ラビィ・ザ・テンの異世界メンタルカウンセラー

みちづきシモン

第1話 恋の悩みをサポート

 診療所のドアが開かれる。患者が今日もやってくる。ラビィ・ザ・テンの心の診療所は人で埋まっていた。待合室では椅子に座れず立つ人もいる。

 予約制ではあるのだが、とにかく焦っている人が多くて早めに来てしまう人が多いのだ。

「ラビィ先生、次の患者の資料です」

 青紫の服をピッチリ着こなす医療事務の女性が、唯一の医師であるラビィに資料を渡してくる。ラビィは、というと……兎の耳が頭から生えていてバニーガールの衣装を着て、その上から白衣を羽織るというめちゃくちゃぶり。

「……今『セブン』まで稼働中なんだけど?」

 ラビィが睨むと、医療事務員は営業スマイルでにっこり笑って去っていった。

「……何か言いなさいよ〜、もう〜」

 本日も通常通り、休みなし。ブラック企業すら真っ青の忙しさ。

「なんでこうも……病む人が止まらないのかしらね」

 ラビィは机に突っ伏しながら資料を見つつ、ため息をついた。愚痴っていても始まらない。仕事は終わらせないといけない。

 幻想機械ファンタジーコンピューターを空中で指で操作し事務員が纏めた紙の資料を埋め込んだ。紙を使っているのは、未だに機械に慣れない人がいるためで、ファンタジーコンピューターに入力できる様に、魔素の紙でできている。

 ラビィは耳に手を当てマイクを出現させる。

「次の方、呼び出して」

『わかりました。五十一番の方をお呼びします』

 館内アナウンスが流れる。暫くして扉が開いて外から剣士の格好をした男が入ってきた。

「はぁい。皆さんの心のオアシス、ラビィ・ザ・テンでぇす。初診の方ですねぇ? よろしくお願いしますねぇ、ハルバードさぁん」

 ラビィは癒しのスキルの付いた声で語りかける。

「よ、よろしくお願いします」

 剣を担いだ男はどこか緊張しているようだ。初診という事だから仕方ないのかもしれないが。

「問診票読ませてもらいましたがぁ、恋の悩みという事でぇ、よろしいでしょうかぁ?」

「はい……」

「お話聞かせてもらいますねぇ」

 甘い声が響き渡る。男は口を開いた。

「実はパーティーメンバーに好きな人がいまして、俺の職業は剣士、好きな人は姫騎士プリンセスナイトなんですが、その人は勇者の事が好きでして、なんと言うか……報われないのに諦めきれない恋をしてしまっているんです」

 ラビィは急に真剣な顔になり、ハルバードの顔の近くに自身の顔を寄せた。

「私からはですねぇ、明確な答えは出せないんですけどぉ、報われないとわかっているのなら次へ行く方がほとんどですぅ。それでも諦めきれない理由は何ですかぁ?」

 ハルバードも真剣な表情で彼の好きな人への思いをラビィに伝える。

「いつも優しくて、いつも頑張ってる彼女を見ていると、ああ……俺はこの人が好きだ、この人を守りたいと思ってしまうんです。俺は馬鹿なんでしょうか?」

 ラビィはにっこり笑って答える。

「きっとぉ、他人から見たら馬鹿かもしれませんがねぇ、私はとっても素敵だと思いますよぉ。あなたがもし次の世界で勇者に生まれ変わりたいならそうもできるんですがぁ……」

「そうなんですか!?」

「そうなんですよぉ。ですがプリンセスナイトさんとはお別れになるわけでぇ、未練が残りますぅ? 次へ行かれても別に構わないんですよぉ?」

「………………」

 男は悩んでいた。それは誘惑だったから。甘い誘惑、どうせ報われないなら……と。

「また次回予約時に来ていただいた時にでも答えを聞かせて頂けたらぁ……」

「いや、駄目ですね、考えましたけど未練が残ります。その治療の可能性も残して、別の方法を模索したいです」

 ラビィは心の中でため息をついた。『エイト』稼働準備に入る。ファンタジーコンピューターを操作する。

「でしたらぁ、告白されるのがよろしいかと思われますぅ」

「こ、告白ですか?」

「プリンセスナイトさんとハルバードさんのご関係は何年程ですかぁ?」

「十年です」

 カタカタと空中操作するラビィは情報を入力していく。

「でしたらぁ? もうご関係としてはかなり成り立っているわけでしてぇ。これで告白して駄目なら次へ行かれるのがよろしいかと思われますよぉ?」

「次の世界は選べるんですか?」

「一応ある程度は異世界の神様に融通効きますねぇ。ですが高額医療となりますのでぇ、魂の値段が足りなければ受けられませんよぉ」

「……告白してみます。それで駄目なら転生治療を受けられるか検討したいです」

「わかりましたぁ。頑張ってくださいねぇ。因みにですねぇ、これも高額医療なんですがぁ、皆さんにお伝えしているお薬訪問補助があるんですねぇ。それは私の魂があなたの悩みに憑いてまわって、サポートする物なんですがぁ。空きがある場合かつ初めての方が来られた場合には必ずご紹介してるお薬なんですねぇ。どうされますかぁ?」

