第3話 女の悩み編
さてさて、本日もブラック企業真っ青の絶賛残業中のラビィ・ザ・テンの心の診療所。時空の狭間にあるこの診療所には毎日人が押し寄せ、医療事務は大忙しなんだが、事務員的にはパラダイスの仕事環境だったり。
代わりにラビィは大忙しで、丸い形で宙に浮くファンタジーコンピューターを扱えるのはラビィと副所長だけ。
とはいえども、仕事中毒のラビィ先生はこんな事ではへこたれない。瞬間熟睡機械の職権乱用で、今日も元気に働いている。
まぁ流石に、『ナイン』までの特殊な『お薬』を出しながら、三つ四つ魂の同時操作をするのには根気がいるわけだが、更に今日は五つの魂を同時に操作していた。
事情は全てが恋愛に関して。悪役令嬢から、元追放されて新しい婚約の道を開いた令嬢など。
全員どこかの令嬢やお姫様や女騎士からの依頼である。まず悪役令嬢に転生した後で展開を覆し、溺愛される事になったエラトリーナから見ていこう。
──────『ファイブ』の『お薬』
(先生、次はどうしたらいいでしょう?)
(ここは焦らしていきましょうねぇ)
溺愛されるのに慣れてなさすぎて、困惑するエラトリーナは、ラビィに助けを求めた。今までは素直に受け入れてきた、だが少しずつだが溺愛に変化があったのだ。
何故だかその気配に気づいたものの、どのように接すれば溺愛度が回復するのかを相談した様子。
(男の人にたまーにと言うと語弊があるんですがぁ、飽き性の方もいらっしゃいますのでぇ)
要はいつもいつも溺愛を受け入れ続けていると飽きる人もいるという事だ。当たり前になってしまうと味を占める男もいる。婚約者となったからと言って油断していれば、あっさり他の女に取られたりもする。
(自分だけはいつでも味方もいいんですがぁ、拗ねてる様子を見せてみましょうねぇ)
元々悪役令嬢からの脱出をしたエラトリーナは心の底から婚約者の味方であり続けた。だが、それが招いた婚約者の緩み。
(まずは二人きりの時にそっぽを向くことからですよぉ)
(はい……! 先生!)
エラトリーナは婚約者と二人きりの時に、彼が他の女を許したのを見逃さなかった事を、根に持ってる『風』を装うことをラビィに提案され実行する。
婚約者の慌てる様子を傍目に見守るラビィは次の患者に目を向ける。
──────『ワン』の『お薬』
次はお姫様だったのに裏切られて死ぬ運命を覆し、無事婚約までいったアルーシアの方を見る。こちらは二人きりの時でも仏頂面の彼に四苦八苦している模様。
愛してくれているのかわからない、婚約破棄されるのでは? と不安になるのもわかる。
(大丈夫ですよぉ、彼の好感度メーターは振り切れてますからねぇ)
(そうは言っても先生……もっとスキンシップを、彼の方からしてくれてもいいんじゃないですか?)
(男の人って色々ありますからねぇ、抑えられなくなると困る時はあえて触れないものなんですよぉ。彼もそのタイプみたいですねぇ、そういう時は結局あなたの方から行くのがいいんですがぁ、それでは解決になりませんのでぇ。今回はちょっと慌てさせてみましょうかぁ?)
