第2話 睡眠の質編

 今日も今日とてブラック企業真っ青の絶賛残業中、ラビィ・ザ・テンの医療事務室。シフト制、休憩大幅ありとはいえ、仕事の多さは変わらない。人数でカバーする広大な事務室で休憩中の事務員二人が会話していた。

「明日は珍しく予約が再診のみですねぇ」

「急患が入らなければね」

「ラビィ先生、ここの所『ナイン』のお薬まで処方する事までありましたけど、今『スリー』まで処理できましたし、少し落ち着きそうですねぇ」

「でもラビィ先生甘いからね。もっと厳しくいかないと先生の体がもたないわ」

「でもそれが売りですし〜」

「まぁ『ナイン』までのお薬は高額医療だから儲かるけどね」

 それがあっての高給だから文句も言いきれない片方の事務員。週休四日にしても年収三千万(日本円換算)だ。一応言っておくと四日休むと言っても、一日の労働時間は休憩込みで二十時間くらいだ。休診日がないのでシフト制。

 仕事が多いのはファンタジーな世界を扱う癖に地球のパソコンで処理しているためだ。ラビィのように幻想機械ファンタジーコンピューターを扱える者がいないのは、異世界人の心の診療所のために地球人の医療事務員を引っ張ってきてるせい。

 地球から異世界に旅立った人もいる異世界の中で、異世界人の事務員を雇ってしまうと、やはり配慮に欠ける部分もあるのだ。

 勿論今も人手は足りているとはいえ、もっと楽をしたいので医療事務員募集中(この物語はフィクションです)。

 最初に書いたブラック企業真っ青と言うのは、ラビィだけに当てはまるモノであり、事務員たちは満足気に働いている。


──────さてそろそろ翌日。

 徹夜明けの事務員が交代で代わり、オールする者もあり、診療所開所。

「今日の予約は……ふむふむ。急患が来なかったら楽ね」

 まずは開所してから埋まる人の群れを眺めるラビィ。待合室はそれなりに広くしてあるものの、どれだけ広くしても無意味なほど埋まる。予約時間守れ! となってしまうラビィである。

 まぁそもそもラビィの診察が長くなるのも悪いのだが、そこはラビィも魔法に長けた診療所長。時間の流れを変えることなど造作もない。

 メンタルカウンセラーとしても、転生治療を含む転生医師としての技術も、魂を十個(一つは本体のラビィ・ザ・テン)に分けて患者をサポートする魂魔法の技術も、ファンタジーコンピューターを扱う事務関連の知識も豊富なのである。

 開所は診察時間三十分前。揉めることなくいるのは流石にラビィの信頼を落としたくない患者たちの心境かも知れない。

「一番目は……と。あー、ドワーフのライゼンさんか。自動薬飲オートメディシン使い始めたから心配ね。二番目は……」

 そうやって事前に資料に目を通すのもお仕事。

 時間が来たので耳元に手を当てて、指示をする。

 背の低い、ヒゲの濃い、ドワーフ族のライゼンがやってきた。

「はぁい。ライゼンさんおはよぉございまぁす。早速ですが前回お出ししたぁ、お薬の経過具合を聞いてもいいですかぁ?」

「ラビィ先生! いやはや、薬の効き目は凄いんですがね。今度は好きな時に眠れなくなってしまって」

 ラビィが前回処方したのはオートメディシンの睡眠薬。それ以前から眠れないため薬を処方していたのだが、仕事に熱中して飲み忘れるため、オートメディシンにしたのだ。自動薬飲オートメディシンとは、決められた指定時間に必ず自動で飲めるという魔法。

