この門をくぐったら大変なことになる
烏川 ハル
この門をくぐったら大変なことになる
夏休みの登校日。
隣の席の
「おはよう、倉谷くん。今年もおばあちゃんち行ってきたの?」
「もちろん!」
私が声をかけると、元気よく返してきました。
倉谷くんの家では、毎年夏休みの前半、おばあちゃんのところへ遊びに行くのが恒例行事です。一週間の家族旅行なので、時期は少し違うけれど、お盆の帰省に相当する感じでしょうか。
私と倉谷くんは幼稚園からの仲で、よく家族ぐるみで遊んだりするほど。夏のおばあちゃんちへの家族旅行も一昨年、三日間だけですが、同行させてもらったくらいです。
信州の田舎にあり、夏は涼しくて心地よい地域でした。
清々しく晴れ渡る青空に、ポツポツと浮かぶ白い雲。小高い丘のような、緑の山々に囲まれた村には、同じく緑の畑や田んぼが広がっています。
水のきれいな小川が流れていたり、それと繋がった池の水も驚くほど澄んでいたり……。
一昨年体験した光景を思い浮かべながら、倉谷くんに尋ねてみました。
「今年もまた、あの池や裏山で遊んだの?」
「もちろん! そのあたりはいつも通りだったけど……」
私が詳しく聞きたいというよりも、倉谷くんが話したがるだろうから、それを促してあげる感じ。
案の定、倉谷くんは楽しそうに、いつも以上に口が滑らかになっていました。
「……今年は裏山で、ちょっと珍しいことがあってね!」
私が訪れた時は、池や小川など、倉谷くんや彼の弟と一緒に水辺で遊んだだけ。「あそこの山道は女の子には無理だよ」と少し馬鹿にしたみたいな言い方で、裏山へは連れて行ってくれませんでした。
でも毎年のように倉谷くんは山で遊ぶらしく、一昨年も私がこちらへ帰った後、男の子だけで裏山へ行ったそうです。
そんなすっかりお馴染みの裏山で……。
「いつものように、山道の砂利道を歩いていたら……。去年まで気づかなかった脇道があるのに気づいてさ」
「脇道……? メインの砂利道よりは細い、小道みたいな感じ……?」
「うん、そっちは砂利道じゃなくて、土が剥き出しの道。大人じゃなく子供でも、二人並んで通るのは無理な道。両脇にボーボー生えてる下草を分け入って進む……みたいな」
少しわかりにくい説明ですが、いわゆる
「それで、せっかく見つけたから、そっちへ入ってみたんだけど……」
倉谷くんから最初の元気が消えて、少しだけ表情が暗くなりました。
少し不思議に思いながら、彼の話を聞いてみると……。
倉谷くん曰く。
少し進んだ先に茶色い門があった、という話でした。
「『茶色い』ってことは木造……? 神社やお寺の山門みたいな感じ……?」
「うん、たぶん木製だろうけど……。それに、山の中だからまさに『山門』って呼ぶべきかもしれないけど、でもそんな立派なやつじゃなくてさ。昔の漫画に出てくるような、昭和の古い家。それについてる裏木戸みたいな門だった」
なるほど「昭和の古い家」「裏木戸」と言われれば、なんとなくイメージできる気がします。
でも倉谷くんの話では、その『裏木戸』っぽい門は、それ自体がポツンと一つ建っているだけ。塀にも生垣にも繋がっていないから『門』や『裏木戸』として機能していない感じでした。
「僕たちの進む先を遮るかのように、道の真ん中にあるんだぜ。門は半分
いつもならば、いかにも男の子という感じで強がってみせる倉谷くんです。その倉谷くんが「ちょっと不気味」と言うのだから、よほど雰囲気が凄かったのでしょうね。
「それで、僕もタカシも、その場でちょっと足を止めて……」
『タカシ』というのは、倉谷くんの弟の名前。倉谷くんより三つ年下です。
「……門の向こう側をソーッと覗いてみたんだ。そうしたら、かなり先に、灰色の塊が見えてきて……」
灰色の塊。
そんな言い方をされても最初は、不気味さも怖さも伝わってきせんでした。
しかし……。
「……よく見ると、どうやらお地蔵様っぽいんだ」
「お地蔵様……? よく見ないとお地蔵様だってわからないくらい、遠くにあったの?」
「いや、遠くじゃない。ただ、僕たちの思ってた『お地蔵様』とは、ちょっと形が違ってたんだ。そのお地蔵様には、首から上がなかったんだ!」
「えっ? 壊れたお地蔵様だったの?」
なんだか私も、少し怖くなってきました。
「うん、雰囲気としては『壊れた』ってより『壊された』って感じ。そう思って見直せば、お地蔵様の足元に、それっぽい石の
ここで倉谷くんは、酷く心がざわついたそうです。
この門を
悪いものに憑かれたり祟られたりするだろう、と、
ところが倉谷くんが立ちすくんでいる間に、タカシくんが再び歩き始めて……。
「タカシのやつ、門の向こう側へ一歩、足を踏み出してしまって……!」
そんなタカシくんの肩をガッと掴んで、力尽くで引き留めた倉谷くん。
おかげでタカシくんも、門を完全に
「一歩だけだったから大丈夫、ってことかな。何にも憑かれたり祟られたりせずに済んだよ。もしも僕がタカシを止めなかったら……。うん、まさに運命の明暗を分ける、って場面だったね」
『運命の明暗を分ける』だなんて、ちょっと大袈裟でカッコつけた言い方ですね。
でも倉谷くんが時々そんなカッコつけた言い回しを使うのは、私もよく心得ています。いかにも倉谷くんらしいな、と心の中でクスッと苦笑。
自然に笑みが溢れて、おかげで怖さも吹き飛びました。それまでの怪談感も完全に消えたようです。
そんな私の雰囲気が、倉谷くんにも伝播したのでしょうか。
元々の明るい表情に戻って、倉谷くんは話を締めくくりました。
「そんな感じで、今年も楽しい一週間を過ごして……。お父さんの車で家族五人、みんな仲良く帰ってきたよ!」
ちょうどそのタイミングで先生が教室へ入ってきたので、そこで会話は終了となったのですが……。
最後の最後に、私は再び、しかも最大の恐怖に叩き込まれたのでした。
倉谷くんに聞き返したいけれど、口に出すのも
倉谷くんちの家族構成は、倉谷くんとタカシくんとご両親。四人のはずなのに『家族五人みんな』というのは、いったい誰を――どこで何を――連れてきてしまったのでしょうか……?
(「この門をくぐったら大変なことになる」完)
この門をくぐったら大変なことになる 烏川 ハル @haru_karasugawa
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