転生伝言
小石原淳
転んでもただでは生まれ変われない
震災で
だからといって僕の行為が許されるものでないことは理解している。ほんの短い一瞬、理性を失った結果、やってしまった。僕は今の恋人を殺した。彼女は、未だに歌織を吹っ切れないでいる僕に業を煮やし、荒療治とも言える、僕からすれば心ない言葉を投げつけてきた。それが最悪な事態を招いた訳だ。
これからどうするか。罪から逃れられるだろうか。
場所は自宅。マンションの一室だ。遺体を運び出すのが無理なのは明らかだ。夜の帳が降りる時間帯とは言え、他の入居者の目や防犯カメラがあるし、あと二時間足らずで友人が来る予定だ。
友人の方は、こちらに急用ができたことにすれば訪問を回避できなくない。だが、遺体の処分はやはり難しい。ばらばらにして運び出すとか薬品で溶かすとか焼却するとか、僕には無理だ。仮にやり遂げても、彼女の家族や知り合いが彼女が帰らないのを心配し、真っ先にここを訪ねよう。一巻の終わりになるのがオチだ。
ならば素直に自首するか。殺した動機を正しく理解してくれる人がいればいいのだが。現状では「昔の女に未練たらたらの男が今の恋人を殺した」と、一面しか見てくれない予感が強くする。
ああ、何もかも投げ出して消えたい。
僕のこの願いに一番近いのは、自殺かもしれない。が、それとて殺害動機を誤解される恐れが多分にある。踏み切れなかった。
そんな風に悶々と思考すること一時間。いきなり、目の前に神と称する存在が現れ、僕に転生の機会をくれるという。
自称・神を信用するまでハードルはあったが、それについの記述は省く。
僕は当然、自分自身への転生を希望した。今の記憶を持ったままもう一度自分として生まれられるなら、歌織の命を救える。
だが神は、そういうのはできないんだよねとのたまった。全能の神にできないことがあるのはおかしいと詰め寄ったけれども、「今君にしてあげられることの中には含まれていないという意味だよ」と諭されてしまった。
では歌織の家族だ。父親がいい。いざというとき腕力が役立つはず。
すると今度は「我慢できる?」と問われた。歌織の父として一生を終える覚悟はあるのかと。無理だと思った。
結局、今の僕を捨て去る必要がある。別の男に生まれ変わり、歌織と恋仲になる。その上で震災に遭わないよう事を運べばよい。僕は慎重に検討し、一人の男に決めた。
沢口に転生させてもらう前に、神に確かめた。転生したあと僕は僕の意思で行動できるのか、また、転生した先の時空における“僕”は、誰の意思で行動しているのか。
神からの返答は、前者は「物心ついた時点で自分の意思で行動可能」、後者は「当時の君の魂が動かしている」とのことだった。
転生して、沢口央起としての人生は順調だった。思惑通り、歌織と親しくなり、小学六年生のときには二人で一緒に遊びに出掛けた。中学一年の終わり頃には、公認カップルと認識されていたと思う。
ところが――想像もしていなかったアクシデントに見舞われたんだ。
中学の卒業式の翌日、僕は同じ高校に通うことになった歌織と一緒に、買い物に出掛ける約束をしていた。その待ち合わせ場所に向かう途中、川縁の道で男に襲撃されたのだ。
そいつは“僕”だった。
僕は小中学校時代を通じて当時の“僕”から歌織を遠ざけることに意を割き、そのせいか“僕”は歌織の行く高校には合格できなかった。あの時点で運命は決まっていたのかもしれない。
僕は“僕”の歌織に対する執着心の強さを忘れていた。“僕”は僕――沢口をカッターナイフで斬り付けて来た。僕はかわしたものの転んでしまい、馬乗りになれられた。“僕”は首を絞め始めた。遠くの意識の中、最後の力を振り絞り、僕は巴投げの要領で“僕”を川へ投げ飛ばした。
“僕”は泳げるのに打ち所が悪かったのか、一度浮上して顔を見せたものの、また沈んで流されていく。あのままだと恐らく死ぬ。
転生した先でも人を死なせる。それも“僕”自身を。
この一件が公になれば、たとえ正当防衛が認められても、歌織との付き合いは吹き飛ぶかもしれない。僕は“僕”を追い掛けた。
どうにか“僕”の身体を視界に捉えた矢先、急に気分が悪くなり、跪いた。死の予感――まさか、“僕”が死ぬと僕にも影響が? ならば絶対に助けねば。だが身体の自由が利かない。
心臓発作がこんな感覚なんだろうか。胸を押さえ、呼吸を整えたいがうまく行かない。
死んだら、転生の目的が果たせない。歌織に震災についてまだ何も話してないんだ! せめて歌織だけは生きてくれ。伝えねば。
その場にばったりと倒れ、僕は人差し指で地面を引っ掻いた。爪に土が……重い。
2011.3.11
数字を書くのが精一杯だった。
転生伝言 小石原淳 @koIshiara-Jun
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