ラビィの言う通りにしてみる、アルーシア。二人きりの部屋で服を脱ぎ出す。
「……! アルーシア、何故服を脱ぐんだい?」
婚約者が慌てる。そして止めようとしてくるが構わない。
「暑いんです。今は私たち二人しかいません。少しくらい薄着になってもいいでしょう?」
そう言って下着姿になるアルーシア。
「……流石にもう少し着てくれ、アルーシア。誰かが来たら……」
(ここで引き下がってはダメですよぉ。もう少し粘ってみましょうねぇ。こういう殿方にはぁ、直接思いを告げるのも効果的ですよぉ)
「私を温めてほしいんです」
「温める?」
「私が死を克服してあなたと結ばれることになったのは密かに話しましたよね? 私は一度処刑された記憶があるんです。だからこそ、温めてほしいんです。この冷たくなった魂を……」
「アルーシア!」
彼女を抱きしめる彼は熱く抱擁してベッドへ誘う。それに向き合うように姫もまた熱いキスをしながら夜を過ごす。
これは『ワン』いらなかったんじゃないかな? と思いながら、中々使わなかった彼女の様子を見て「ご馳走様です」と合掌するラビィ。
ラビィにこういう経験がないかと言われたら、実は夫がいたりするのだが、副所長の旦那もワーカーホリックなので、問題なしだ。時折深夜の仮眠室で愛を囁き合う熟練の愛。
愛し合って何年(?)も経つと、激しい愛よりちょっとした愛の方がしっくりくるものだったりする。
副所長の仕事はまた今後出てくるとして、次の患者に目を向ける。
──────『スリー』の『お薬』
追放されてから別の伯爵家に婚約された後、愛されることになった令嬢ペカテリーゼの元へ目線を向ける。ラビィの魂は頭の中で切り替えるように視線を変えることができるのだ。
ペカテリーゼはまた追放される運命になるのを恐れ出した令嬢の一人。ここでもまた追放されてしまったら……自分は売れ残ってしまうのではと焦りだしたわけだ。
勿論追放されても愛される自信はあるが、そもそもこの伯爵家に恩もあり、思い出もあり婚約者の事も想っている。
こんなにも想っているのにまた理不尽な追放をされたらと眠れなくなっていったのだった。
現在『ナイン』を稼働させた彼女を見守るラビィ。特に問題ないように見えるが、やはりペカテリーゼの不安は拭えない。
(大丈夫ですよぉ、もう辛い運命に襲われませんしぃ、彼もあなたを手放しませんよぉ)
(でも先生、運命というのは突然やってくるじゃないですか? 試練が怖いんです)
試練の日々から解放された彼女は平穏を祈るあまり、恐怖症になっている。
辛い運命に強く抗う思いがあるせいで現実の愛情がきても不安感がくる。
彼を愛してもまた拒絶され始めたら……また次へ行くのか? と懐疑的になる。
(これは彼に不安をとってもらうしかありませんねぇ)
(先生?)
(荒療治というものをしてみましょうかぁ)
ラビィはファンタジーコンピューターを操作する。すると魂が隣に寝る婚約者の彼に乗り移った。
(はぁい、皆の心のオアシス、ラビィ・ザ・テンでぇす)
(なんだ!? 誰だお前!)
(落ち着いてくださいねぇ。取り乱してはいけませんよぉ。私は心の診療所の者でぇす)
(心の診療所? 僕は別に心が疲れてなんてないぞ?)
(本当ですかぁ? たとえば運命があなたと彼女を突き放したとしたらどうしますかぁ?)
(彼女がそう願ったならそれでもいいが……彼女が僕を選ぶ限り、僕は彼女を守るぞ!)
(運命というのはですねぇ、突然やってくるものなんですよぉ、あなたは神に抗えますかぁ?)
(神に……)
(困惑していますねぇ? 当然ですよねぇ? 神によって突然追放された彼女にぃ、偶然出会えたあなたがまたいつか追放する日がくるんですからぁ?)
(いいや、こない! 僕は神に抗ってでも彼女を幸せにしてみせる! 死がふたりを分かつまで!)
(いい答えでぇす。その気持ちを彼女に伝えてくださぁい)
(……もしかしてペカテリーゼは不安なのか?)
(患者の情報を渡せませんがぁ、彼女は心に病を患っていまぁす。それを治せるのはあなただけだと判断しましたぁ)
(わかった、ありがとう。えっと……)
(ラビィ先生とお呼びくださぁい)
(ラビィ先生、助かった。絶対に彼女を守るよ)
そうして視点をペカテリーゼに戻すラビィ。
(先生、どうしたんですか?)