 ライゼンは転生者で『究極鍛治』の力で名を馳せる鍛冶屋だ。地位もお金も潤沢に持っている。ただ、あまりの仕事の多さから、眠れなくなってしまったというわけだ。

 彼自身のいる世界の医療も進みつつあるのだが、やはり彼の集中力を途切れさせるほどの薬は、ラビィ・ザ・テンの心の診療所でしか作れなかったらしい。

「好きな時とはどういうことですかぁ?」

「こう……三十分、目を瞑って仮眠を取りたい時ってあるじゃないですか。そういう時に眠れる薬ってないんですかね?」

「あるにはありますけどぉ、オートメディシンにはできませんし副作用も強いですのでぇ、今までより薬の管理が難しくなりますよぉ?」

 瞬眠薬しゅんみんやくという薬の説明をするラビィ。約三十分、飲んだ瞬間から眠れる薬だ。ただしオートメディシンでライゼンが飲んでいる睡眠薬との相性が悪く、三時間以上は空けて飲む事と、一日二回までの服用、これも三時間以上は空けないといけないこと。これにより薬の管理が複雑化する事を説明する。

「オートメディシンにはできないのでしょうか?」

「本当はできますけどぉ、それだとこちらで時間を決めてしまうのでぇ、好きな時にというのに当てはまらないじゃないですかぁ」

「ああ! 確かに……ど、どうしましょう、先生?」

「まぁ手はありますけどぉ、それを選択するかはライゼンさん次第ですのでぇ」

「もしかして……」

「はぁい。高額医療でぇす」

「ちょっと待ってくださいよ、先生! オートメディシン自体が一応高額医療の内の一つなのに、まだ上がるんですか!?」

「ライゼンさんは稼いでいるので大丈夫だと思いまぁす」

「ちなみに……お値段は?」

「オートメディシンの百倍でぇす」

「オートメディシンが普通の薬の十倍なのに!?」

「その治療を始めた場合ですがぁ、オートメディシンも必要なくなりまぁす」

「な、なるほど……どんな治療なんでしょう?」

「五分で六時間睡眠を体験できる機械でぇ、瞬間熟睡マシンでの来所治療となりまぁす」

「す、凄い!」

「ですがぁ、毎日来ていただく事になりますしぃ、金額も半端ないのでぇ、よぉくご検討くださぁい」

「ちなみに一回の値段がオートメディシンの百倍ですか?」

「まさかぁ。一ヶ月の治療費がぁ、毎日一回の使用で百倍になるだけでぇす」

「破格ですよ! 副作用などは?」

「特にありませんがぁ、最初の話に戻りまぁす。好きな時に寝たいんですよねぇ?」

「あ!」

「一日の回数を増やすとぉ、その分合計金額は上がりまぁす」

「なるほど……」

「誰でも快楽を覚えるとぉ、依存してしまいまぁす。中毒性はありませんがぁ、依存性になる可能性はありまぁす」

「それで回数を増やして破綻する可能性もある……か。どうしようか」

「マシン自体は複数ありますしぃ、直前予約可能ですのでぇ、いつでもすぐ使用可能ですしぃ、今使っているオートメディシンと併用していただき値段を抑えて頂いたりもできますがぁ、すぐ癖になって回数増えると思いまぁす」

「値段は安くならないんでしょうか?」

「この診療所の魔力を沢山使いますのでぇ、お安くすることはできませぇん」

「ぐぬぬ、ど、どうしよう……」

「自制できますかぁ? 私としてはぁ、お薬管理するよりはぁ、マシンを使っていただく方が安心できるんですがぁ? 勿論診察は毎月致しますしぃ、経過観察もしますがぁ、マシン自体は看護担当者経由ですのでぇ、私の診察通さないんですねぇ。ライゼンさん前に薬飲み忘れたの隠したじゃないですかぁ? そういうのは私には分かるんですがぁ、看護担当者にはわからないんですよぉ。だから自制が効かなくなるのが心配なんでぇす」

「その……先生の方で管理してもらうっていうのはできなかったり?」

「もぉ……私も忙しいんですよぉ。勿論、ウチの事務員も看護師も大変なんですぅ。ライゼンさんだけにリソース割くわけにもいかないんですよぉ」

「でもデータには残るわけじゃないですか。いくら古い地球の電子機器使ってるって言ったって」

「流石にわかりますよねぇ。ですが私は医師ですのでぇ、ライゼンさんの意思までは曲げられないんですぅ。そちらから来て頂かないとぉ。止めることはできますけどぉ、依存性になったらかなり苦しい治療に変わりますよぉ?」

