有美さんは友達

京野 薫

第1話

 最近明るくなったね。

 仕事も前向きになってるし、良い感じだよ。

 

 そんな言葉をかけられることが増えた。

 私はその度、くすぐったくなるような心地よさを感じつつ「有り難うございます。最近なぜか急にお仕事が楽しくなってきて」と半分ホントで半分嘘の混じった返事をする。


 仕事が楽しくなったのは本当だ。

 最近前向きになってるのも。

 でも、仕事が「なぜか」楽しくなったと言うのは嘘だ。

 ちゃんと理由がある。

 

 それは家で待ってる人が居てくれるから。


 私は定時になったのを確認すると、いそいそとタイムカードを押して駅のホームへ向かう。 前まではこんなの考えられなかった。

 一人の暗く寒々とした家に帰りたくなくて、意味も無く残業していた。

 それが……人って変わる物だな。

 私は思わずニッコリとする。


 あ、そうだ。

 お土産買ってってあげよ。

 あの人、たい焼き好きだって言ってたな。

 家で友達が待っている。

 しかもそれが私の憧れていた人。

 夢みたいだ。

 行動に移して良かった。

 ドキドキしたけど、案ずるより産むが易しだ。


 最近引っ越したマンションに入る。

 貯金だけは頑張ってやってたから、彼女にずっと居てもらうためのお城も用意できた。

 努力は裏切らない。

 マンションを見上げると、胸が心地よくときめくのを感じた。

 子供の頃以来だな……

 誕生日とかクリスマスに家に帰るときのあの感じ……

 でも、それにも負けてない。

 

 私には友達が居る。


 ドアを開けて「ただいま」と言うと、いそいそと中に入る。


「ゴメンね、遅くなって。寂しかったでしょ? その代わり……たい焼き! 有美ちゃんの大好きな春風堂の。一緒に食べよ」


 そう言いながらはやる気持ちのままに、奥の部屋のドアを開ける。

 私の友達。絶対裏切らない友達。


 その友達……篠山有美しのやまゆみさんは両足を結束バンドで縛られたまま、ベッドに寝転がっていた。 


「ねえ……ここから出して……下さい」


 泣きながら訴えかける有美さんを見ながら、私は「ただいま」と弾むような口調で言った。


 ※


 私は子供の頃からさみしがり屋だった。

 一人になることに言いようのない恐怖に近い気持ちを持っていた。

 だから、ずっと「いかに嫌われないようにするか」ばかり考えていた。

 ドラマやマンガ、小説に出てくる「固い絆で結ばれた親友」

 それは私にとって、ファンタジーの世界の登場人物に見えた。

 私にもそんな人が居てくれたら……


 でも、巡り合わせが悪いのか私には親友どころか、友達も居なかった。

 必死で努力した。

 気に入られるように周囲に全力で合わせたし、話題だって好きでも無いのに音楽も本も、動画配信も調べた。

 マニュアルとしては、上手くいくはずだったのに……


 でも周りを見ると誰も居ない。

 何で? 一生懸命原因を考えても分からない。

 ふと見ると、何の努力もしていない子がいつも決まった子と一緒に居る。

 SNSを見ると「親友に話を何時間でも聞いてもらった」と。

 

 それを見聞きするたび、悔しさと悲しさで泣きそうになる。

 私だって、そういう存在を求めてるのに。

 辛いときにずっと話を聞いて欲しい。

 そばで支えて欲しい。

 ギュッとして欲しい。

 私が同性愛者だからだろうか?

 それで女性しか愛せないから?

 でも……愛があればそんなの……

 私は頑張ってる。

 

 彼女なんていらない。

 ただ……親友が欲しい。

 絶対裏切らない。

 私だけを見て、私だけを支えてくれる。

 変わらない私だけの味方。


 彼女……篠山有美は大学時代、私と同じ文芸サークルに居た。

 私も彼女も文芸サークルとは言いながら、作品を書く才能が無くてお互い好きな本を読むだけだったけど、私は有美さんと話せるだけで満足だった。

 小説やマンガから抜け出たみたいな、可愛らしい容姿に心地よい笑い声。

 誰に対しても包み込むようなお母さんみたいな優しさ。


 そんな彼女は私とラインを交換してくれた。

 夢のようだった。

 私が……ラインを……

 それ以来、有美さんの事を夢に見るようになった。


 私は彼女と本当に友達になりたかった。

 一緒にいつでも一緒に居られたら。

 お互い、人に言えないような心の内を話し合えたら。

 どんなに楽しいだろう……


 何度も声をかけたけど、私の調べた流行り物には有美さんは興味を示さなかった。

 有美さんの好きな物を知りたかったけど、どうやって知れば良いのか分からなかった。

 どうしても知りたくて、彼女のバイトの後や休みの日に自宅の前まで行ってみた。

 もっと彼女と深く繋がりたい。

 だったら頑張らなきゃ!

