東の王国

@ryokuminn

第1話 傭兵の仕事

朝になった。

今日の宿はよかった。王都まではあとどのくらいだろう、でもあと2,3日でつくかな。俺は今、仕事の傭兵として出向いていたイタリアから戻っているところだ。よく眠れた朝は気持ちいい。

「よう、ヴァルド! いつもよりも早いな。どうした?」

この男は俺の幼馴染のグンダハルだ。剣は俺よりも強いけど面白いやつで、いろんな話を知っている。

「うーん、なんとなく。」

「ははっ、なーにがなんとなくだ、昨日の踊り子の夢でも見て興奮していたんだろ?」

「いやちがう。」


「早くいくぞー! 遅れたらまた明日まで待ちぼうけだ。」

馬車に乗ってあたりを見る。どうもここらへんの地域は荒れ果てていて、活気がない。馬車も一日に一回くればいいほうだ。グンダハルと話しているうちに寝てしまったようで、起きた時には目の前に王都・トロサの街が広がっていた。

「やーっとついたかー。やっぱりガリアは広いな、グンダハル。」

「うん、そうだな。でも俺の故郷はもっと遠く、広いところにあるんだぜ。この西ゴート王国を出て、お隣のブルグント、フランク、さらにもっと遠くにあるんだ。」

「たしかその辺境にはまだおじいちゃんが住んでいるんだっけ。」

「そう、もう生きているかはわからないけど。でも親がいなかった俺にとっては父親みたいなものだから、また生きて会いたいな。」

「会えると思うよ。」

何を思ったか、僕は無責任な肯定を口にした。

空を見上げると、雲が紫色になっていて、太陽が沈みかけていた。


トロサについてからは、すぐに次の仕事が入ってきて大忙しだった。

夜、戦の前の日の最後の休息に、いつも通っている酒場に入る。今日はいつもよりも空いていて、窓側の席に通してもらった。夜のトロサは危険だ。強盗や通り魔と、それを取り締まる軍が闊歩している。

「俺たちもよぉ、いつまでこんな仕事続けられるんだろうなぁ。」

少し酔ったグンダハルは、うつむき気味にそう言った。

「いつったって、死ぬまで?、じゃない?」

「はは、そりゃあガキの頃から兵隊の訓練を受けてきたやつに言わせりゃそうだろうな。」

「ちがうのか?」

「俺はー故郷に戻りたいさ、もうちょっと金がたまったら。そしたらお前も来いよ、俺がうまいビールをおごってやるよ。」

「ん?ビールってお前、確かグンダハルがゲルマニアからこっちに来たのって、俺が10のころとかじゃなかったか?俺とお前って確か年は同じだよな。」

「あっちはもうそのくらいから飲むんだよ。でもじいちゃんが、10かそこらで初めて飲んでビールのうまさが分かった者は俺しかいないってよ。」

「はは、グンダハルらしいな。まあ、楽しみにしておくよ、その話。」

その日はあと一杯だけ飲んで家に帰った。


次の日、よく晴れた空の向こうに入道雲を見ながら、西ゴート軍のほかの傭兵たちとともに隊列を組む。俺は二日酔いで頭が痛い。一方で、酒に強い俺の相棒はいつもよりむしろ元気そうだ。

「なあ、グンダハル。今日の仕事ってなんだっけ。俺昨日の隊長の話よく聞いていなかった。」

「聞けよおまえ、今回の仕事はでかいぞ。なんでもブルグント王国との国境の砦の死守が任務で、まあまあ危険らしい。でも大きく武功を挙げるチャンスだ。」

「そうなんだ。今回も生きて帰れるかな。」

「なんだよ弱気だな。危険な仕事でもたぶん、去年のヴァンダル族とのやつを超えることはねーよ。」

「まああれは確かに死にかけた。やつら森の中から急に挟み撃ちしてきて、しかもみんなでかいしな。あれには勝てないな。」


砦が見えると、隊長が出てきて戦況の説明をする。いつにもまして怖い顔をしている。

「お前らよくきけぇ!今回の仕事は砦を守ることだったが、たった今伝令が来て戦況が変わった!砦は陥落、すぐにブルグントの奴らが来るそうだ。よってわれらの任務は援軍が来るまで前線で奴らを止めておくこと!以上、総員、戦闘準備!」

これはまずい。つまり俺たちは、戦争で一番致死率が高い前線で敵をとどめておく役目を命じられたわけだ。今までも何度かこういうことはあったが、どれも危険な場面が多かった。

「いつも通りやればいいだけだ。気を抜くなよ、相棒!」

グンダハルが俺を励ましてくれる一方、遠くに見える敵の数に俺は恐怖を感じていた。

「なあ、敵の数、多くないか?こっちは確か150、あっちは1000はくだらなそうだ。」

「大丈夫だ。全容が見えている分、ヴァンダルの時よりかはましだろ?それに俺らは援軍が来るまで耐えればいい。いくぞ、ヴァルド!」

そうこうしているうちに戦いが始まった。あたりには血と肉が飛び交い、鉄のにおいでいっぱいだ。死ぬ間際の命乞いをする敵の顔はいつ見てもなれない。

何人の断末魔を聞いただろう、まだ援軍は来ない。もう太陽の角度は来た時とはだいぶ違う。さらに、グンダハルの姿が見えない。はぐれてしまったようだ。

「グンダハル!どこいった、大丈夫か!」

うめき声が聞こえた方向を見ると、グンダハルは何人もの敵に囲まれて疲弊しているようにみえた。すかさず走って敵を斬り殺す。

「グンダハル!大丈夫か!」

「ああ、それより、俺たちは負けたみたいだ。急いで逃げるぞ。」

それからは空が明るむまで残党狩りをする敵兵から逃げ続けた。ふと、グンダハルの腕をかけていた肩が軽くなった。

「グンダハル!しっかりしろ!お前ならまだ走れるだろ?」

「すまん、ヴァルド。俺、さっきの戦いで斬られた傷が深いみたいだ。血が止まらない。」

「なんで早く言わないんだよ!待ってろ、すぐに医者を、いや、俺に背負われろ!

近くの町まで走って助けてもらおう!」

そのとき、敵の矢が飛んでくる。

「だめだ、ヴァルド。俺はたぶん助からない。それに追っ手はすぐそこまで、来ている。俺を背負ったら、追いつかれてしまうだろ? ヴァルド、逃げてくれ。」

「なんで、ふざけんなよ!俺は絶対にお前を連れて行って助ける。いいから背中につかまれ、はやく!」

「俺、おじいちゃんの話したろ? 実は、おじいちゃんとの約束があるんだ。本当は俺が果たしたかったけど、ヴァルド、相棒のお前に任せた。この紙に、まとめてある。ごほっ、」

グンダハルはせき込んで血を吐く。顔から生気が抜けていくのがぼやけた視界から辛うじてわかる。

「そんなこと言うなよ、な? ほら早く帰るぞ、トロサに。帰ったらビール好きなだけおごってやるから、一緒に、帰ろうぜ?」

「もう時間がない。いままでありがとうな。あと、ビールの約束も、果たせなくてごめんな。最高の相棒で、最高の幼馴染だったよ。」

そういってグンダハルは剣を抜いて自分の首に突き刺した。最後は笑っていた。

「おい、なにやっているんだよ、こんな、俺、行かないでくれ、おい、グンダハル!」

敵の声が聞こえてくる。悲しい、半分悔しいような気持ちに動かされ、走った。

気が付くと、日は完全に昇り、小さな町が見えていた。追っ手はもういなくなったようだ。




























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