(ごめんなさいねぇ、もう大丈夫ですよぉ)
すると彼女を抱きしめる腕に驚くペカテリーゼ。
「もう大丈夫だからね。ペカテリーゼを幸せにしてみせる」
愛されても愛されても別れの不安がくる。それをわかった婚約者は、彼女に耳元で囁いた。
「もし、僕ら二人が別れる時が来るとしたら、それは死だけだ。それまできっと幸せでい続けさせる! たとえ運命がやってきたとしても、僕は荒波から君を見つけてみせるよ。だからもう心配いらない。僕は君の物だ」
「本当に?」
「この世に絶対はないが、男に二言もない」
(先生、彼は本心から言ってますか?)
(本心から出た言葉ですよぉ。彼は本気であなたを手離したくないんですぅ。あとはあなたが彼の本気度に応えられるかですよぉ)
「ありがとう。きっとあなたと、幸せになってみせる」
彼女も覚悟を決めたようだった。荒波がこないわけではない。それでも彼と共にありたいと願う彼女の運命はどうなるか。それは天が決めること。
ラビィにできるのはその運命を捻じ曲げるのではなく乗り越えるための心に仕上げていくことだけだ。熱い夜にまたも合掌して、次の令嬢へ視線を向ける前に、『ファイブ』のエラトリーナに視線を戻す。
──────再び『ファイブ』の『お薬』
そっぽを向き続ける彼女に婚約者は強引に身体を抱こうとしたようだ。それを切り抜けて人目に付く場所まで来た彼女に彼は怒ってしまったようだった。
シュンと萎れる彼女にラビィはアドバイスする。
(大丈夫ですよぉ、いい感じですからぁ)
(でも先生、もう私、嫌われたかも……)
(こんな事で嫌うようでしたらぁ、そこまでの溺愛ですぅ)
(拒まないから愛してきただけなのかも……)
(違うと思いますよぉ。単に風化しつつあるんですよぉ。激しい愛もいつまでも続くかと言われたらぁ、やっぱり時と共に劣化しますからぁ)
(じゃあもう溺愛してもらえないんでしょうか?)
(そういう意味で言ったのではありませぇん。今はまだその時ではありませんからねぇ。問題は風化が早いということですよぉ。こと激しく愛されるとぉ、愛す側も体力も使いますしぃ、休憩が必要なんですぅ。ですがぁ、彼はきっと休憩を忘れてしまっているんでしょうねぇ? それだけ愛したいんでしょうがぁ、焦りもあるかもしれませんしぃ、激しく激しく愛を伝え溺愛する内にぃ、知らず知らず疲れてくるんですよぉ。そのサインを見つけたということですねぇ)
(じゃあ今は彼の愛を休ませる時間ということですね?)
(全然違いますぅ)
(違うんですか!? じゃあさっきまでの高説なんだったんですか?)
(体は疲れますがぁ、心は寧ろ癒されるんですよぉ。それが愛ですぅ)
(つまり……?)
(体だけの愛では疲れが残りますぅ。体を休ませ心では愛に拗れるぅ、そこに痺れる憧れるぅ)
(全然わかりません、先生)
(つまりですねぇ、今、彼はイライラしてると思うんですよぉ。あなたに嫌われたのかもしれないと不安になりつつ、あなたへの愛を再確認してるんですねぇ? ですから……今拒絶してどれくらい経ちましたぁ?)
