冷めた青と熱のない赤

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冷めた青と熱のない赤


 昼食時。


 長めの休み時間に皆、早々教室を出て行った。

 人の減った室内に残り、弁当箱を広げていると同じようなタイプの人間が何となく集まり始める。

 表向きは仲良し面をして弁当の中身に集中しつつ、合間合間でさも楽しそうに下らない話をする。

 漫画の話、動画の話、ゲームの話、ここにはいない誰かとのエピソード。所詮クラスメイトでしかない。だから時々何が笑えるのか分からない話もある。とは言えそれを口にする程に取り繕い方を知らない訳ではない。

 自分が黙っていても気まずくならないなら寧ろ有難い事だ。たまに笑っておけば十分『お友達』は出来ている。

 食べ終えてさえしまえば、残りは自由。時間の潰し方としては上々だろう。

 適当に言葉をかけて、席を立つ。それからイヤホンをきっちりと耳に嵌めた。


 流れてくるのは自分で見つけた好みの音楽。

 そこら辺の浮かれたような物や誰もが知っているようなメジャーな物は下らない。


 頭が固いと言う自覚は不本意ながらある。こんな所を知られたら、まぁ好かれはしないだろうと理解してもいるので口や態度に出さないよう努めてはいる。

 だけれどそのせいでたまに、酷く世の中が面倒臭く馬鹿らしいと感じる。


 綺麗で平らかで明るくて正しい事だけが許される。そしてそれに従うのは賢い。

 誰も馬鹿に見られたくない。喧嘩なんてしたくもない。悪い事は悪いし汚物はどう引っくり返してもただの汚物だ。

 正しい選択が出来ないのは落ちこぼれだ、どうして自分がそうなりたいと思えるのか。他人に同情される立場なんて最悪だろう。

 誰だって思っている。その筈だ。自分だって理解している。その筈ではある。


 廊下を歩いて人気のない方へ、目的はないが進む。

 そういう場所は大体暗くて空気が湿っぽい。良い環境とは到底言えないが、不思議と落ち着きやすい。

 明るい所から、イヤホンを貫通する程の甲高い人の声が聞こえてくる。曲の音量を上げた。


 荒い曲調に汚い歌詞が乗り、頭の中身を染めていく。


 そうだ、どいつもこいつもくたばっちまえ。

「くたばっちまえ」

 口から零れた歌詞が独りでに零れ出た。聞かれていない事に安堵する。


 誰もいない階段に腰掛け、膝の上で背を丸めて目を閉じる。

 音楽しか聞こえてこない空間。

 アラームに合わせて目を開ければそれでいい。


「……」

「あれ?お前こんな所にいンの?」

「……」

「おい」

「……」

「おーい」

「……うるせぇなぁ」

 仕方なく、イヤホンを外しそちらに顔を向けた。


 飽きる位に見慣れた面。

 嫌っているのではないがあまり傍に居たいとも思わない、幼馴染のお調子者。

 こいつは勉強が出来ない訳ではないのに何処か「頭が悪いな」と言いたくなる所がある。

 何せ小学生時代にカーテンに巻き付いて一人ふざけていたと思ったら着ていたパーカーのフードを絡ませた上に足を滑らせてあわや首吊り、窒息しかけるという大騒ぎを起こしたような男だ。

