白雪姫

洞貝 渉

白雪姫

 7回の人生の中で、一度もやっていないことがある。

 それは、継母の女王さまのお部屋に忍び込むこと。


「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ」

「女王さま、あなたこそ、お国でいちばんうつくしい」

 鏡に太鼓判を押された女王さまは満足そうに、そしてどこかほっとしたように部屋を出て行った。

 残されたのは、物陰に隠れた私と、私が7回も死ぬこととなった元凶の、壁にかかった鏡だけ。

 8回目の人生の私は手に持った金づちをぎゅっと握りしめる。



 1回目の人生はあっという間だった。7歳になってからすぐ、女王さまからの嫌がらせが始まり、ある日唐突に狩人に森へ連れ出されて殺されてしまった。

 何が起こるか知っていた2回目の人生では、手持ちのありったけの宝石を持ち出し、狩人にわたして命乞いをして、何とか見逃してもらった。でも、森をさ迷っているうちに足を滑らせ、頭を強く打って死んでしまった。

 3回目の人生では、狩人と足元の悪い森の地面に気を付け、なんとか無人の小人の家までたどり着いた。7つの小さなお皿、7つの小さな杯、7つの小さな寝床。空腹で疲れ切っていたけれども、家主のいない家で勝手なことはできない。私は空腹も疲れも我慢して家の人が帰るのを待っていたが、とうとう限界がきてぱったり倒れて死んでしまった。


 4回目の人生では過度な我慢は良くないと、小人の家に着くなり、7つの小さなお皿と7つの小さな杯から一口ずつ食事をもらい、7つの小さな寝床のうち、一番体に合ったサイズのものを選んで使わせてもらった。翌朝、無事に目覚めると、小人たちは私が起きるのを待っていた。

 てっきり7人の小人が住んでいるものと思っていたのに、そこにいたのはたった4人の小人だった。

「おまえさんの名まえはなんというのかな」

「私の名まえは、白雪姫というのです」

 継母の女王さまに嫌われてしまい、命を受けた狩人に殺されかけたけれど見逃してもらってここまで来たのだと説明すると、小人たちは大変同情してくれた。

「もしも、おまえさんが、わしたちの家の中のしごとをちゃんと引きうけて、にたきもすれば、おとこものべるし、せんたくも、ぬいものも、あみものも、きちんときれいにする気があれば、わしたちは、おまえさんを家うちにおいてあげて、なんにもふそくのないようにしてあげるんだが」

「どうぞ、おねがいします」

 こうして、私は小人たちの家に住まわせてもらうことになる。

 しばらくは穏やかな日々が続いた。慣れない家事には辟易したけれど、嫌がらせをされたり殺されそうになったりするよりも何万倍もいい。

 ある日、トントンと戸を叩く者が現れた。小人たちが帰る時間ではないし、誰だろうと対応すると、それは中年の物売りの女性だった。

「上等な品で、きれいな品を持ってきました。いろいろかわったしめひもがあります。おじょうさんには、よくにあうことでしょう。さあ、わたしがひとつよくむすんであげましょう」

 言うが否や、その女性はすばやくしめひもを首にまきつけてきて、強くしめた。それで私の4回目の人生は終わってしまった。


 5回目の人生も、前世の記憶を頼りに途中までは上手く切り抜けたと思う。ただ、小人の人数が4人から3人に減っていたのだけは気がかりだったけれど。中年女性のしめひも売りが来た時には、徹底的に居留守をしてやり過ごした。

 でも、その次に来た物売りにはうっかり気を許してしまった。

 とてもきれいな細工の施された櫛を見て、いっぺんに欲しくなってしまったのだ。おばさんが笑顔で、「では、わたしが、ひとつ、いいぐあいに髪をといてあげましょう」なんて言うものだから、嬉しくなってしゃがみ込んでしまう。おばさんが櫛で私の頭を軽く刺すと、櫛の先にしみ込んだ毒がまわり、あっという間に死んでしまった。


 6回目にもなると、だんだん慣れてくる。2人になった小人たちも変わらず優しく接してくれたし、しめひも売りも櫛売りも相手にしなかった。

 ……だけど、またもや油断してしまった。三人目の物売りは、百姓のおかみさんで、艶やかなりんごを売りに来た。

「おまえさんは、毒でもはいっていると思いなさるのかね。まあ、ごらんなさい。このとおり、二つに切って、半分はわたしがたべましょう。よくうれた赤い方を、おまえさんおあがりなさい」

 百姓のおかみさんが言って、りんごを半分に切って、片方をむしゃむしゃとおいしそうに食べた。私はたまらず、残った半分を食べてしまう。毒りんごを口にした瞬間、猛毒で私は死んでしまった。