(一時間くらいですね)
(丁度いいですねぇ、他の女の所に行かれても困りますのでぇ。部屋に戻ってみましょうかぁ)
部屋に戻った彼女を見て、彼は怒っていた。
「僕を信じられないのか? エラトリーナ!」
(今はキツク当たってみましょうねぇ)
「信じるも何も、あなたの愛はこの程度って事でしょう?」
「この程度?」
「他の女を見て心を癒されて、私は身体でしか愛してくれなくて、私の心を不安にさせて……」
「本気で言ってるのか?」
(きっともうこれで私たちの関係も……終わりますよ)
(それを言ってくださぁい)
「きっともうこれで、私とあなたの関係も終わるんでしょう?」
「そんな事ない! 君は僕と離れたいのか?」
「違う……」
「なら何故そう思う?」
「あなたの心が他の女に移っているから……」
「証明もさせてくれないのか?」
手を握る彼に暴れようとするエラトリーナを見て止めるラビィ。
(暴れず聞いてくださぁい)
「確かに他の人と話を楽しんだ、それは認める。だけど君への愛が枯渇したわけではない」
「薄れはしたでしょう?」
「そう思わせたのならすまない。だが身体だけの関係だなんて思っていない!」
「すぐ抱こうとする癖に」
「そう思われても仕方ない。それ以外の方法で愛を確かめ合うのを忘れてしまっていたんだ。でも逆に言えば身体の関係を保ちたいのは君だけだぞ?」
囁く彼に耳まで真っ赤にする彼女。だがまだ駄目だというラビィに従う。
「心を突いてください」
そんな言葉を呟かせるラビィ。愛の言葉を囁く婚約者に彼女も火照ってくる。お互いの気持ちが高まってこそ、愛情はハートの形を作る。
婚約者と抱き合うエラトリーナを見て合掌しつつ、次の女性に向かう。
──────『フォー』の『お薬』
次は女騎士エゼリアスだ。彼女の悩みは至って単純。次にどうしたらいいか恋愛観がわからない様子。
(不格好でもいいからお菓子を作ってみましょうかぁ)
(でも私なんかが作ったお菓子で喜ぶとは)
(いいからやってみてくださぁい)
「うん、美味しいよ、エゼリアス」
にっこり笑う彼にホッとする彼女に、安心しないように伝えるラビィ。そして不安なことはきちんと相談するように言うのだ。
(恋愛は伝え愛ですよぉ。不安なことがあったら、相談してみるのも手ですよぉ)
「あの、その、私なんかが相手でいいんだろうか?」
彼女は『元々童貞の男の転生者』だ。女心がわからないだけでなく、女として振る舞えない、言葉遣いも直したばかり。だが美人だから彼に出会えた。だからこそ不安は募るばかりだったようだ。
「あなただからいいんです」
「でも私は男みたいで……」
「それだって個性です。俺ではエスコートできてませんか? 不安にさせましたね」
「違うんです! これは私の問題で!」
「大丈夫です。俺がずっと傍でいますから、自信を持ってその剣を奮ってください。夜は隣でこうしていますから……」
はい、ご馳走様。合掌して、次の患者へ行くラビィ。
──────『セブン』の『お薬』
最後は皇太子に溺愛する令嬢マリーニア。溺愛するものの、相手に拒絶された瞬間落ち込む彼女は、どう愛せば自分だけでなく相手も溺れるような愛にハマってくれるのかラビィに相談していた。
(メリハリが大事ですよぉ)
(そう言いますけど、あの方を好きな気持ちで溢れて仕方なくて……ああ、今も抱きしめたい!)
(でしたらぁ、いっその事最大まで愛してからぁ、最小まで愛さずにいてぇ、相手を揺さぶってみてはいかがですかぁ?)
(な、なるほど?)
(一度やってみてくださぁい)
言われたように、最大まで愛してから、翌日最小まで抑えたマリーニアの薬はここで切れた。その間もちゃんとアドバイスを続けたラビィは、翌日の診察で上手くいった報告を聞くのだった。
さてラビィ自身も他人の恋愛に直に触れて欲情したわけで、その晩旦那を少しだけの時間抱くわけだが、それはまた別のお話。
ラビィ・ザ・テンの心の診療所、今日も心を病む異世界人でいっぱいいっぱいの様子。お気をつけてお帰りください。
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