンさんに頼りすぎていたと反省したんでしょうねぇ。そのうちまた頼られるようになるはずですからぁ、今はゆっくり休養期間だと思ってぇ、吐き出した相手との時間を大切にしてくださぁい」

「でも……彼女は受け入れてくれるでしょうか? あんな弱い僕を見せたのに……」

「きっと受け入れてくれるはずですよぉ」

 いつも通りの薬を処方して、頓服は一旦返すように伝える。持ってきてこなかったという彼に、返す意思があるかどうかを確認してファンタジーコンピューターを操作すると魔法が発動して薬が転移してくるのだった。

「彼女に少しずつ吐き出していきましょうねぇ」

「でも……捌け口にしてはいけないでしょう?」

「当然ですよぉ。でもそれがわかっているなら自制も効くはずですよねぇ? 逆に止まれなくなったらまた相談してくださいねぇ」

「わかりました。ありがとうございます」

「溜め込まないことですよぉ? 一人で悶々と悩んでいると堕ちやすいのでぇ、相談できる人を増やしていきましょうねぇ。できるなら同性の方にも頼れるといいですよぉ」

「仲間の剣士にも相談できたらしてみようと思います」

「その意気ですよぉ。きっとアールジオンさんならうまくいきますよぉ。通院と服薬は暫く続けてくださいねぇ」

 こうして今日のアールジオンの診察も終えたラビィ。次の予約者も鬱持ちだ。


──────溺愛なのに不安なルジェルーゼ

「はぁい、ルジェルーゼさん、こんにちわぁ」

「ラビィ先生……私どうしたらいいんでしょう……」

「どうしましたかぁ? この前の『フォー』で一緒に婚約者の愛を確かめましたよねぇ?」

「そうなんですけど……彼の愛が日によって違うんです」

 こう言うルジェルーゼに一瞬だけ固まってしまったラビィ。すぐに気を取り直して、彼女に答える。

「彼も人間ですからねぇ。日によって愛の度合いは変わりますよぉ?」

「そうでしょうか? あんなに激しく愛してくれていたのに、少しずつ落ちている気がするんです」

 再び一瞬固まるラビィは少し考えながら語る。

「厳しい言い方をしてしまいますがぁ、それはルジェルーゼさんが彼の愛に対して慣れ始めてしまった証拠かもしれませんねぇ。もっと欲しいと心の中で求めていませんかぁ?」

「そ、それは……そうかもしれません。求めすぎなんでしょうか?」

「彼の考えは読めませんがぁ、恐らくあなたを壊さないように配慮し始めたのではないかと思うのですよぉ。めちゃくちゃに愛する、から少しずつ変わってきてるのかもしれませんねぇ。不安でしたら、今『シックス』が空いていますからぁ、また高額医療になりますがぁ、受けられますかぁ?」

「お願いしたい所ですが、徳の金額は足りますか?」

「ルジェルーゼさんは皇太子様の婚約者ですからねぇ。彼のためにいるだけでもかなり徳の金額貯まりますからぁ、でも一応今確認しますねぇ。少々お待ちくださぁい」

 ラビィはファンタジーコンピューターを操作し中からコードのような物を引っ張ってくる。それをルジェルーゼの額に当てて計測するラビィ。ファンタジーコンピューターに演算された数値が出る。

「まだまだ大丈夫ですねぇ。徳を積み続けてるわけですしねぇ。ではご希望通り『シックス』の処方をしますねぇ」

 医療事務員に連絡を取って、ファンタジーコンピューターから取りだした『シックス』を渡す。いつも通り説明するラビィ。

「このお薬は服用してから二十四時間効果がありますからねぇ。よく考えて使ってくださいねぇ。それと絶対他人に渡すのは駄目ですからねぇ。処方した本人以外にはこの薬は作用しないようになっていますのでぇ、よろしくお願いしますねぇ」

