偽装死専門家

加賀倉 創作【書く精】

前編『予定調和』

 この辺りで、一番の高台。


 うつ伏せになって、腹をざらついたコンクリートの床に這わせる。

 群衆を見下ろす。

 それにしても、すごい人だな。

 正確には聞き取れないが、叫び声もちらほら。

 プラカードを持つものもいるが、俺はそこに書かれている内容に興味はない。

 この街一番の規模を誇る広場の中央には、即席の演壇が組まれている。

 今、ぴっちりとした紺色のスーツを着た小太りの男が壇に上がった。

 ヤツが今日の目標ターゲット、デイヴ・スタッドだ。

 俺に政治的信念は特に無いが、ヤツにあれ程の支持者がついているのは、どうしても理解できない、というのが本音だ。

 まぁ、あくまで俺は発注を受けただけで、ヤツに個人的な恨みは無いがな。

 俺の相棒は、旧ソ連製の軍用狙撃銃、ドラグノフ狙撃銃。

 よくある、一発打つ度に弾薬の装填と排出が必要なボルトアクション方式とは違って、十発までなら、引き金を引くたびに連続射撃が可能なセミオートマチックライフルだ。

 有効射程距離八〇〇メートル、ヤツは、十分その範囲内にいる。

 一二二五ミリメートルの全長の半分以上を占める長い銃身長。その肉薄にくうすさも相まって、銃口がブレやすく弾道が逸れる、との声もある。

 だが、使い慣れた俺にしてみれば、それもちょっとした味わいである。

 それに、今俺の右腕の上腕二頭筋に触れている、クルミ材の銃床の質感をとても気に入っているので、当分他のに浮気するつもりはない。

 銃全体のうちその一部分だけが、木製であるがゆえに経年劣化で飴色がかっているのにも、ひどく愛着があることだしな。

 おっと……余計な考えはそう。

 そろそろ、先週と秘密の打ち合わせで示し合わせていた時刻だ。

 なんと言っても……奴と俺は、共謀者グルだからな。

 よし、時は来た。

 俺は左目を瞑り、右目で照準器の単眼鏡を覗き込む。

 十字型の照準線レティクルに、目標であるデイヴの脳天を合わせて狙う。

 引き金に指をかけ……

 あとは、引くだけの簡単な作業。

 さよならだ、デイヴ。

 

 脳に一発。


 よし、命中。

 

 ドロッとした流体が飛散。

 

 次は心臓。

 

 そして肺。


 左。


 右。

 

 最後に肝臓。


 以上、五連発。


 照準器から目を離す。

 デイヴは、臓物と、血でまみれている。

 誰がどう見ても、デイヴは死んだ。

 わめき、入り乱れ、混乱する群衆。

 俺は相棒を片付け、静かに、高台を去った。


〈後編『非倫理的下準備』に続く〉

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