光、あるいは大好きな私のイケボ

清見こうじ

光、あるいは大好きな私のイケボ

 光あれ、って言ったの、神様だっけか?


 どこかで聞いた覚えがある。


 つまり、光って、みんなが神様からもらえるはずのギフトってことだよね?

 だって、多分個人に向けて授けたわけじゃないと思うし。



 って言ったら、ユウちゃんが、


「そりゃそうだ。それって、『天地創造』の話だろ? 多分、まだ人類作られてない時だと思うぞ」


 って教えてくれた。


 そっか、これって、ユウちゃんから聞いたんだもんね。

 


「で、それがどうしたの?」


 きょとんとした声でそう聞いてくるから、私も律儀に答えた。


「ん? いやさ、その神様がみんなにくれたギフトがもらえない人もいるんだってこと」

「……いや、まあ、そもそもギフトじゃないし、光そのものは……まあ、そこにはあるし……」


 言いよどむユウちゃんに、あ、これは困らせたなって少し反省。


「まあ、あるよね。光って、そもそも物じゃないし」

「そう、ある、は、ある」


 あっけらかんと答えたら、ホッとしたようなユウちゃんの声。


 マズイマズイ。

 別に、そこまで思い詰めて言ったつもりはなかったんだけど。

 ホントは、違う話をしたかったんだよ。


「色んなものを、さ」

「ん?」


「人間って、色んなものを、もらえたりもらえなかったり、するわけじゃん?」

「まあ、そうだね」


「もらえなかったものを、もらえなかったー! って悔しく思うのは、まあ、仕方ないって思うのさ。てか、そこは許して欲しいのさ」

「あ、はい」


「でも、もらえたものに対して、ちゃんともらえて嬉しいってことも、ちゃんと思うわけです」

「あ、うん」


 ユウちゃんは、なんだかよく分からない、って声で、でもちゃんと返事してくれる。

 

「例えば、ユウちゃんは前に、アニメのヒーローみたいなハツラツとした声じゃないって言ってたけど、私からしたら、低いけどよく響いて、とっても癒される声なわけです」


「いや、そんなこと言ったっけ?」

「覚えてないならそれでよろし。大事なのは、ユウちゃんは、とってもいい声で、私はその声が大好きだってことです」

「え、あ、いや、その……ありがとうございます」


 何だかすごく照れてる声。

 そんなに恥ずかしがる内容かな?

 わりといつも言ってる気がするけど。


「いや、なんか、今日の、このタイミングで言われると……なんか、照れる」

「そんなもん?」

「そんなもん」

「まあ、いいや。とにかく、他にもいい声の人はたくさんいるけど、ユウちゃんの声は、まるで暗闇の中で光ってる『蜘蛛の糸』みたいな、きっとそんな感じの、とっても特別で、とっても尊い、大事なものなんだってこと」


「『蜘蛛の糸』って喩えは、ちょっと……」


「地獄に落ちた罪人ですら救ってくれようとするんだよ? めっちゃスゴいじゃん?」

「いや、だから、そんな大層なものじゃ……」


「私にとっては、そのくらい、大層なものなの! だから……欲張ったら、切れそうで、ちょっと怖い」


「……」


「神様にもらえなかった光を、ユウちゃんは、くれたの。それだけでありがたいのに、一人占めしたら、罰が当たるんじゃって、……怖いんだよぉ」



 ヤバっ! なぜか涙が出てきちゃった。

 ちゃんと使えてないのに、涙だけは出るんだ、この目は!


 思わず両手で顔を覆い、その拍子に、カラン、と杖が転がる音がした。


「……怖がらないで」


 立ち上がった気配から、ユウちゃんが杖を拾ってくれたのが分かった。


 ユウちゃんが一緒の時も、ずっと連れて歩いてきた、見たことないけど、白い、杖。


「怖くないよ。『蜘蛛の糸』は、他の罪人を蹴落として一人占めにしようとしたから切れちゃったんだ。僕の『蜘蛛の糸』は、なっちゃん専用だから、一人占めしていいんだよ」


 再び左横に座って、優しく、囁く。


「……いいの?」

「うん。むしろ、他の人にあげる気は全くない。声は他の人にも聞こえちゃうけど、僕が、僕の声を一番たくさん聞いてもらいたいのは、なっちゃんだよ。だから」


 くしゃっ、と、頭を撫でる、ユウちゃんの手のひら。


 そのまま頬をつたって、私の下まぶたを指先でこする感触。


 昔よりずっと大きくなったけど、ずっと温かい、ユウちゃんの手。


「改めて。僕と結婚してください。君には見えなくても、君の回りにはちゃんと光があることを、ちゃんと君に伝えるから。君の知りたい物語を、これからも君に話して聞かせるから。僕を、君の、『目』にしてください」


 優しくて、温かくて、とても癒される、低い声。

 大好きな、大好きな、ユウちゃんの、声。


 暗闇でたったひとつ見える、私の、光。


 それに答える言葉は、たったひとつしか思い浮かばなかったから、勇気を出して、声にした。



「……はい」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光、あるいは大好きな私のイケボ 清見こうじ @nikoutako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