共感覚

篠ノサウロ

百話目

注意

 この作品は、いじめ等の他者に対して危害を与えることを推奨する作品ではございません。



 百物語をしよう、なんて言い出した所は、俺たちにしては夏らしいことをしてるなぁとは思いつつ、あまりにも自明かつ深刻な問題が起きているな。


 ズバリ、ネタ切れだ。俺たちがおっさんおばさんならどうだか知らないけども、まだ十代二十代の大学生が十人集まったところで、百話を埋め尽くせるだけの恐怖エピソードが集まるわけがない。一人十話だぜ、ホラー限定で。


 まぁ別に非難するつもりはない。何が言いたいかっていうと、襲い来る睡魔とネタ切れに対して立ち向かった我々を褒め称えたいと思うんだ。我々の文才に乾杯!ははは……


 マジで人生で二度目に友情を感じた瞬間だよ。最初は小学校の頃、そのとき仲良くしていた親友と、一緒に塩素系洗剤と酸性洗剤を混ぜようとしたときだな。罪悪感、恐怖の共有は友情の基本なような気がするね。いや、そのとき感じてたのは先生に怒られる恐怖だったかな。実際、実現した訳だし。


 その親友は別の学校から来たんだ。前の学校では所謂いじめられっ子だったらしい。だから陰キャというレッテルを貼られるような俺と特に気があったんだろうな。


 そうそう、いじめに原因を求める大人がよくいるが、あんなのに原因なんてないよ。何か特殊な理由があるってことにしたいみたいだけれど、所詮あんなのは集団の中でのごくありふれた現象、それも原始的な異物排除の本能なんじゃないかな。まぁボクがいじめっ子に対して偏見、もとい見下しがあるからなのかもね。極端なことを言うと、ボクは彼等を人間扱いしていないのさ。


 どうした、なんか変なこと言ったか?あぁ、確かに話が脱線してたかもな。


 まぁ俺とそいつは親友と言えるほど仲が良かった。最初に言っておくが、悪行に手を染めたのは最初のあれぐらいだ、それ以外は男子小学生二人組にしてはとてつもなく真面目だったよ。そうだそうだ、色々な話をしたなぁ、例えば……あっおい、寝るなよお前ら。眠いのはわかるけどさ。


 もう、始まってるぜ。



 ……その日もいじめを受けていた親友は、しかしいつものやつよりもより過激だったらしい。何人にも羽交い締めにされて、気がついたら掃除用具庫に入れられてたそうだ。しかも普通の用具庫じゃあなくて、鍵付きだ。なぜ鍵が必要なのか本当に理解に苦しむけれども、兎に角人を閉じ込めることに特化したロッカーがあったんだ。ここでは構造の説明は省略するが、この鍵は外側からしか操作できない、内側からではどうしようもなかったというわけだ。


 普段なら、飽きたいじめっ子が帰った後にこっそり扉を開ければ済む話なのだが、鍵がかかっていて絶望したと、親友は言ってた。こうなると派手にぶち壊すか、誰か助けが来るのを待つしかない。


 心優しい親友は、いや心優しくなかったとしても大抵の人なら、問答無用で蹴破るのは躊躇いがあったそうだ。ならば助けを待とうか……と考えて、待っているうちになぜだかいきなり眠くなってきた。


 考えてみると、ここほど安全な場所も無かったのかもしれない。特有の臭さはあれど、匂いなんてすぐ慣れるし、そこにいる限りは危害を加えられることもないからな。なんて考えているうちに、すっかり眠りこけてしまったようだった。



 目覚めたら夜だ。こうなってから、見回りの先生を呼べばいいと気がついたが、もうそうこう言ってられない。急いで蹴破ることにした。早く帰らないとお母さんに心配されてしまう。


 そうやって思いきりは良かったものの、なかなかそう簡単にはいかなかったね。そもそも体勢がとりにくいし、の力では金具を壊すというのはかなりの難易度になる。


 とはいえ、築100年近い学校だ。ロッカーもそうとは限らないけれど、鍵はかなり劣化していたのだろう。見事に三発目でバコン、と破壊された。


 明日バレたらどうしよう、先生には例のあいつらって誤魔化すか……いやいやいや、正直に言っても責められはしないよな。などと考えながら、ボクは廊下を歩いていた。廊下にかかっていた時計を見て、そりゃあ驚いた。時刻は夜9時半。


 こうなるともう学校から出られるのかというのは不安が沸いてくる。だがそんなことは気にしても仕方がないので、とりあえず玄関に向かって歩くことにした。


 この辺でようやく、夜の学校の底知れぬ恐ろしさというのが体を伝う。灯りもなく、誰もいない、そんな廊下を、カーン、カーンと足音が反響する。一度ピチャ、ピチャ、ピチャなんて聞こえた時には、もう叫び出しそうなぐらい恐ろしい体験だった。それはただの水道の音だったのだけれども、そのこと気がつくまでは、本当に恐ろしいのは、君たちにも想像が着くだろう?