「ラビィ先生が俺の告白のサポートをしてくれるって事ですか?」

「そういう事ですぅ。お薬飲んでから二十四時間は憑けますよぉ」

「……受けたいです。料金を教えて貰えますか?」

 料金を提示したラビィに頷くハルバード。ラビィは最後にと、診察する。

「告白はいつされるか今決められますかぁ?」

「次のドラゴン戦の前日の夜、告白したいと思います」

「わかりましたぁ。私の魂が憑いてる間も転生治療の相談などできますのでぇ、もしそちらも同時にご検討されるのでしたらぁ時間はよくお考えください〜」

 ファンタジーコンピューターから薬、ラビィ・ザ・『エイト』を取り出すラビィ。この薬は『ナイン』までがある。つまりハルバードに渡したら空きはあと一つになる。

 耳に手を当て、何かを指示するラビィ。医療事務員が走ってくる。

 そして『エイト』を受け取った事務員は、そのまま事務室へと帰った。

「ではぁ、これで今日の診察は終わりになりますのでぇ。お薬は使い方を間違わないようにしてくださいねぇ。返金できませんのでぇ」

「わかりました。ありがとうございました!」

 扉を開けて去っていくハルバード。ラビィはため息をついた。

「次の患者は……またルードさんか。この人すぐ新しい無双したがるんだよなぁ。徳は積むけど、飽き性と言うか……まぁ、儲かるからいいけど」

 ラビィは次の患者を呼び出してもらい、また診察していく。

 異世界の悩みは尽きない。追放されて溺愛されてからその後の生活の事で悩む令嬢や、ルートを外れて幸せになった後の事で悩む悪役令嬢、無双し尽くした世界で次の世界に行きたくなる転生病。

 この診療所には様々な世界から悩み多き異世界人がやってくる。次どうしたらいいのかを悩む人が続出するのだ。

「ラビィ先生〜! 聞いてよもう! ホントうちの人がねぇ……」

 今日もまた、悩める患者が溢れて埋もれてしまう。心の支えが必要なのだ。

 普通に暮らしていたら通うことのない心の診療所、悩みに悩んだ人が召喚される場所。


──────時間は深夜。

「結局、『ナイン』まで稼働準備に入ったわね」

「先生、『お薬』増やさないんですか?」

 絶賛残業中の医療事務員が、ラビィにコーヒーを淹れて渡す。

「これでも増やした方なのよ? ああ、あなた今年入った新卒だったわね」

「はい。だから残らされてるんですけどね。とにかく『お薬』の需要と供給が合ってない気がして」

 コーヒーを啜りながらファンタジーコンピューターの事務処理をひたすらしているラビィは、事務員の彼女に説明する。

「そもそも同時に稼働することもあるのよ? 私の魂がパーンって破裂しちゃうわよ」

 そしてその作業をしながら事務員のパソコン処理を見る。

「あなたもファンタジーコンピューター使えるか試してみない?」

「嫌です。頭がおかしくなりそうですから」

 ちぇっと舌打ちしたラビィはファンタジーコンピューターを見て急いで席に着いた。

「準備しなさい! 『エイト』稼働するわよ」

 慌ただしくなる事務室。ハルバードが動いたようだ。


──────ハルバードのいる世界

(飲んだけどこれでいいのだろうか?)

 ハルバードは不安になりながら、洞窟の中で待っていた。

(こんばんはぁ、今から二十四時間サポートいたしまぁす)

(ラビィ先生! よろしくお願いします)

(今どういう状況ですかぁ? 洞窟の中のようですがぁ?)

(プリンセスナイトを呼び出したところです)

 ラビィが目を凝らすと、奥からお姫様の格好に鎧をつけた姫騎士がやってきた。

「ハルバード、眠れないのはわかりますが、少しでも休んでおかないと明日の決戦で遅れをとりますよ?」

「姫様、実は俺……あなたに話があるんです」

「話?」

 この様子を見ていたラビィはアドバイスをする。

(少し間を空けて、遠くを見て思い出話をしてくださぁい)

 ハルバードは語る。十年共にいた事を、そして強くてもまだ小さかった姫の隣でずっと一緒に戦ってきたことを。

 魔王を倒す旅に出た勇者と親友だったハルバードは、旅の途中で姫騎士と出会った。そして勇者とハルバードの意志に触れた姫様は旅についてくる事を決めた、その頃の思い出を語る。

 王に反対された時、姫様は頑固として譲らなかった、その思いを守ると誓ったハルバード。

「ハルバード、どうしたんですか? 急にそんな昔話を……」

「俺たちは色んな旅を共にしてきました。そして気づいたんです」

 ここでラビィのアドバイス。

(溜めてぇ、見つめてぇ、手をとってぇ、勝負してくださぁい)

