第2話
私は結束バンドを出して、スタンガンを有美さんの前に突きつけた。
「寝て」
私の言葉に有美さんは震えながら首を横に振る。
洗脳を解くには根気がいる。
分かって入るけど……拒否されるのは切ないよ……
私はスタンガンのスイッチを切って、代わりに思いっきり彼女の頬を平手打ちした。
目を覚ますには……これなんだよね。
マンガにも書いてあった。
5~6回叩くと有美さんは大声で泣き出したけど、大人しくなってくれたので急いで両手も結束バンドで固定する。
でもこれだけじゃ、出て行っちゃうかも……
そうだ。
これなら……
私って凄い。有美さんのためならいくらでもアイデアが出る。
私はサバイバルナイフを出すと、もう一度言った。
「寝て。三度は言わないからね」
有美さんは泣きながら寝転がった。
それを見ると、私はナイフで有美さんの服を切り裂いた。
彼女の真っ白な肌が、暗くなった部屋に入ってくる月明かりに浮かび上がる。
その産毛まで写る滑らかな白は、薄暗い光の中でくっきりと……まるで別の生き物のようにうねりながら動いた。
そのなまめかしさと汗の匂いは私の脳の奥を真っ赤に染めた。
「ねえ……私たち、友達だよね」
そうつぶやきながら、私は有美さんの服を全部剥ぎ取った。
肌の滑り、匂い、すすり泣き。
それらが一つになって私の何かを呼び起こす。
私は流されるように自分の着ている服を脱いで、お互い産まれたままの姿になった。
「有美さん……本当に綺麗。ねえ、友達だよね」
有美さんは小さく首を横に振る。
ナイフを頬に軽く当てる。
もちろん、友達に怪我なんてさせない。
でも、そんな事を考える自分がいじらしくて、思わずクスクス笑えてしまった。
すると、有美さんがビクッと身体を震わせたのも可愛らしい。
「友達だよね」
すると……有美さんが、小さく頷いた。
……え?
私は信じられない気持ちで、もう一度訪ねる。
「私たちって、友達なの?」
その言葉に有美さんは笑顔で何度も頷いた。
「……嬉しい」
やっと友達が出来た。
しかもこんな可愛いくて優しい子が。
頑張って良かった。
努力は報われるんだ。
私は嬉しくて嬉しくて、有美さんの体中にキスをした。
それでも収まらなくて、笑いながらベッドの前でクルクルと回った。
このマンションは有美さんが来たときのために防音の物件を選んだ。
だから、笑ったって騒いだって問題ない。
そう思うとさらに嬉しくなって、もっと大きな声で笑いながら回り続けた。
「有美さん、大好き! 愛してる! 私たちずっと親友だよ」
なぜか有美さんは真冬かと思うくらいに身体を震わせて、呆然とした感じで私を見ている。 今は真夏なのに変なの。
ま、いいか。
私たちは友達になった。
だったらもう裏切られることは無い。
離れられることは無いんだ。
だったら時間は一杯ある。
そう思うと気分が高ぶってきた。
私は有美さんの上に覆い被さり、彼女の綺麗な胸元をじっと見ると、優しくキスをした。
彼女の全てを感じたい……私の友達。
私は有美さんの肌にゆっくりと頬ずりしたり、唇や舌を這わせたり、噛みついたりした。
そうしてると、私の所有物に出来ているような。
買ってもらったオモチャに名前を書いたときのような、充実感を感じた。
そっか……有美さんは私の物なんだ。
「有美さん……私……幸せ」
それから夜中になるまで体中にキスや頬ずりを続けたり、ギュッと抱きついたりした。
さらにおどろいた事に有美さんは……誰にも汚されていなかった。
清いままの人だったのだ。
知らなかったとは言え、それも私がもらった。
親友でもここまではしない。
私達は心からの友だちになれたんだ……
その喜びのままに有美さんにキスをした。
舌を入れて口の中をじっくりと味わう。
有美さんの口の中は仄かに血の味がしたけど、それも適度に昂らせる。
その湧き上がる熱のままに、彼女の全てを味わい尽くして、心地良い疲れと共に有美さんを抱きしめながら呟いた。
「絶対、離れちゃダメだよ。離れたら……殺すからね。あなたもあの男も」
私の誠意がようやく通じたのだろうか。
由美さんはようやく私を受け入れて静かになってくれた。
でも、それからいくら話しかけても返事をしてくれない事に不満を感じる。
私はお人形が欲しいわけじゃない。
友達が欲しいんだ。
「ねえ、笑って。私に話しかけてよ。でないとあの男殺すからね」
そう言うと、由美さんはビクッと身体を震わせると声を上げて泣き始めた。
やがて、こわばった笑顔で笑いかけてくれるようになったので、物足りないながらもまあ、この程度で妥協するか、と思えるくらいにはなった。
「じゃあ食料品とかを買ってくるから。大人しくしててね」
そう言うと私は由美さんの両手足を縛って行った。
近くのスーパーで買い物を終え、帰ろうと思っていると通りがかった花屋さんでふと、薔薇の花に目が止まった。
なぜだかその強い存在感とたたずまいが由美さんに重なった。
そういえば一度も彼女にプレゼントをしたことが無かったな……
思い立ってその薔薇の花を1輪買った。
花をじっと見ながらマンションのエレベーターホールを上がり、自室のある階のエントランスに着くと、妙に騒がしい。
どうしたんだろ……
嫌な予感がして駆け出すと、そこには裸の由美さんが半狂乱になりながら他の住民に訴えかけていた。
助けて、と言っている。
そんな……
私は頭がくらくらするように感じた。
このままでは……まずい!
