第4話


蒼桜彩音


間違いない。


俺の初恋を奪った女。


俺の数少ない青春エピソードの大半を占める女。


そして、俺がただただ好きだった人。


彩音の好きな所はどこか?と聞かれたら


1から100個は余裕で言える。


それ程までに俺はこの女のことが好きだったのだ。






「あのー……どうかされました?」


お前の事を考え過ぎていて、こんな時、何を、どう話せば良いか分からないんだよ。


あぁ……過去の俺は教材と小説を回収した後、どんな話をしていたっけ?


ていうか、どんな口調で、どんな雰囲気で、どんな顔をして彩音に接していた?






……全く覚えていない。


そして生憎、永世DTの俺には現役女子高生と楽しく、笑い合える話題を持ち合わせていない。


いや、待て。


寧ろこのまま去った方が良いのではなかろうか?


教材と小説は回収した、想い人ともまた会えた。


何も、無理してお喋りする必要なんてないじゃないか。






でも、一つだけ不安がある。


それは、このままこの場を去ってしまったら彩音と俺の関係はどうなってしまうのかという疑問。


史実___正史どおりならこの後俺は、彩音と何かを話した後に、走って学校に行くんだよな。


んで、彩音を助けたことがきっかけで、彩音は俺に興味を持って、友達になり、苦楽をともにして仲が深まり、両想いになるというのが俺が体験した歴史。


もし、ここで正史通りのシナリオに進まなかったらどうなってしまうのだろうか。


俺が歩んできた人生が、彩音との関係もなかったことになり、歴史が変わってしまうのか?


それは……なんか……嫌だな。




「あーいや、その、なんでもない


彩音の心配する声に俺は、当時の自分の話し方、雰囲気、喋る時の顔など、を思い出しながら言葉を選び、音にする。 


なんでもない訳が無いだろ!


こっちは今人生の分岐点をどういう方向に傾けるか悩んでるんだぞ!!




ちょっと……待て。


何故悩む?お前の目的は自殺だろ?


何故、生きる選択をしている?


どうして?


「で、でもさっきから顔色悪いですよ……やっぱり川に入ったせいで、どこか悪くしてしまったのでしょうか……」


「……大丈夫……ほら、早く学校行きなよ。遅れるよ。」


「なら、一緒に行きましょうよ……同じ学校じゃないですか。」


彩音は俺に詰め寄り、俺の右腕をグイーと引っ張って歩き出した。 








そうだった……この女のヤバイ所を一つ忘れていた。


それは_____興味を抱いた相手にはとことんグイグイ行く所だ。


普段地味なオーラを纏っているTHE・陰キャからだ。


その好奇心と行動力を是非とも別のベクトルに活かして貰いたいものなのだが、蒼桜彩音という女にはそれが通用しない。


なぜなら、彼女は勉強しなくても良い点が取れ、運動をあまりしていなくても、体育では優秀な結果を残し、性格も良く、容姿にも気を使えれば完璧美少女の名を冠する事ができるパーフェクトヒューマンの原石なのだから。 






よくいるだろ?


世間でもてはやされるアレだよアレ。


俺みたいな凡人の対となる存在!。


俗に言う、天才というやつなのだよ。






「あの!早くしないと学校に遅れますから!しっかりと歩いてください!」


自分から人様の右腕を勝手に引っ張り出しておいて、何だその言い草は。


理不尽だ。


「はいはい……しっかり歩きますよ……」


こうなった彩音を止める方法は一つも存在しない。


いや、一つだけあったなあの出・来・事・があの事・件・が。


この事に関してはまた今度話すことにしよう。




今は、この好奇心と行動力の悪魔に取り憑かれた彩音の言う通りにし無ければ、俺の身が持たん。


うう……俺達を横切る人の目が痛いが、此処は大人しく、彩音に引っ張られながら学校に行くことにしよう。








俺が過去に戻った理由。


錆びついた運命の歯車が逆回転したのか、はたまた神の悪戯か、それは俺にも、誰にも分からない。


だけど、一つだけ、過去に戻って分かった事がある。


それは、誰かが生きた軌跡は誰かに必ず影響を与えると言うことだ。


俺はそれを彩音という、大切だった女性と再会して、初めて気がついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もう一度、やり直させてください C茶ん @chingo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画