「でも先生? この薬、先生が他の人に乗り移る時もありますよね?」

 ラビィは目を細める……気づかれていたかと。自然に切り替えてサポートしたが、婚約者から話でも聞いたのだろうか。

「それは使用者に憑いている状態ならサポートの一つとして傍に居る人にぃ、こうした方がいいですよと言えるだけですよぉ。嫌ですかぁ?」

「嫌というか……私が心療内科に通っていることがバレるのが怖いんです」

「大丈夫ですよぉ、使用者以外の私の記憶は消えますからねぇ。私が言ったことは覚えてますけどねぇ」

「なるほど……だからですか」

「納得いかれましたかぁ?」

 ルジェルーゼは安心して薬を受け取ることを望む。いつも通り看護師も薬の説明に回り、同意書にサイン。医療事務がそれをコピーして控えをルジェルーゼに渡す。

 薬を受け取った彼女はきっといつ使うか考えているだろう。


──────ラビィ残業中

 ラビィの診察は遅くまでかかる。その間にお薬『ナインズソウル』が使われることはない。時間の流れを調整できる、この時空の狭間にある異世界心の診療所の特徴だ。

 一日一日診療時間に応対した後日が進むのは夜中の残業時間。

 残業するのはラビィと医療事務、何故なら膨大な処理業務と、パソコンを使った『ナインズソウル』のサポートがあるからだ。

「ねぇ、ナナミ。今日『シックス』渡したルジェルーゼさん、今日お薬使うと思う?」

「そりゃあ、まだ使わないでしょ。アンナは使うと思うの?」

「当然! ルジェルーゼさん前も即日使ったじゃん」

「なら賭けてみる? 使わないに十万円」

「いいね! 使うに十万円」

「あなた達面白いことしてるわねー?」

「あ! ラビィ先生!」

「職場内で賭け事なんていい度胸してるわね?」

「すいません……」

「別に謝ることないわよ。ここは割と自由な職場だからね。ちゃんと仕事をしてくれたらいいわよ」

「ラビィ先生って、患者さん診る時と、こうやって私たちの相手する時と全然違いますよね」

「そうかしら? まぁ癒しの声の魔法をかけているしね」

「それより、ラビィ先生はどっちに賭けますか?」

「そうね、今日は使わないに一千万円賭けようかしら」

「ええええええ!? じゃ、じゃあ、やっぱり私も使うに十万円……」

「はい、アンナもう遅いよー。よーし、使え使え使え!」

「はいはい、競馬みたいなことしないの。使うか使わないかはルジェルーゼさん次第なんだから」

 ナナミは神頼みをしながら事務作業を続ける。アンナは気になったのでラビィ先生に尋ねる。

「どうして使わないと思ったんですか?」

「そうね、まずは使うとしたら……婚約者の不満が高まって確かめたい時だと思うから、すぐには不満はピークにならないと思うの。少なくとも今日ではないと思うし、もし今日なら彼女の心の余裕はかなりなくなっているかもしれないわね」

 そう言い切ったあと、ラビィは眉をひそめた。

「どうしたんですか? ラビィ先生」

「皆準備して! 『シックス』稼働準備」

 ファンタジーコンピューターを操作しながら慌ただしく準備するラビィ。

「よっしゃあ! 一千十万円!」

「ナナミ! 変な叫びしてないで準備しなさい!」

「はーい、事務室長」

「今日、珍しく事務室長残業してるね。いつも定時で帰るのに」

「アンナもそう思った? お金に困ってるらしいよ。残業代で何とかしたいみたい」

「室長、ギャンブル依存症だからなぁ……」

「ナナミ、アンナ! 聞こえてますよ! いい加減にしなさい!」

 そんな残業中の診療所内で、『シックス』が稼働した。


──────ルジェルーゼの止まらない不安

 ルジェルーゼは今日確かめたいことがあった。それは婚約者である皇太子の気持ちの確認。もしかしたら捨てられるかもしれない。それでも確かめずにはいられなかった。そのためにラビィの後押しが欲しかったのだ。

(はぁい、こんばんわぁ。ラビィでぇす)

(先生、すいません。実は診療所で言ってなかったことがあるんです。言いづらくて……)

(それはなんですかぁ?)

