第3話 剥奪


体が軽い……本当に俺は全盛期の高校生の肉体に戻ったんだな。


……全盛期と言っても人より少し筋肉があるくらいだけどな。




俺はベッドから出た後、新品の匂いがする懐かしいブレザー制服に袖を通し、ネクタイをきっちり締める。


いや、何真面目に高校生やろうとしてんだよ俺…中身27のおっさんだぞ…。




制服を着た後、一階に降り、廊下を歩いてリビングに向かう。




あ、そうそう、我が家には朝食に関する家訓があった。これを忘れると母親からぶん殴られて痛い思いをするので、家訓を思い出しておこう。






1 独り立ちするまでは必ず誰かとリビングで仲良く食べなさい。


2  いただきますをちゃんと言いましょう。理由は命を頂く者として犠牲となった食材への敬意と感謝を怠らないようにするため。


3 残すな。




…うん、面倒くさい。


さて、家族との再会…といきますか。


ガラガラガラ


俺は扉を横にスライドさせてリビングに入る。




リビングでは絨毯の上に長方形のテーブルがあり、その上に朝食が並べられている。


テーブルの奥には新聞を開いて顔が見えない親父の姿が。


その横で座っている妹の柚は、バクバクと白飯を口の中にかきこんでいた。


お前はさ◯きちゃんか?と言いたくなる。






……リビングから視線を右にずらすと母さんがいた。お茶を沸かしたり、皿を洗ったりで大変そうだ。 




うん、この何もない平和な感じ、実に懐かしい。 


まぁ、この平和な感じも1年後に重い病気を患った柚が亡くなって崩壊するんだけどね。






今でも時々思い出す。あの頃はやばかったなぁと…………。


柚が亡くなった事で、母さんは柚が座ってた勉強机に向かって話しかけたり、いきなり泣いたりで本当に怖かった。


精神が完璧に崩壊していた。


親父は親父で柚が亡くなった後は風俗とパチンコに行く日々を繰り返して、たまに家に帰ってきたと思ったら安酒ばっか飲んで、酔って母さんを叩いては「俺はクズだ……」って言って泣き始めてたものだ。






そして…当時の俺はその光景を見て何もできないのだと悟り、無力感を感じて引きこもってしまった。


引きこもってからの俺は、毎日暗い部屋でスマホで出来たネトゲと、自慰の行為に勤しむばかりの爛れた生活を送っていた。


引きこもった期間は一ヶ月。


そんなに長くはなかった。


理由は俺の想い人、蒼桜彩音が毎日俺にメールで


『部活の事でご相談したいことがあるので来てください』 


とあまりにもしつこく送ってきたので、暗い部屋から出て学校に行くことにしたのである。


今、振り返ってみると蒼桜は俺の家庭が崩壊している事を知ってて気にかけて送ってきていたのかも知れない。




「どうした?食べないのか?」


 思考の海に浸っていた俺を親父は引きずり出して聞いてきた。


「あ、いや食べるよ」


俺は自分が当時座っていたであろう定位置に着いて、両の手を合わせて、食事に取り掛かる。




久しぶりの朝食、しかも母の味。堪能させてもらおう。


俺は卵焼きを箸で掴み、口に近づける。


母の卵焼きの味はどんな味だっただろうか、それを思い出しながら、俺は口に近づけた卵焼きを口に入れ、咀嚼する。




そうそう、確か甘めの、砂糖たっぷりの卵焼きだった筈だ。




その筈なんだが…………………。


「…味が…しない」




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