 ハルバードはラビィの言う通りにして、姫騎士に告白する。

「俺、あなたが好きです! 俺と恋仲になってくれませんか?」

 姫騎士は俯いて涙を流す。想いが交錯していた。

「狡いです、ハルバード……私が勇者フィンラルに恋をしているのは気付いていたんじゃないですか?」

 ハルバードは黙る。わかっていた、報われないことは。それでも想いを伝えることを、背中を押されたからこそ決めたことだったから……。

「あなたと恋仲になることはできません。私を憎みますか?」

「……いいえ。これは俺のエゴなんです。俺がただ、想いを伝えたかった。我儘を言ってしまいすいませんでした」

 頭を下げるハルバードに手を差し出す姫騎士。

「まだ友と言ってくれるなら、この手を取ってください」

 ハルバードは姫騎士の手を取り涙を拭いた。

(……駄目でしたねぇ)

(いいんです。おかげで死に場所が決まりました)

(転生治療をご希望ですかぁ?)

(はい)

(明日ドラゴン戦でしたねぇ? でしたらぁ、そこで私がサポートしますねぇ)

(……お願いします)

 ハルバードは洞窟から姫騎士と出て、睡眠をとる。

 朝になって勇者、姫騎士、剣士のハルバード、魔法使いの少女と共にドラゴンの元へと向かう。

「準備はいいか? 皆」

 勇者の号令でそれぞれの役目についていく。順調に倒せる予定だった。

(準備してくださぁい。暴走させますよぉ)

 ラビィのファンタジーコンピューターがカタカタと音を立てる。

 ドラゴンが暴走して勇者と姫騎士がピンチに陥った。駆け出すハルバードは二人の盾になりつつ道を切り開く。

「俺に構わず行けー!」

 勇者たちはハルバードのおかげでドラゴンを倒した。代わりにハルバードは瀕死の重傷を負った。

「ハルバード! あなたって人は……」

 姫騎士が涙する。勇者が語る。

「僕はお前に助けられてばかりだった。今回もまた……すまない」

「いいんだフィンラル……姫様を頼む……」

 その時だった。魔法使いの少女が泣きじゃくりハルバードに抱きついた。

「ハルバード様……好きでした……大好きでした! 死なないで……ハルバード様ぁ……!」

 驚いたハルバードはくしゃりと顔を歪めて一粒の涙を流した。

「ごめんな。今までありがとう」

 ハルバードの魂は抜けた。涙するパーティーメンバー。

(お疲れ様でしたぁ)

(最後にとんだ爆弾を食らわされた気分だよ……)

(恋ってそういうものですよぉ。次の世界にご案内致しますねぇ)

 ラビィはカタカタと操作しながら魂の値段計算をしていく。

(提示した料金は頂いておりますのでご安心くださぁい。次の世界では勇者をご希望ですかぁ?)

(いや、俺の徳では勇者にはなれないんじゃないですか?)

(大丈夫ですよぉ。多少苦労はするかもですがぁ、ハルバードさんの徳レベルならちゃんとなれますよぉ)

(それなら……勇者にしてください!)

(魂がこの世界から離れますのでご注意くださぁい)

 ラビィはファンタジーコンピューターを操作し終えて、診断書をプリントアウトしていく。絶賛残業中の医療事務員が、それをコピーしたり判を押したりしていく。

 ちなみにこの診療所では診断書料は無料になっている。高額医療をそのまま無保険で受け取る方式になっているための措置だ。

(世界はお選びできませんがよろしいですかぁ?)

(ああ、構わない)


 そうして旅立つ彼から『エイト』を回収したラビィは、椅子の背もたれにもたれかかり大きく伸びをした。

「仮眠するわ。何かあったら起こして」

「わかりました。おやすみなさい、先生」

 ラビィはそのまま机で眠る。事務員はせっせと別の異世界へと旅立ったハルバードの事務処理をしていた。異世界の神様への診断書の提出、参考資料など、大忙しだ。異世界管理局への提出もしないといけない。全ての書類はハルバードの了承を得て作成済みである。

 ラビィ・ザ・テンの心の診療所の医療事務は激務なのだが、何故か辞める人がいない。そのため人数は多くて、人員には困らないから休みも充実しているという。高額な医療費で成り立っているので給与も多く、逆に就きたい人が多い人気職の様子。

 翌朝交代で来た事務員がラビィを起こして朝食を作る。

 今日もラビィの診療所は大人気。そんな診療所を訪れる少女の姿があった。

 耳に手を当て次の患者を呼ぶラビィの元へたどり着いた少女は、亡くなった好きな人の元へ行きたいとラビィに願うのだった。

「転生治療をお望みですねぇ?」

 一人、また一人と心を救われにやってくる。

 ラビィは今日も多忙な日々にため息ひとつ。

「ホント、異世界の人たちの心を助けるのって、大変だわ」

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