第9話 流れるような髪

 貴方が幸せを感じられるようにするには……私はどうしたら良いのでしょう……。髪……髪ですか?私の髪に触れたいと……。そんなことで良かったら、どうぞ触れてください……。貴方の手で……。そう、ためらわないで……。貴方が髪に触れてくださると……私も嬉しいです……。


(ノイズ、ヴァイオリンの音、共に小さくなる。髪を揺らすサラサラという音)


どうでしょうか……わたしの髪……。触れた時、どう感じましたか……。永遠に触れていたいほどなめらかと……そう言ってくださるのですか……。私の髪が美しいのはヴァイオリンの演奏が絹のなめらかさを表現できているからです……。そのなめらかさを聴いた人は他にもいる蹴れど……直接、肌で触れることができたのは貴方が初めてです……。きっと、私に触れるのは……世界で貴方だけ……最初の一人で、そして最後の一人……。貴方以外に決して触れさせることを許しません……。私は今、そう決めました……。


(ヴァイオリンの音、元の大きさに戻る。微かにノイズも聞こえる。髪に触れる音止まる)


手を止められましたね……。何故でしょう……。満足されたのですか?まだ永遠には程遠いのに……何故……。私の髪に……何かを飾りたいと?知っています……。人間の女性は……そうして髪を飾ることを……。貴方が飾りたいものなら何でも……この髪に飾ってください……。でも?どうかなさいましたか……。女性の装飾品をほとんど持っていないと……。待ってください……。人間の女性は……花を髪に飾ることがあるとか……花もありませんか……このお家には……生きている花がありそうな気が先ほどからするのですが……。ああ……やはり咲いているのですね……。取ってきてくださると……。


(立ち上がる衣擦れの音、足音、ドアの開く音、レコードからノイズと演奏は流れ続ける。再び足音。ドアの閉まる音)


嬉しい……。取ってきてくださったのですね……。これは花瓶……。古道具屋さんで売っていることも、お店の飾りとしても置いてありました……。花は複数集められると花束と呼ばれますね……。綺麗……。この花は、なんという種類なのでしょう……お店でも見たことがあります……。ユリ……そう、ユリでしたね……。でも昔見たものとは大きさがだいぶ違います……。ユリには色々な種類があるのですか……。これは小さめの種類……。この花束は……お知り合いが、貴方へのお祝いに贈ってくれたのですか……。お祝い……それも分かります……。古道具屋さんでも、改築のお祝いに花束を贈られることがありました……。貴方に、何か良い事があったのですね……教えてください……何があったのか……。


(ノイズが殆ど聴き取れないほど小さくなる。代わりにヴァイオリンの音色が大きくなる)

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