 普通の事してたら親友なんて出来ない。


 就活の時期、有美さんと一緒の職場になりたくて一緒の会社の面接に行ったりしたけど、なぜか途中から彼女は面接先を教えてくれなくなった。

 卒業後、お互い別の職場になったけど、どこでお仕事してるか教えてくれなかったので、有美さんの職場を興信所を使って調べて、中途採用の面接を受けたけど落ちた。

 悔しくて悲しくて、有美さんにその事をラインした。

 親友である彼女に対して、こんなに強い思いを持っている。

 そんな私に有美さんはきっと感激してくれるだろう。

 もしかしたら、人事の人に掛け合ってくれるかも知れない。


 そんな期待を込めてラインした私は……彼女にブロックされた。


 呆然とした。

 それまでキラキラしてた世界が急にくすんで見えた。

 嫌な汗が止まらない。

 私……拒否された?

 友達じゃ……無くなった?


 誤解を解かなきゃ!

 有美ちゃん……私たちって親友だよね……

 会社を休んで、有美さんの職場に行ってみると、見知らぬ男性が出てきて言った。


 有美は君のことを怖がっている。

 もう付きまとうのを止めてくれないか。

 彼女は半年後に僕と結婚する予定なんだ。

 これ以上付きまとうなら、警察に相談する。


 ケイサツ……?

 なんで……


「私、有美さんの友達なんです。友達の事を気にかけて何が悪いんですか?」


「友達」の部分を強調して言うと、心地よい。 

 そうだ。私は有美さんの友達なんだ。

 でも、目の前の男は大げさにため息をついた。


「これが最後です。ハッキリ言います。有美はあなたに会いたくない、と言っている。あなたがストーカーだと。なので次はない。これ以上有美を怖がらせたら、警察に連絡する。分かったら帰れ」


 そう言うと、目のまでドアを閉めた。


 ストーカー?

 誰?

 ストーカー……

 それって……私?

 そんな訳ない。

 ストーカーってもっとおかしな人でしょ?

 私みたいに、誠実に有美さんを守りたい。守って支えてあげたいと思って、その努力も惜しまない人の事じゃないよ。

 

 会いたくない……誰と?

 まさか……え? そんな訳ない。

 友達と会いたくないって、そんなのどこのマンガや小説にも書いてない……

 うん、そうだ。

 今までの事を振り返ると、私みたいな人がストーカーなんて、そんな展開は小説やドラマでも無いはず。

 私は付きまとったりしてない。

 何百回も電話やメールしてないし、彼女の家に忍び込んだりもしてない。

 うん! だったら違う。ストーカーなんかじゃないよね。

 

 でも……だったら……なんで。

 ああ、こういうとき相談できる親友がいたら……

 そしたらきっと「あなたは悪くない。あの男が有美って子をそそのかして、有美って子は勘違いしちゃってるんだ」って言ってくれるのに……

 

 悔しい。

 なんで私にはそういう人が居ないの?

 私、何も間違ってない。

 ずっとずっと、頑張って正しいことをしてきた。

 なのに、なんで……


 泣きそうになった私の中にフッと何かが降りてきた。

 そうだ。

 私と有美さんに足りなかった物。

 それは、時間。

 思えばお互いこれまでゆっくりお話しして、胸の内をさらけ出す機会を持てなかった。

 そうだよ!

 小説やマンガでも、お互いトコトン話してさらけ出して友達から親友になった。

 

 そうだったんだ……

 そうしなきゃ行けなかった。

 でも、そうなるとあの男が邪魔だ。

 アイツがいると有美さんとゆっくり話せない。

 有美さんと二人きりになりたい。

 それも長い時間、誰にも邪魔されず。

 どうすれば……


 あれこれ悩んだ私は、素晴らしいアイデアを思いついた。

 これなら……全て丸く収まる。

 きっと……上手くいく。

 

 私は早速必要な物を買うために、ネットで調べ始めた。


 ※


「有美さん、大丈夫? スタンガンなんて使っちゃってゴメンね。脇腹……痛かったよね?」


 昨日の夜、会社から帰って来た有美さんをアパートの前で待ち伏せして、スタンガンを使った。

 動けなくなったのを確認した私は、急いで彼女を車に乗せると自宅のマンションまで向かった。


 駐車場に入った私は有美さんに着いてきて欲しいと言ったけど、なぜか彼女は泣き叫んだのでイラッときて、2つ目にネットで買った大きめのサバイバルナイフを見せた。

 ごめんね、こんな事したくなかったけど……

 それでも暴れるので、メリケンサックを着けて身体を数回殴ったらやっと落ち着いてくれた。

 

 私はゆっくりお話ししたいだけ。

 分からず屋の友達を、叩いて落ち着かせるのってマンガや小説でもよく見る。

 だからこのくらいいいよね…… 

 

 そのまま有美さんと部屋に入ると、すぐに結束バンドで両足を締めた。

 これでゆっくり胸の内を話し合える……

 時間をかければきっと、私たちは最高の親友になれる。

 だって、こんなに情熱を持ってる人っている?

 有美さんのためなら……いくらでも強くなれるんだよ。

 

「痛い……アチコチ痛いの。ねえ、お願いだからお家に帰して。……克也の所に帰してよ! ストーカー!」


 私は呆然とその言葉を聞いていた。

 有美さん……大学の頃はそんなじゃなかった。

 いっつも可愛らしく笑って、お日様のように暖かくて……

 恋は盲目って言うけど本当だ。

 克也っていうあの時の男にすっかり洗脳されちゃったんだ……


 頑張らないと。

 覚悟を決めて有美さんを介抱するんだ。

 そして……私たちは心の奥から繋がる親友になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る