第46話
入ってきたのは曽良島だった。
「おいバカ、ノックしろよ」
と、続けて柳葉も。曽良島は「だって!」と慌てた様子だ。
「だって! 虹ヶ丘さんが!」
翔は二人に話を聞いた。
二人は女将さんから、姫奈が明け方に宿を出て行ったという話を、ちょうどさっき聞いたらしい。それともう一つ、曽良島には今すぐ翔に話したいことがあって、大急ぎでこの部屋に来たのだという。
柳葉は曽良島の付き添いらしい。
「で、話したいことってのが、これなんだよ」
曽良島はスマホの画面を翔に見せた。
「これは……、卒園アルバム?」
「そう。昨日帰ってから、物置部屋の奥にあるのを引っ張り出してきたんだ。どうしても気になっちゃって。だって、『ななせ』なんて苗字の子、よくよく考えてみたらいなかった気がしたから。で、このアルバム見たら分かったんだけど──」
スマホに映っているのは、その卒園アルバムの一ページ。園児の顔写真と、名前が一緒に載っている。
曽良島が二本指で画像を拡大する。映るのは、ある一人の女の子。
その子の名前は「そら」。そして苗字が。
「みなみの、だ」
翔がつぶやくと、曽良島は頷いた。
「うん。このアルバム見て分かったんだけど、やっぱり俺たちが知ってる『そらちゃん』の苗字は『みなみの』だったんだよ」
翔はひとまず、曽良島からその写真をシェアしてもらった。
「みなみのそらちゃんが、今どこにいるか二人は知ってる?」
しかし二人は首を振る。
「たぶん違う小学校にいったから、からないなあ」
「俺もだ」
「そうか……」
俯きそうになる翔。しかし、すぐに次の可能性を見出し、前を向く。まだ終わっていない。
「保育園時代の、他の同級生で連絡取れる人いる?」
翔の問いに対し、曽良島と柳葉は一瞬目を見開いた。
「SNSで連絡取れたのは昨日来てた人でほぼ全員──」
「いや待って尚政! 保育園の頃の連絡網、家に残ってるかもしれない!」
柳葉が何か言う前に、曽良島は「取ってくる!」と言いながら走りだしていた。
「二人はここで待ってて!」
それから30分くらいした後。息も絶え絶えの曽良島が翔の部屋に戻ってきた。
柳葉は曽良島の分の掃除をしなければならず仕事に戻っていたので、部屋には翔が一人でいた。
曽良島は握りしめた一枚の紙を、翔の胸の前に差し出した。
「あったよ連絡網!」
翔はそれを両手で大切に受け取る。十年近く前の紙だから文字が所々かすれているが、読めないことはない。真っ先に、「みなみのそら」の文字を見つけた。
「ありがとう曽良島」
曽良島は頭を掻きながら「いいってことよ」と笑顔を見せる。
「でも俺、仕事に戻らなきゃいけなくて。どうしよう」
「俺が一人で連絡とる。だから大丈夫。早く柳葉を手伝いに行ってあげて」
曽良島は連絡網を預けてすぐ仕事に向かった。
こうして翔は、一人で電話をすることになった。電話は相手の影の色が見えないから冷静に話せる分、言葉だけで説明しなければいけないから人見知りの翔にとって楽な作業ではない。
しかし今、そんなことは言ってられない。翔は連絡網の「ななせそら」の文字を見つめる。
もしかしたら、この電話一本でそらちゃんのことが分かるかもしれない。そんな希望を込めて南野家の電話番号を入力する。
呼び出し音が鳴る。
しかし、電話はつながらなかった。
だが翔は落ち込まない。切り替えて、すぐに次の電話をかけた。
結果的に、電話がつながったのは数人だけだった。さらに、そらちゃんのことを知っている人となると、さらに人数が絞られた。
だがその中で一人だけ、中学生までそらちゃんと友達だったという人を見つけることができた。厳密には、電話に出たのはその人の母親だったが、「あの子は今日、駅前あたりにいるはずだから、直接会って話すのはどうですか。私から話をしておくので」と言われ、急遽会うことになった。
約束の時間まで、もうあまり余裕が無い。
翔は慌てて、その人に会う準備を始めた。
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透明なままの恋 石花うめ @umimei_over
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