第10話 手を取り合って

 貴方がお祝いをされたのは……本を出しているから……。大丈夫、本も分かります……。貴方の出した本が……沢山の人に認められた証しに……賞というものをもらったから……。小さな賞だけれど……。それでもお祝いに本を出した会社の人からこのユリの花束をもらったのだと……。それは……おめでとうと……おめでとうございますという言葉を、言うべきですね……。そのお祝いの花を……私の髪に飾ってくださるのですね……。その前に、少しその花を見せていただけますか……。


(ノイズ音小さいまま、ヴァイオリンの音色が響く)


このユリは……うすーいピンク色をしていますね……。白に近いピンク色です……夕暮れ時の空に浮かぶ雲が、こんな色になっていたのを見たことがあります……。お願いです……。早く貴方の手で、私の髪に飾ってください……。あっ。


(ノイズ音、ヴァイオリンの音色、共に止まる)


ユリの花びらから……何か粉がこぼれてきました……。これは……。ホコリでもない、砂でもない……。ああ、私の服の襟に……その茶色い粉が……付いています……。これは、なんでしょう……。花粉?花だけが持つ粉なのですか……。


(ヴァイオリン、ノイズ両方のレコードの音、再び流れ始める)


ああ、そんなに……服を汚したことは、気にしないでください……。ほんの少しだけですし……。汚したのが貴方なら、気にしたりしません……。でも……植物とは不思議なものなのですね……。見たことは何度もあります……。でもこの手で、自分の意思で手に持ったことは……初めてなのです……。この花粉というものは……少し似ています……。女性が使う、お化粧道具……の粉に……。昔、お店で鏡が売られていた時に、お客様の女性がその鏡で……少しお化粧をしたのを覚えています。こうして……目尻に付けていました……。


(ノイズ小さいまま、ヴァイオリンの音が流れる)


少し濃すぎですか?ユリの花粉は一度つくと取りづらい……。それでも……いいのです……。貴方とこうして……触れ合えた日の出来事が、私の体にそれだけ長く残るのですから……。このようなお化粧を……なんというのか教えてください……。ああ、そうなのですか……。このようにすることをアイシャドウというのですね……。アイシャドウ……アイシャドウ……。貴方のおかげで、私……お化粧までできました……貴方は本当に新しい世界を教えてくださるのですね……。


(レコード止まる)


レコードの演奏は終わりました……。でも……私はここにいても良いですか……。この姿で現れて、私はこの世界の美しいものを貴方を通して見すぎました……。レコードから針が外されても、もう消えることはできないでしょう……。貴方が私に針を落とした時に、もう運命は決まってしまったのだと……。そうに違いないのです……。

ずっとご一緒させてください……。ああ、手を取ってくださるのですね……。お家を、案内してくださるのですか……扉の向こうに一緒に行ける……。嬉しい……貴方が扉の向こうに行くたびに、素敵なものを持ってきてくださるから……見に行きたいと少し思っていたんです……。扉の向こうにはバスルームという、オレンジの香りのシャンプーが置いてあるところもあるのですね……。


貴方と同じ香りに……そうなったら私は……もう一度あなたを胸に抱きます……。


(二人の足音、ドアの開く音、去っていく二人の足音)

                             終


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抱擁するアリア 肥後妙子 @higotaeko

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