 そして、7回目。小人はたった1人きりになっていた。ここにきて私は、この小人たちはやはり7人いたのだと確信する。どんな理屈かはわからない。けれども、私が死ぬたびに7歳を迎える少し前の時間に戻るのは、この小人が私の代わりに犠牲になっているおかげなのではないか。

 私は気を引き締めた。せめて最後に残ったこの小人に恩返しがしたかったし、これ以上は死んではいけないと強く思った。しめひもも櫛もりんごも徹底的に拒否したし、家事にもよりいっそう力を入れた。

 次に物売りが来ても決して気を許さないと思っていたのだけれど、やって来たのは物売りではなく森に迷い込んだ王子だった。

 王子は一目見て私を気に入ってくれた。小人もそうしなさいと言ったので、私は王子と結婚することになる。

 私と王子の婚礼式に、あの継母も招かれたそうだ。事情を話せば、女王さまは招かれなかったかもしれないし、なんなら、厳罰に処されていたのかもしれない。でも、私はもう不穏な話はこりごりだ。私の望みは危険のない平穏な生活。それに、腐ってもあの女王さまは私の義理のお母さまなのだ。

 心にモヤモヤしたものが無かったわけではないが、そんな思いから王子には何も言わなかった。

 それがまずかった。

 婚礼式で女王さまは、私に憎しみのありったけぶつけるように呪いの言葉を吐き、私はあっけなく死んでしまった。


 

 8回目の人生。おそらく小人はいなくなっているであろう、最後の人生。

 あと数日で7歳を迎える私は、金づちを握りしめて鏡の前に立っていた。

 すぐにでも壊してやるつもりだったけれど、少しだけ考えてみて、女王さまを真似て言葉を投げかけてみる。

「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。あなたの言う、うつくしいって、なに?」

「うつくしいとは、女王さまのこと。女王さまこそ、お国でいちばんうつくしい」

「でも、7歳になった私が女王さまよりうつくしくなるって聞いたわ」

 7回目の人生で、女王さまが呪いの言葉を吐き出しながら、言っていた。本当のことしか言わない鏡が、白雪姫の方が千倍もうつくしいと言ったのだと。

「女王さまはうつくしいのでしょう。私もあのお方はとてもうつくしいと思うの。だから、私はうつくしいのではなく、可愛いの方がいいわ」

「……うつくしいとは、女王さまのこと。女王さまこそ、お国でいちばんうつくしい」

「いい? この私、白雪姫が7歳を迎えても、いちばんうつくしいのは女王さま。私はうつくしいのではなく可愛いの。わかった?」

「……」

 答えを返さない鏡に、すっと金づちを振り上げる。

「そう、わからないならしょうがないわね」

「……うつくしいとは、女王さまのこと。女王さまこそ、お国でいちばんうつくしい。そして白雪姫はいくつになってもうつくしくなるのではなく、可愛い」

「そう、それでいいの」


 鏡を壊せば、女王さまはきっと癇癪を起こす。自分がこの国でいちばんうつくしいと確認できなくなり、不安定になって、最悪この国の女性を皆殺しにでもしかねない。それくらいのことをしそうなくらい、7回目の人生の婚礼式で見た女王さまは怒り狂っていた。

 鏡を説得した私は女王さまの部屋を後にして、自室に戻り、ありったけの宝石をかき集め、城を抜け出す。

 おそらくこれで、鏡の言葉から女王さまに命を狙われることは無くなったのだけれど、私は既に7回も死んでいる。鏡の言葉がなくとも、いつか女王さまの逆鱗に触れて殺されてしまう可能性だってあるわけだし、ここにはもう、安全なんてありはしない。


 森に入り、小人の家に向かう。

 小人の家に着くなり、7つの小さなお皿と7つの小さな杯から一口ずつ食事をもらい、7つの小さな寝床のうち、一番体に合ったサイズのものを選んで使わせてもらった。翌朝、目覚めても、小人たちは私が起きるのを待っていなかった。

 数日、家事をしながら小人を待ってみたけれど、まるで初めから小人なんていなかったかのようだった。

 このままここで暮らしていれば、じきに王子が迷い込んでくることだろう。


 

 私は王子を待たずに、荷物をまとめて森を出ることにした。

 資金なら、城を出る時に持ち出した宝石がある。

 8回目の人生。おそらく次はない、私の最後の人生。

 さて、どこに行こうか。

 森も素敵だったけれど、次は海にでも行ってみようかしら。


 今度こそ、死ぬまで生きて、最後の最後まで他人に邪魔されずに人生踊り切ってみましょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白雪姫 洞貝 渉 @horagai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