第5話 もう一人
寒くもなく、暑くもない。
気温が丁度良い、暖かな季節。春。
俺は春の暖かい日差しが当たる場所、グラウンドの倉庫近くにあるベンチに座り、高校の中で限られだ自由、昼休みをそこでのんびりと過していた。
「にしても……俺は高校一年生に戻っていたのか……」
俺は高校に来て、ようやく自分が何年前に戻ったかが分かった。
現在高校一年生。
自殺する前、27歳。
12年前だ。
ブレザーの制服が新品で薄々気づいては居たが、本当に高校一年生に戻っていたとは……。
人生、何が起こるか分からないものだな。
さて、折角の昼休みだ。
自分の身に起きたこと、考えた事をまとめよう。
主に挙げられるのは3つ。
1 過去に戻った理由。
2 味覚が無い事。
3 過去に戻る前の自分、27歳の俺の身体は自殺した後、どうなってしまったのかという事。
1番目は、良く分からない。神様の悪戯では?と俺は考える。
2番目、何故味覚が無いのかについてだが、これも良く分からない。
他の四感は万全に機能する。
まぁ、味覚は失くなっても、生活の上で困るものでも無いから失ってもok。
3番目。これが一番重要だ。
俺は確かに自殺を図った。
ガス爆発で。
しっかりとガスコンロのガスの元栓を開けて、しょーもない人生を振り返った後に、ライターを点けた所までしっかり覚えている。
なのに、目が覚めたら過去に戻っていて、高校生の肉体になっていた。
自殺失敗。
今頃、自殺を図った27歳のナイスガイの肉体はどうなっているのだろうか。
棺の中に入れられ、霊柩車に乗せられ、火葬場に向かっている頃だろうか。
それとも、まだ息をしているのだろうか。
それが分からない。
だから俺は授業中、ペン回しをしながら、一つの仮説を立てた。
パターン1 精神だけが肉体から外れ、タイムリープしたパターン。
パターン2 肉体、精神共にタイムリープしたパターン。
俺はパターン1が最有力だと思う。
パターン2だった場合、肉体だけが若返り、精神が若返らないのは俺は、可笑しいと思っているからだ。
逆にパターン1なら、27歳の俺の精神を、高校生の俺に上書きしたとすれば、辻褄は合う。
で、27歳の肉体は死んでいると。
あー頭痛くなってきた。
ちゃんと死んでいれば、こんな事を考えずに済んだ筈なのだが。
「俺はどうして過去に戻ったんだ?」
何か俺にしか出来ない事があるから戻ったとか?
東◯リベ◯ジャー◯みたいに?
……いやそれは100%ないか。
自分に期待したって、裏切られるばかりの人生だって分かってるし。
考えても答えが、結論が出ないため、俺はベンチの上で座る姿勢から、寝る姿勢へとチェンジして青空を眺める。
「………ねっむ。」
◇◆◇
「ふむ……南風花仁君か、懐かしい生徒だ。」
職員室の隣の部屋、校長室で窓ガラスの外側へと視線を通し、グラウンドのベンチに座る者の名前をポツリと呟いた者が居た。
「彼は確かサッカー部だった筈だが……。」
サッカー部の入部届一覧と、茶道部入部届一覧が書かれた物を手に持っていた男は、グラウンドにいる者を凝視した。
「まさか……彼も……いや、私が過去に戻った事により、多少、歴史が変わってしまったのだろう。」
男はグラウンドのベンチで寝ている者に対して、多少の罪悪感を感じていた。
「にしても、彼が茶道部か。彼がサッカー部で頑張る姿は、全生徒の模範そのものであったのだがな……。」
男は少し、寂しそうな声を漏らして自分の机の椅子に座り、入部届一覧表を引き出しの中に入れ、スーツの胸ポケットから1枚の写真を右手で取り出した。
「私の……大切な愛娘よ。今度は必ず私が守るからね……必ず」
男は誰も居ない校長室で、何も持っていない左手の拳を強く握り、愛娘が写る写真を、殺意が籠もったような、憎悪を感じるような、悲しさと怒りが爆発しそうな目で見ていた。
そして、ぼそっと呟いた。
「28年前に戻ってきたんだ……死んでも救ってあげるからね」
もう一度、やり直させてください C茶ん @chingo
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