 それを聞いて悩むライゼン。実際の時は進んでないのでいくらでも待つラビィ。

「……やります。一日一回! 一日一回だけ機械治療受けに来ます。オートメディシンは止めます。それで相談なんですが、セラピー治療ってありましたよね?」

「療法士によるセラピー治療をご希望ですかぁ? 以前それで効果期待できなかったじゃないですかぁ」

「多分だけど、併用したら効果ありそうな気がするんです。無理ですか?」

「構いませんがぁ、知っての通りセラピー治療は決まった時間に来て頂かないと受けられないのとぉ、値段が安い分……希望者が多いのでぇ、予約を取るのも困難ですよぉ?」

「それでも向き合います。自分の睡眠の質を上げたいです」

「わかりましたぁ。セラピー治療は診察日に一回とぉ、二週間後に一回予約を入れてみましょうかぁ。あとは機械治療の金額と利用方法の説明に入りますねぇ」

 瞬間熟睡機械のある場所の説明と看護担当者の挨拶、利用方法と金額の提示の後に了承したサイン。

 事務室は大忙し。ラビィが説明した通りの利用方法の再確認を行い、初回利用日のみラビィと一緒に端末予約。瞬間熟睡機械の実際の利用体験。凄さの確認をしたライゼンへのバイタルチェック、睡眠薬の利用停止の事務処理。

