後編『非倫理的下準備』
薄暗い密室。
目の前には、座り心地の悪そうなパイプ椅子に縛り付けられた、男が一人。
俺は、いつもの任務では使わない相棒とは別のスナイパーライフルを、杖のようにして汚い地面の上に突き立てている。
そうすること、はや三十分が経った。
男の名前は、デイヴ・スタッド。
しばしば、政界の重鎮、と呼ばれるが、それは表向きの顔。
裏では汚職に塗れ、違法薬物の流通に関与している。
小児性愛者としても知られ、
それにしても、なんて間抜けな様だ。
デイヴの口は、ダクトテープが貼られて閉ざされているので、言葉らしい言葉を発することはできない。
ちょっと、遊んでやるか。
俺は、スナイパーライフルを、ミシンの針の如く上下に勢いよく振り、その銃床を、硬い床の上に、ゴン、とひと突きする。
密室に音が響き、デイヴは体をびくつかせる。
「ンンン! ンンンア!」
おそらくデイヴは、誰だお前は、とでも言ったのだろう。
俺は、覆面を被っているので、素顔を確認することはできない。
念の為、声も、いくらか調子を変えている。この仕事をやる中で得た特技の一つだ。
よし、存分に恐怖を味わってもらったことだろうし、そろそろ、状況を説明してやろうか。
「何が起こっているのか、そして、これからお前はどうなるのか、説明してやる。まず、お前はある人間の恨みを買ってしまい、請負人である俺から、寝込みを襲われ誘拐された。誘拐からまだ、それほど時間は経っていない。周りはお前の失踪には、まだ気づいていないだろう。そしてここからは信じてもらえるかどうかわからないが…………先ほど、お前のDNAサンプルを採取し、今……お前のクローンを作成中だ。あと少しで出来上がるだろう。全くのお前の生き写しだ。便利なことにそのクローンは、記憶を自由にいじくることも、複雑な指令を吹き込むことも可能だ。そのクローンにお前本人を演じさせ、いつものように生活してもらうわけだが、実を言うと……その命は、あまり長くはない。要は殺すわけだ。その方法は、いつも決まっている。テレビの生放送やら大規模な集会なんかの、大勢のいる前で、つまり多くの証人の目の前で、殺す。俺が、直々にな。だが安心しろ、殺すのはあくまでクローンだけだ。こちらとしても、殺しの標的がただのクローンなら、心は痛まない。何せ、この世に元々存在しないし、法律上存在してはいけないのだからな。おっと、話が逸れたな。話を戻すと……目標本人は誘拐するだけで、殺さない。ただしデイヴ、お前は
とは言ったものの……大半は、耐えきれなくて自殺してしまうらしいがな。
「ンンン! ンンンンア!」
今のは、解読できなかったな。そろそろ……外してやるか。
俺は、デイヴの口に貼られたダクトテープを、勢いよく引き剥がした。
「おい! 誰がこの誘拐を依頼した!?」
ああ、そう言ったのか。
「ほぉ、心当たりがないのか?」
「……」
デイヴは、軽く俯き、黙りこくる。
その沈黙の意味するところは、わかるぞ。
『ない』だな。
「無理もない、お前は、誰のせいでこうなったのかさえわからないほど多くの人間を、敵に回してきたわけだ」
「フッ……お前の、言う通りだな」
なんだ、自覚はあるのか。
「なら、俺がさっき言った通りに、罪を償え」
「だが、どうやって生きていけと言うんだ? 私は世界中に顔が知れてしまっている。どこに行ってもすぐに、私はデイヴ・スタッドであると気づかれてしまう! 食っていけるはずがない!」
「……仕事が欲しいか?」
「私にでもできる仕事が……あるのか?」
そこで俺は、ゆっくりと、覆面を、脱ぎ捨てた。
「……あるぞ」
デイヴは、俺の素顔を見て、目を、大きく見開いた。
「お前、その顔……知っているぞ!?」
ああ、そのはずだ。
「だろうな。これでも、昔は良くテレビに映っていたからな」
そう。
俺は、とある素人参加番組の司会者だった。
そこにデイヴが、特別ゲストで来てくれたこともあったなぁ。
「なぜ……お前が、こんなことを? お前は数年前、テレビの生放送中、一般人に射殺されたはずでは……」
デイヴは混乱し、そう尋ねてくる。
「勘違いされちゃあ困るねぇ。あれは、俺じゃない」
「何を言ってる? どう言うことだ?」
「あれは……俺のクローンだよ」
「なるほ、ど。わかったぞ、さっきの『仕事がある』と言うのはつまり……」
「察しがいいな、そういうことだ」
俺は、デイヴにスナイパーライフルを手渡した。
〈完〉
偽装死専門家 加賀倉 創作【書く精】 @sousakukagakura
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