 大体はノリと勢いと流れで突き進んでいき、時に周囲を巻き込む。幼馴染と言う理由でその中に加えられた事は数知れない。

 最近は見る度にピアスを増やすかどうか誰かしらに相談しているが、良いとも悪いとも答えられて結論に辿り着けないらしい。

「何してんの?」

「別に」

「何の曲?」

「聞いてるの分かってるなら話しかけんなよ」

「うわぁ、機嫌悪っ」

「眠いんだよ」

 今一つ間の合わない感じに苛々して扱いが雑になる。他の相手だったらこんな風には出来ない。

 そういう点では幼馴染だと言う事が有難くはある。

「飯食った?」

「この時間だぞ」

「俺、これからなんだけど」

「馬鹿じゃねぇの」

「は?馬鹿って何だよ、用事があってちょっと忙しかったんだよ」

「じゃあこんな所にいないでさっさと食えよ、休み時間終わるぞ」

 言えば何故かその場に弁当を広げ始める。態度を見れば、普通何処かに行くものだろう。そもそもここは弁当を食べるのに良い環境ではない。

 暗くて湿っていて埃っぽい中に、冷えた唐揚げの臭い。嗅いでいて胸が悪くなりそうだ。

「売店には早く行けたんだよ、だからほら。唐揚げ」

「ああそうですか」

「そもそもさぁ、売れるの分かってるなら量増やして置かれてても良いと思うんだよな」

「そうですね」

「今日何食った?」

「……」

 音楽がまるで頭に入らない。本気で苛々してくる。

「ピアスさぁ、増やそうと思ってんだけどどう思う?」

「……またかよ。……つーかピアスなんてどうでも良いと思ってるだろ」

「いや?だってお洒落じゃん?」

「真面目に考えてるなら人の意見なんて聞く必要はない、なのに開けもしないでダラダラやってる時点で興味ないだろ」

「どっちにしたって話になるんだからそれで良くねえ?」

「それはそうだな。でも話した中には真剣に考えて答えたのにいつまでやってんだって思ってるヤツもいるし、興味のない話を毎回繰り返すと思ってるヤツもいるだろ」

「まぁ、そう思われてるなら悪い事してるよな」

「大体お洒落だなんだって、お前より興味持ってて本気で調べたりそれなりに金かけてるマニアックなヤツもいるんだよ」

「そりゃそうだろ」

「そういうヤツから見たらお前なんて大した事ないし、デカい声で偉そうにヘラヘラ喋ってる内容なんてクソみてぇにしか思われてないからな」

「そこまで言われると流石に腹立つんだけど」

「ふざけてんだよ、お前」

 そう、こいつはふざけている。人前で馬鹿をやるせいで恥をかかされた事もあればやらかしの尻拭いをさせられた事だってある。

「こっちは気を遣って毎日やって来てんのに、お前見てると馬鹿みたいに思えてくるわ」

「は?俺だって気を遣って生きてるし」

「じゃあどっかぶっ千切れてるんだろうな、平気で無神経な事やれるんだ」

 人が何をしててもお構いなしに突っ込んで行く。その場が面白けりゃ何でもいい、相手が何を考えていても興味ない、平気で色んな事を口にして誰にだって絡んでいく。

 嫌われないよう、落ち零れないよう生きてる自分とは大違いだ。

「今日本気で感じ悪いな、どうした?」

「うるせぇ、元から俺は感じ悪いよ」

 すっかり忘れられていた曲がまたサビに入る。


 くたばっちまえ、くたばっちまえ。

 世の中なんて全部消えろ。


 ああ、本当にその通りだ。

 全部消えてしまえばいい。

 目の前の顔すら見たくない。

 こいつがいると俺がおかしいみたいに思えてくる。


「くたばっちまえ」

「……何だよ、急に」

 口から零れ出した歌詞の物騒さに、本格的に腹が立ったらしい。トーンの落ちた声で理解する。

 こんなヤツだって、死ねと言われればリアクションする。そうだ、それが正しい。

 だからこんな態度も言葉も間違っていて、許容していたこいつはやっぱりおかしい。

「ただの歌詞だよ。世界も何も全部終わっちまえって」

 邪険に扱って、悪態吐いて、とどめを刺すような言葉を口走った癖に、今更言い訳をしている自分の馬鹿馬鹿しさ。

 結局一番腹立たしいのは自分だ。

「……物騒な歌詞だなぁ、お前そんなのが好きなの?」

「悪いかよ」

「いーや」

「終わりのない物なんてないんだ、だったら全部終わったって良いだろ」

 終わってしまえば、面倒臭さも苛立ちも消えてくれるんだ。

 目を瞑って、また膝を抱える。これ以上この時間を味わっていたくない。

「おい?」

「寝るんだよ、これ以上邪魔すんな」

 荒い音に集中する。

 頭の中を埋め尽くしておきたい、少なくとも今は。



「なぁ」


 まだ声が聞こえる。

 咀嚼音、物音に小さな溜息。

 ここまで来ると自分が音楽以外を聞き取ろうとしているのだ、と悟らざるを得ない。

「何が気に入らないんだか知らないけどさ」

「……………」

「マヤ文明は滅びたけどメキシコはまだあるし、江戸幕府じゃないけど日本だろ」

「…………」

「終わった所でまた始まるんだ、人を滅びに巻き込んでくれるなよ」



 顔に血が上りそうだ。

 ヘッドホンなら耳の色も隠せただろうに。


 本当にくたばっちまえ。

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