彼らにだけ『視える』もの

七瀬みお@『雲隠れ王女』他配信中

いとおしきものの在りし日は



 彼らにだけ『視える』もの——



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 鳥や動物には、人間には知ることのできない危険や、気配を感じ取る力があると言われています。


 その頃、我が家には生まれて一歳になる姉弟の犬がいました。

 

 当時はまだ珍しかった茶色のトイプードルで、名前はミルクとココア。

 ふたりあわせて『ミルクココア』……呼びにくいので、彼らの愛称はミルとココ。


 私と夫が結婚した年に我が家にやってきたこの子たちは、時々我が家に遊びに来る、夫の両親が大好きでした。

 私が止めるのもお構いなしで、おやつをたくさんくれるからです。

 若い私たち夫婦が旅行で家を空ける時も、両親がミルとココのお世話をしてくれていました。


 そんな夫の父が、他界したのです。

 夫の母が入院していたのと、夫も夜勤で遅くなるとのこと。

 自宅での通夜のあと、深夜まで私一人が義父のご遺体のそばで付き添うことになりました。


 さすがに一人きりでの留守番は心細く、夫の実家にはミルとココを連れて行きました。

 いつ戻るかわからない夫を待ち続ける私は、居間に寝かされた義父のご遺体が、人間の形をした『物』のように思えて、怖かった。


 いいや……こんなふうに思うのは、優しくしてくれた義父に対して失礼だ。

 少し反省し、私は義父のそばに座りました。


 ミルとココは、初めて連れてこられた場所に落ち着かない様子でうろうろしていました。

 義父の頭のそばに座る私のところに来ようとするのですが、ご遺体から少し離れた場所にとどまって、そこから先に進もうとはしないのです。

 こちらに来たくても来られない、そんな感じでした。


 いつもなら鬱陶しいほど私の足元にまとわりつき、正座をすれば即座に、私の膝の上を奪い合う彼らが、いくら呼んでも足踏みをするばかりで『こちらに来られない』。


 仕方がないので、私はミルを抱っこして、無理に連れてこようとしました。


「ミルもお義父さんにはお世話になったでしょう。お別れを言おうね」


 義父の頭にミルの身体を寄せようとしました。

 とたん、激しく暴れ、畳の上に降りたとたん一目散に居間を走り出てしまいました。


 私でも、義父のご遺体が義父のものとは思えず、一抹の恐怖心さえ抱くのです。

 犬たちも、何かしらの気配を感じ取っているのかも知れないと、無理に来させようとするのはやめました。

 

 そのあとしばらくすると落ち着いて、私の足元にまとわりつきながら居間までついて来るようになっても、義父の頭の近くには絶対に近寄ろうとしませんでした。


 あまり静かなのも心細いので、居間の隣にある部屋の食卓に座り、私はテレビを見ていました。

 

 突然に、そばで寝ていたミルとココが揃って顔を上げました。見れば、玄関に続く廊下の方を凝視しています。耳をそばだてて、何かの気配を感じ取っているようでした。

 ウーッ、と唸り声をあげたかと思うと、ワンワン!! 揃って激しく吠えたてました。


 夫が帰ってきたと思いました。

 しかし、ドアのガラス越しに見ても灯りが消えた廊下に人気はなく、真っ暗です。

 玄関扉が開けば、人感センサーが働いて灯りがつくようになっていました。


 なんとなくいやな予感がして……。


 時計を見ると、それはまさに、廊下で義父が倒れた時間でした。



 *



 そんなことがあってから、時が経ち。

 ミルとココは、二十歳の大往生のあと、虹の橋を渡りました。


 ふたりのお気に入りのクッションは、後輩犬のマメのお気に入りになりました。


 マメはミルとココが健在だった頃に来た子で、マメにとってミルとココは優しいお爺ちゃんとお婆ちゃんでした。


 お盆の頃になると。

 マメは、ミルとココにお気に入りのクッションを『譲る』のです。


 いつもそこに座っているのに——

 お盆の三日間だけは、少し離れた場所からクッションを眺めるだけで、決して座ろうとはしません。


 マメがクッションを見つめる不思議な姿は、しっかりと動画に収めています。


 今年もミルとココが帰ってくる。

 そして彼らのお気に入りのクッションには、きっと在りし日の頃のように、ミルとココが寄り添って眠っているのだと思います。


 私たち人間の、目には見えないけれど。





《了》


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