私は急いで二人に駆け寄った。
「すいません。ちょっといいですか」
満面の笑みで話しかけた私に住民の女性は怯えたような顔で言った。
「あなた、この人のお連れさんですか? さっきから何言ってるか分からなくて……ずっと助けてって……」
「この人に捕まってるんです! 警察呼んでください! お願い……」
私は何かが降りてきたのだろう。
自分でも驚くほどの冷静さで笑みを浮かべると言った。
「すいません。実は……私たち、同姓ですけどお付き合いしてて……結構大きな喧嘩をしちゃったんです。それで彼女、当てつけにこんな事を……ゴメンなさい」
「……そんな……違う! 違うんです! 本当に……」
「ねえ、由美さん。もういいでしょ? 私、浮気なんてしてないよ。だからいい加減機嫌直して。はい、薔薇の花。買ってきたんだよ」
住民の女性は元々面倒だったのだろうし、厄介ごとに巻き込まれたくなかったのだろう。
天は私に味方したようで、彼女はため息をつくとその場を立ち去った。
彼女は驚くほど綺麗な人だったので、つい目を奪われてしまう。
ああ……あんな人と仲良くなれたらな……
私は、彼女が部屋に入るのを見届けると、逃げ出そうとする由美さんに再度スタンガンを使った。
そしてグッタリする彼女を、引きずって部屋に戻った。
私はベッドに由美さんをしっかりと縛りつけると、彼女をにらみつけた。
結局彼女は友達なんかじゃなかった。
私は……裏切られたんだ。
元々、友達だと思ってたのは私だけだった。
そう思った途端、口の中がパサパサになって酷く喉が渇く。
そして、変なすっぱいものが広がっていくようだ。
許せない……
そう思いながら由美さんの一糸まとわぬ身体を見ているうち、ふと思い立った。
そうだ。
私には新しい友達が居るじゃないか。
運命の出会いを神様が新しく用意してくれた。
そうだ!
ダメだったものにこだわる必要は無い。
失敗したのはあきらめてポイッと捨ててしまおう。
そして新しく挑戦するんだ……
そう思っていると、由美さんが目を覚まして、大声で泣き叫び始めた。
「ごめんなさい……もうしないから許して!」
私はニッコリと由美さんに笑いかけた。
「もういいよ、由美さん。今までありがとう。あなたを解放してあげる」
その言葉に由美さんは目を大きく見開いた。
「……ほん……と?」
「ええ、本当よ。もうあなたを友達なんて思わない。あなたには興味なくなったもん。だから私たちはもうおしまい。全部おしまい」
見る見る由美さんの目に生気が蘇り、涙が溢れ出した。
「私……誰にも言いません。あなたの事は誰にも言いませんから……」
その言葉に私はキョトンとした表情を浮かべてしまった。
え? 何言ってるの?
「……それ、どういうこと? あなたを逃がしてあげるなんて一言も言ってない」
呆然とする由美さんの両手足の結束バンドを再度しっかりと締めなおすと、私はそのまま荷物をつめたバッグを持った。
「さよなら、由美さん。私は今からお引越し。新しく友達になりたい人を見つけたの。あの人と心からのお友達になって見せるわ。あなたと違ってね」
色々と察したんだろう。
声にならない悲鳴を上げる由美さんをチラッと見ると、私は「じゃあね、お元気で」とだけ声をかけるとそのまま部屋を出て行った。
どこか部屋をもう一つ借りないとね。
そしてあの人と心からの親友になるんだ。
新しい出会いにワクワクしながら、私はさっきの住民の女性が入った部屋を見た。
807号室か。
よろしくね、私たち……ずっと親友だよね。
【完】
有美さんは友達 京野 薫 @kkyono
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