 蛇口をしっかり閉めて、トイレのドアが閉まっているのを確認し、そっと階段を降りて行って、一階に着いた。


 目の前には、赤い少女がいた。



 その時は、もう一周回って恐怖心など無かった。というより、ボクの心がもう完全にすり減っていた。意識もなんだか朦朧として、何者か尋ねることなど考えることすらできなかった。残っていたのは僅かな意識と、掠れた声、断末魔とも言うべきか。


「アァ、aAあ」

「君は、迷子だね」


 疑問形ではなく、断定形で赤い少女はそう言った。


「そう、君は迷っている。どうやらそれを認めようとしないみたいだけどね。まァここで会ったのもナニカの縁だ」

「亞ぁァ」

「君の、彼らに対する思い、見せてあげよう。しっかり直視することが必要だ」

「イィぃいやァ!、ボクは!」


 ふっと視界が暗くなる。あぁ、そうか、これは夢を見せられてるのか、となんとなく悟った。夢というのは不思議なもので、自分が客観的に見れる。その時のボクの夢もそうだった。ボクがボク自身の行動を見つめているというのは、夢と自覚しているならば、かなり奇妙な光景に映った。


 ボク、いや、その少年は、手に何かをもったまま走っている。走って走って走って走って走って走って走って走って、止まった。気がつくと、静かな森の中、そこにはあのいじめっ子たちが、穏やかに並んで眠っている。


 その少年はふっと穏やかに微笑んで、両腕を振りかぶる、その手に握られていたのは。


「ない、ふ……」

「やっと気が付いたかい、二つの意味で」


 赤い少女が微笑む。その微笑みは、さっきのボクのようだ。天使でもあり、あくまでもある、慈悲深く冷酷だ。


「君はずっと、ずっとずっとずーぅっと、彼らを」

「うぁあぁアaA阿!」


 冗談じゃない、ボクが、そんな汚い感情を持つわけない!悪いのはアイツらで、ボクは被害者だ!もちろんアイツらは嫌いだけど、別に死んで欲しい訳じゃ……


 あぁ、そんなことを考えてしまうこと自体、そういうことなのだろうな、と子供ながらに自己認識していた。認めよう、ボクも、アイツらと変わらない。殴って、抉って、それを笑顔で迎えられてしまうようなクズなんだ。


「願いを叶えてあげるよ。ハイ、これ藁人形」

「ぇえエ?」

「そこに釘を打ち付ければ、君の望む人間が望む不幸を被る。その代わり、使用者にも代償が降りかかるけどね。いやぁ古典的だね」


 気がつくと、右手に藁人形が握らされていた。左手には、十何本かの釘と金槌。正確には数えてないが、用意されているのが直感的に分かった。握りしめる手に、汗が滲む。その時代から、熱帯夜と騒がれていたから、暑さのせいだと思いたかった。


 あぁ、雨の音が聞こえてくる。暑くはない。なのに、湿度があって、何より冷や汗で気分が悪い、不快、あぁ、もう別にいいじゃないか。


「お、握ったねぇ、しっかり相手に降りかけたい呪いのイメージを持って、さぁ胸のところに」

「うるさい」


 カーン


「そうそう、しっかし『来年交通事故に遭う』かぁ、ちょっと弱いよねぇ」

「うるさ……っぐぁアaAa!」


 骨が折れたのがわかった、肋骨だ。痛いいたいイタイ、もう頭がおかしくなりそうだ。


「ふふふ、痛いよね?辛いよね?まだやる?やるよね?だって、キミハモウアトニハヒケナイモノ」

「うるさいうるさいうるさいうるさいっアアアアアアア!」

「おやおや、今願ったのは『亡霊に人格を乗っ取られる』か……」


 隣で今呪った内容を読み上げられながら、釘を使い切った時には、もうボクはボクが、ボクであるとわからなかった。


 頭の中で反響する、カーン、カーンいう金属音、赤い少女の笑い声。胸には、痛み、苦しみ、それを達成感が上回ることは決して無かった。


「フフフ、最後のが素晴らしいなァ、『存在がこの世から抹消される』かぁ。それを最後に持ってきたのは、センスがいいねェ?でも残念、今の君の残り香では効力を発揮するには何年経つのか……」


 そのさきはうっすらとしかきこえなかった、でもかんけいない。あいつがきえてくれるなら、ボクが……



 その後に玄関で倒れている少年が見つかって、病院に搬送された後に、死亡が確認されたらしい。そら、謎の多い事件だったから警察も捜査したけれど、真相は明らかになってないそうだ。人を呪わば穴ふたつ、なんてな。


 さぁ、これでの話も終わり、さぁ最後トリを飾るのは誰だっけ?


 あれ、おかしいな、。これじゃあ一人余分に話す必要があるか、誰がやる?


 ……まぁそうだよな、ネタもないよな。まぁ一話程度どうでもいいか。


 ファ〜、徹夜で話したから疲れた疲れた。んじゃ、この辺で寝るか。おやすみなーお前ら。元気に生きて帰ろよ。


 ……さてさて、なかなか面白いものが録れた気がする。これを文字に起こして小説のネタに、いや待て?そもそもこれは誰から聞いたんだ?そもそもなんで親友の名前を覚えてないんだ?というか前座とオチの間の記憶がないのは……


 あぁ、そうだな、この話そのものが百話目に相応しい。にしても、乗っ取られてたなら誰か言ってくれてもいいだろうにさ……

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