(実は……)

 ルジェルーゼはある事をラビィに言う。ラビィは納得して続ける。

(では確認してみましょうかぁ)

(怒らないんですか? 隠していたのに……)

(怒りませんよぉ、全部を話せないのは誰でもそうでぇす)

 ここは彼女の寝室。今から皇太子である彼がやってくる。

 ノックの音がして中に入ってくる皇太子。

「ルジェルーゼ、どうしたんだい? 今日元気がなかったじゃないか」

(気づいてくれてるじゃないですかぁ)

(そうなんですけど……)

「実は気持ちが落ち込んでいたのです、アルデンデ様……」

 皇太子はそっとルジェルーゼの隣に座る。

「何が不安なんだい? 僕に話してみてよ」

「私は貴方様に愛されているんでしょうか?」

「ん? 愛しているよ? 確かめてみるかい?」

 皇太子はルジェルーゼに強引にキスをして押し倒そうとする。

(いつもこうなんです。愛する=肉体関係を作るなんです)

(なるほどぉ、これはちょっと危ないですねぇ)

「大丈夫、心配しなくてもめちゃくちゃ愛してあげる」

「アルデンデ様……」

(私はどうしたらいいんでしょうか?)

(今から言うことを言ってくださぁい)

「アルデンデ様の愛は抱く以外ないんですか?」

「な、何を?」

「最近公務が忙しくて私に構ってくれないじゃないですか」

「そうだな、すまない。その分、夜はこうして存分に愛を確かめあっているだろう?」

「もっと他のこともして欲しいんです。ただお喋りをするだけでもいいんです」

「僕に抱かれるのは嫌かい?」

「嫌ではありません。むしろ好きです。でも、不安なんです。その有り余る性欲が他の女にもいっているのを思うと……」

 これはラビィに言われた通り言った言葉だ。ルジェルーゼはここまで言って後悔した。これで嫌われてしまうかもしれない。婚約破棄されるかもしれない。そう思って一縷の涙を流した。

(大丈夫ですよぉ、彼の言葉に耳を傾けてくださぁい)

「ルジェルーゼ、君は自分の凄さをわかっていない」

「私の凄さ?」

「僕の性欲は確かに強い。君を支配したくてしたくて堪らない。だけどね、いくら突いても突いても君は無限の包容力で包み込んでくるんだ。とてつもない求愛力で求めてくれるんだ。そんな事をされたら、いくらでも体で愛したくなる。君の求める愛が色んなものなのはわかった。なるべく時間を作って君のために尽くすよ。でも夜はこうして抱かせて欲しい。君の言う通り僕が他の女のところに行くかもしれないと思うなら、僕の性欲を搾り尽くして欲しい。君しか抱けないと思えるほどにね」

(彼の答えはどうでしたかぁ?)

(私が彼の性欲を搾り尽くす……そんなことができるんでしょうか?)

(それはこれからわかることですよぉ。好きな人の愛を全て受け止めるのもぉ、また勇気のいることですけどねぇ)

 彼はルジェルーゼの頬に手を当てる。見つめ合う二人。やがてルジェルーゼの方からキスしていた。それが受け入れるという合図だったのかもしれない。抱き合う二人は激しくなる。

 朝まで抱き合った二人は、シャワーを浴び朝の公務を行う。そしてお茶会で皇太子がルジェルーゼに話しかけてきた。そして人前でキスをする皇太子。

 ザワつく周りに赤くなるルジェルーゼは抱きつく。

(どうですかぁ? まだ不安ですかぁ?)

(正直まだ不安ですね。でもとりあえず少し安心しました。ありがとうございます)


──────時間の進まない診療所

 その後もサポートしたラビィは一旦大丈夫そうだと判断して、時間になり『シックス』を回収した。時間はまだ夜中。こちらの時間はあまり進んでないのだ。

「む? 今度は『ツー』の稼働準備よ! 皆準備して!」

 ラビィの声が響く中、ナナミがラビィに言う。

「一千万円……」

「わかってるわよ、後で口座に払うから」

「やりぃ!」

 こうして今日もラビィ・ザ・テンの心の診療所は朝まで残業するのだった。

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