第11話 恋人
「にいさまにはまた、みっともないところをお見せしましたわね」
見舞うために寝室を訪れたマルコを出迎えるために、ネグリジェに着替えたクリスティーナはゆっくりと体を起こす。立とうとしたが、お茶の準備をしてたヨハンネに止められてベッドの上に腰掛けるだけにとどめた。
気を利かせたのか、ヨハンネはいつの間にか寝室から姿を消している。
「にいさまがわたくしの寝室を訪ねるなど、とうさまとかあさまが亡くなって以来ですわね」
クリスティーナの両親、前女王とその夫は数年前突然の病に倒れ、あっけなく他界した。
両親のあまりにも早い、あまりにも唐突な死。十歳に満たなかったクリスティーナには、どれほどの痛みだっただろうか。
だが暗い部屋に閉じこもってしまったクリスティーナを、再び青空の下へ導いたのがマルコだった。
彼女の部屋を訪ねては思い出を語り、自分の親から聞いたクリスティーナの知らない両親の話をし、彼女が泣けば頭を撫でながらあやして、笑ったときは一緒になって笑った。
クリスティーナの弓の稽古にマルコが付き合えば、マルコの剣の稽古にクリスティーナもおもちゃの剣を持って飛び入り参加する。
泥だらけになるまで遊んで、痛い思いもして。遊び疲れて眠ってしまえばおぶって宮殿にまでかえって。
気が付けば、いとこ以上の感情をお互いに抱くようになっていた。
「にいさま……」
クリスティーナはマルコの身体を強く抱きしめる。
マルコも優しく、クリスティーナの背中に手を回した。
目があっただけで、はかったかのようにお互いの顔が近づいて。距離がゼロになった時、小鳥がついばむように軽く唇を触れあわせる。
「嫌です」
クリスティーナが漏らした呟きが、薄暗い寝室に溶けて消えた。
「嫌です……にいさま以外の男性のものになるなど」
マルコがクリスティーナを抱き締めた腕に力がこもる。
「でも、トルティーアのスルタンのものになるよりましだよ」
トルティーアの王を意味するスルタンはハレムという妻と愛人を囲む別荘を持つ。数百人が暮らせるその別荘に入った女性は、自分の産んだ子が新たなスルタンにならなければ子ともども殺される。
後継者問題を無くすためのトルティーアの伝統だ。
「カルロスは……」
マルコは血を吐くような思いでその後を口にした。
「少なくとも自分の愛する女には寛大だよ。きっと、クリスティーナも長生きできるから」
「マルコの隣に立てないのに、」
「それ以上、言わないで」
マルコはクリスティーナの唇を荒々しく犯して彼女の言葉をさえぎった。
愛する女性の感触で痺れていく頭の隅で、思う。
自分が、イタリアーナがもっと強ければ。彼女と一生を過ごせたのだろうか。
その翌日。トルティーアが正式にイタリアーナに宣戦布告を行った。
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弓で帆船をぶっ壊す乙女の戦争。 霧 @kirikiri1941
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