 ラビィは改めて契約するか確認し、ファンタジーコンピューターによる魔法カード払いの金額再確認と認証をライゼン本人に行ってもらう。

 それで契約成立となった。ライゼンは喜んで会計を済まし帰っていく。

 ラビィはため息をついた。耳元に手を当て話す。

「いきなりどっと疲れたわ。次の患者、五分待ってもらっていい? 仮眠したいの」

 そう言って瞬間熟睡機械に入っていくラビィだった。


──────同日、午前診察終了間際。

「急患ね、了解。初診よね? 問診票は?」

「今書いてもらってますのでこのまま時間の流れ変え続けてもらっていいですか?」

「症状は?」

「恐らく薬の管理の失敗による副作用かと」

「はぁ〜……」

 ラビィの渡した薬は自己管理である。他人に渡すなんて言語道断なのだが、たまにお金目的で売る人がいるのである。

「きっとまたジーズの爺さんね。言っても聞かないんだから……」

「ですから、違法者には薬は売らない事を徹底すべきですよ」

 事務員がその範疇を超えて進言する。ハッとした事務員はすぐに頭を下げるが、別にラビィも叱りはしない。

 わかっている、自分が甘い事を。それでも……。

「あんな爺さんでも患者で、私は医者なのよ。馬鹿みたいだけどね」

 ラビィの言葉にそれ以上言及しない事務員はお辞儀をして持ち場に戻る。

 問診票が書き終わったようで、書類が渡される。それをファンタジーコンピューターに取り込んでいくラビィ。

 そして呼び出すようにマイクで伝える。扉が開き中に入ってきたのは、二十代前半に見える酒場の衣装を着た女の子だった。


「はぁい。皆さんの心のオアシス、ラビィ・ザ・テンでぇす。初診の方ですねぇ? よろしくお願いしますねぇ、ルベリィさぁん」

「はい……」

「正直にお答えくださいねぇ。ちょっと失礼しますよぉ」

 ラビィは裸眼の状態から眼鏡をかける。そしてルベリィを一瞥した後、眼鏡を外し、心の中でため息をついた。

「お薬の副作用ですねぇ。今の状態になられる前にお薬の飲み方間違えましたねぇ? 飲んだ薬のお名前言えますかぁ?」

「瞬眠薬って聞いてます」

「お医者さんの処方ですかぁ? ウチは初診のはずなのでぇ、ウチからは処方していないはずですがぁ?」

「ジーズっていうお爺さんが、仮眠をとるのに最適だからって……」

「こういうお薬はですねぇ、自分が処方された物以外を飲んだりしてはいけないんですよぉ。勿論渡すのもいけないんですけどねぇ」

「すいません……」

「分かって頂けたらいいんですよぉ。次からは正しく処方致しますのでぇ、通院して頂けますかぁ?」

「あの! 私、定期的に通院できるか不安で……」

「金銭的にですねぇ?」

 ラビィの元に来れない者もいる。診療代もタダではない。保険が効かないという名目がその足を遠退ける。

「確かに私の診療所は価格の高い薬も多いのですがぁ、こうして少ない時間だけお話してぇ、経過観察を見ながら通院するだけでしたら安く済みますしぃ、勿論お薬も安い物をお出しできますよぉ。自己管理だけしっかりして頂けたら高い治療をしなくて済むんですよぉ」

「そうなんですか! 実は私、仕事のストレスであんまり眠れなくなってしまって、眠気でミスも増えてしまって……」

「でしたらぁ、通常用の六時間睡眠薬シックススリプルをお出ししますよぉ。お値段は一ヶ月分でこれくらいですぅ」

「……払えないわけじゃないんですけど、ちょっと……ギリギリです……すいません」

「でしたらぁ、セラピー治療から始めてみませんかぁ? ストレス発散にもなりますしぃ」

「どんな感じなのでしょう?」

「眠れる魔力回路のツボを押したりぃ、少し高いですが療法士がお話を個別に聞いて解決の糸口を相談したりですねぇ」

「それで眠れるでしょうか?」

「個人によりますから何とも言えませんがぁ、これで解決できたら継続も可能だと思いますよぉ」

「わかりました! やってみたいです!」

「二週間後までいっぱいですのでぇ、三週間後から始めてみましょうかぁ」

「はい!」

「ではこれで今日の診察は終わりですぅ。薬の作用を抜いてから帰って頂きますのでぇ、看護師の案内に従ってくださいねぇ。ちなみにですがぁ、薬の作用抜きは高額ですのでぇ、今回だけは支払いが高額になりますがぁ、勉強代だと思って払って帰ってくださいねぇ」

「はい……すいませんでした」

 最悪死ぬ場合もあるお薬。用法用量を守ってきちんと飲む。他人には譲らない。これ大切。


──────ジーズの診察日。

「はぁい。ジーズさぁん、お話聞かせてくださいねぇ?」

「いや、あの、わし、強請られただけなんだよ」

「その言い訳前にも聞きましたぁ。あれだけ言いましたよねぇ? 他の人に薬を譲ってはいけないってぇ」

「でも、ほっとけなかったんだよ。辛そうで、わかるだろ?」

「あなたは医者ではないのでぇ、私を紹介して欲しかったですねぇ」

「したんだよ! でもお金ないって言うからさ」

「譲っただけなんですかぁ?」

「お金のやり取りはしてないよ、誓う。前に異世界警察にこってり絞られたからね」

「どっちみち駄目なモノは駄目なんですぅ。これ以上他人に譲るようならお薬お渡しできませんよぉ」

「それは困るよ、すまない。この通り! 許してくれ!」

「次やったら強制オートメディシンにしますからねぇ」

「お小遣いなくなるよ! わしの今のお小遣い、婆さんから聞いとるだろ?」

「知りませぇん。嫌ならきちんと自己管理してくださぁい。他人に譲らないでくださいねぇ」

「ううっ、わかったよ。ごめんよ、ラビィちゃん」

「お薬譲った分だけ辛かったんじゃないですかぁ?」

「そうだな、でもシックススリプルも飲んどるし」

「シックススリプルは譲ってないですよねぇ?」

「わしが眠れなくなるからな」

「通常診察に戻しますねぇ。さっきの話以外に変わったことありませんでしたかぁ?」

「ああ、それなんだけどね──────」

 こうしてラビィは今日も眠れぬ人達を診察していく。因みにオートメディシンは魔法服薬なので他人に渡せない。決まった時間に必ず発動して薬の効果時間だけ効果を促すので便利(地球にも欲しい)

 今日も絶賛残業中のラビィ・ザ・テンの心の診療所。異世界の人の心を癒す。

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