ヒキちゃんの予言

うろこ道

ヒキちゃんの予言

 わたしが小学校の時の話です。

 同級生にヒキちゃんと呼ばれている女の子がいました。渾名の由来は……今思うとひどい話なのですが、目がぎょろりと飛び出していて、口が大きく、ヒキガエルに似ているからでした。


 ヒキちゃんはちょっと変わった子でした。唐突に予言めいたことを言うのです。

 それは「火事になる」「親が死ぬ」といった不吉なものばかりで、しかも当たったためしがありませんでした。となればそれはただの悪口なわけで、かなり嫌われていました。いや、嫌われているというより、避けられていたと言ったほうが適切ですね。皆、不吉な予言をされたくなかったのです。それは予言というより、まるで呪いのようでした。

 わたしもヒキちゃんを避けていました。もちろん一方的に不吉な予言をされるのが怖かったのもありますが、彼女の、誰にどう思われようがかまわないといった態度が子供心に理解不能で、予言と同じくらい不気味だったのです。


 そんなヒキちゃんに、とうとう私も予言をされてしまいました。

 それは学校の掃除の時間でした。わたしはヒキちゃんと一緒に図工室の掃除係になってしまったのです。

 掃除中、予言をされたらどうしようと毎日戦々恐々としていました。本当に怖いし嫌でしかたなくて、給食の味もわからないほどでした。ヒキちゃんの予言は、

 その日、わたしとヒキちゃんは掃き掃除の当番でした。

 掃除の時間も終わりに近づいていて、わたしはヒキちゃんがしゃがみこんで押さえたちりとりにごみを掃き入れながら、「今日も何も言われずにすんだ……」とほっと胸をなでおろしました。

 その時でした。ふいにヒキちゃんがぐりんとこっちを見上げたのです。

 どこか焦点の合っていないまん丸の目を見た瞬間、血の気がすっと引いたのを覚えています。言われる、と雷にうたれたようにわかりました。

 ヒキちゃんは、あの特徴的な濁声だみごえでぼそっと呟きました。


「あんたんちの鯉さぁー、陸に上がって全部死ぬよ」


 あまりの荒唐無稽さに、思わずぽかんとしてしまいました。

 実際、うちの庭には広い池があり、色とりどりの鯉を何匹も飼っていて、父が手間暇をかけて可愛がっていました。

 でも、その鯉が陸にあがるなんて。

 一体、どうゆう状況でしょうか。天変地異でも起こるのかととても信じられる話ではありませんでした。

 怖いというより、なんというかもう、意味不明すぎて……。


 やはりそんな意味不明な怪異が起きることはなく、小学校を卒業しました。

 中学は持ち上がりで、ヒキちゃんとも一緒の学校だったはずなのに、彼女についての記憶は不思議とほとんどありません。ヒキちゃんが、中学ではぴたっと奇行に及ばなくなったからだと思います。

 これといった交流もなく中学も卒業し、わたしは高校生になりました。ヒキちゃんとも別の学校になり、そのまま予言のこともすっかり忘れて、部活や勉強に追われる日々を送っていました。

 そんな最中、ヒキちゃんを思い出す強烈な出来事が起こりました。

 災害級の豪雨があり、うちの池の水が溢れたのです。

 水が引いた後の池周辺には、何匹もの鯉が白い腹を見せてびちびちと跳ねていました。

 ぞっとしました。きっとヒキちゃんはこの光景を見たのだと。ただ、父の尽力で打ち上げられた鯉のほとんどは死なずに済んだのですが……。

 当時小学生のヒキちゃんには本当に未来が見えたのではないのでしょうか。何年も先の未来ゆえに、誰も信じてくれなかっただけで。

 大人になった今、ヒキちゃんの予言を実感している同級生も何人もいるかもしれません。

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