番外編
番外編 俺と夏芽と樹さん
「なつめ…?なんじゃそれ?」
偽樹さんがキョトンとして聞き返す。
「ほら、アナタの地球での名前よ。タクマ君も呼び方に困ってたし、季節の夏に植物の芽と書いて、夏芽でどうかしら?」
それに対して本物の樹さんが、にこっと笑顔で応えた。
「ね?可愛いでしょ?」
「お…おお…いいな、それ!!おーい、タクマ!!儂、夏芽じゃって!!心して呼ぶがよい!!許可するぞー!!わはははは」
「お、おうテンション高ぇな、この野郎…良かったな。夏芽」
満足げに居間に駆け込む夏芽、姉貴や弟にも名前を呼ばせ、ご満悦だ。本当に名前とは重要なものだなぁ。
俺の実家の食堂の中休み。テーブルを拭きながら俺は答える。そろそろ昼飯の時間だ。そこに夏芽が、
「こんな記念の日には、エビフライじゃろ!!な?エビフライ!!」
「残念、まかない飯の親子丼だ。悪いか?」
「おお!?それも美味そうな雰囲気じゃな!?」
夏芽はあの日以来、地球の食の虜だ。特にエビフライには物凄い執着を見せている。
二人がウチで働くようになって、素材、調理法など一層、気を遣うようになった。そのため、味には結構自信が出てきた。レパートリーも徐々に増えている。
『いただきます』
勢いよく親子丼をかき込む夏芽に対し、おしとやかに食べる樹さん。見習え夏芽よ。女子とはかくあらねば。
「皆の者、ちゅうもーくッ!!」
夏芽が声高らかに立ち上がる。何か良からぬことを企んでないか?…不安だ。こういう時のコイツは危険と経験が教えている。
「今、この食堂は岐路に立たされておる!!」
「…そうか?」
「今、この食堂は岐路に立たされておる!!」
「二回言うな」
夏芽の主張は続く。
「この食堂が更なるステップアップを図るには、様々な料理を学ばねばならん!!そうじゃな?タクマ」
「…まあ、間違いではないけど…」
何となくコイツの魂胆が察しがついてきた。
「と、いうわけで今度、繁華街で行われるグルメフェスに行き、他店の料理を食べて学ぶのはどうじゃ!?」
やはり。
「何言ってんだ。お前が食べたいだけだろ」
「ぬぐっ!?…ソ、ソンナコトナイヨー」
「お前って、嘘つけないよな。実は」
…まあ、止めるほどのことでもないか。樹さんも乗り気のようだ。夏芽の意見を取り入れることにした。
…夏芽が異様なまでに喜んでいたのが印象的だった。
俺は明日に備えて早めに床に就いたが、女子たちは何やら遅くまで、きゃいきゃい騒いでいた。
次の日の朝、騒いでいた理由が判明した。二人が目いっぱいオシャレをしている。流行のワンピースに梳かした髪が綺麗だ。元が良いだけに眩しく見える。
「ねえ、タクマ君。どうかな?変じゃないかな?」
「お…おう…よく似合ってるよ」
どうしても、樹さんにはドギマギしてしまう。笑顔が似合う!!
「なあなあタクマや。儂はどうじゃ?可愛かろう?」
「あー、可愛いな。馬子にも衣裳か」
「…お主、最近立場を忘れとるな?」
その夏芽のセリフは耳に入らない。樹さんに見惚れていた。
「じゃあ、姉貴。店の方は頼んだぜ」
「…いい?樹ちゃんとお近づきになるチャンスよ?」
「な!?…な、何でそんなことを…」
…もしかして、いろいろバレているのか?出立前に不安が広がる。こんな唐突に、言わんでもいいだろうに!!
ケタケタと笑う姉貴と弟に食堂を任せ、沿線の電車を乗り継ぎ、繁華街に着いた俺たち。この街のグルメフェスは和洋中は当然。異国の料理もスイーツも何でもござれだ。
「うわー、すげぇ観光客…。はぐれたら、事だな」
「なぁに。手をつなげば大丈夫じゃろ」
「へ?」
うおおおお!?い、樹さんと手を繋いでる!?こんな幸せなことが現実に!?ゆ、夢じゃないよな!?
まずは中華まん。トルティーヤに、クレープ。その他にも、いろいろ食べ歩いた。流石にレベルが高い。特にスイーツは目を見張るものがある。ウチでも採用しても良いかも知れない。
「じゃあ、あとは若者二人で。ははははは」
「あっ!?」
転送で姿を消す夏芽。そこに残るのは俺と樹さんのみ。
夏芽…。感謝と遺恨がないまぜだ…どうしてくれようぞ。
「あ…あの、さ…」
「う、うん…」
「とりあえず…日陰に行こうか…」
「そ、そうだね…」
とりあえず、近くの公園の木陰のベンチに腰掛ける、俺と樹さん。や、やべぇ…会話が出来ねぇ…。
その頃、夏芽はエボン星人の母艦に戻っていた。
「リーン、あの二人はどうなっとる?」
「…悪趣味な企みですね、長老」
「お主も出歯亀しとるじゃないか」
「私はいいんですよ、監査役ですから」
「動きはないのう…かー…勇気見せたらんかい!!」
「らぶこめ…期待していいんですよね?」
「さあのう?」
…30分後。
『………………………………』
『………………………………』
会話一切無し。
『ッッ阿呆かぁぁぁーーーーーーッッッッ!!』
その時、母艦のクルーの全エボン星人が激怒した。
ラブコメ以前の問題だ。目を見ることも出来ない。だが、こうして手を繋げていられるだけで、俺は天にも昇る気持ちだ。
そこに、背後から夏芽がすごすごと近寄ってくる。
『すぱぁぁーーーーーんッッッッ!!』
その勢いのまま、思いっきり俺の頭をはたきやがった。
「この大馬鹿者が!!せっかくの機会を作ったのに!!接吻の一つでもかまして男を見せんか!!らぶこめの『ら』にもなっとらん!!」
夏芽の怒りはごもっとも。だが、俺は…いや…そもそも…。
「せ、接吻!?な、何で俺が樹さんと…不純だろうが」
「子供か!!」
「ていうか、俺と樹さんはそういう関係じゃないぞ!?」
「かー…鈍感も鈍感じゃ。のう?樹や。お主もお主じゃ」
「はえ!?」
急に話を振られた樹さんは、変な声を上げた。分かるぞ、その気持ち。俺もそんな感じだ。
「お前が俺たちの何を知っているって言うんだ!!」
「そうよ!!私たちは清廉潔白な仲よ!!」
弁明すれば弁明するほど、虚しくなっていく。樹さんとの距離が、音を立てて遠のいているーーー!!
「ああ!!俺たちは何でもないぞ!!まだ…」
「そうよ!!私たちはまだ…ん?」
…まだ?ってことは?
「ほーう、ほうほう。まだということは予定はあるのじゃな?」
「い…いやいやいやいや!!その何だ!!えーと、あれだ!!」
「そうよ!!えー…これは…その…あれだよね!?」
とにかく取り乱す俺と樹さん。夏芽ははぁ~とため息をつき、
「まあ、いいわい。それで勘弁してやろう」
こうして帰路に着いた。その日は姉貴からの質問攻めに苦しめられた。もう…落ち着かせてくれよ。
今日も我が食堂は大繁盛。樹さんとの距離を近づけるのが今後の課題だ。…まだ…か…。チャンスはあるのか…。
仕方ない。今日の晩飯はエビフライにしてやるか。
『短編』正しい地球の侵略の仕方 はた @HAtA99
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