第10話 人質
「それを承諾したのですか!」
マルコがイタリアーナに戻り、カルロスの出した条件を話すと議場は騒然となった。
「はい。全権委任を受けた者としてその場で承諾しました」
平然と返すマルコに対し、宰相は拳で机をたたく。
「あの女好きの王、カルロスに王女殿下を嫁がせるなど!」
シュパーニエンの王は有能だが女好きで、正室はいないが宮廷の貴族から下女にまで手をつけているともっぱらの評判だ。
居並ぶ臣下たちを前に、マルコの脳裏にカルロスとの会話がよみがえっていく。
『王女殿下を、嫁がせろですか……?』
『そう驚くことでもあるまい。敵対していた国同士の王族が婚姻関係を結ぶ。古くからおこなわれてきたではないか』
『とは申しましても…… 王室が女系であるイタリアーナでは、王女殿下が嫁いでしまうと王位を告げる人間がいなくなってしまうのですが』
マルコは脳をフル回転させながら、申し出を断るもっともな理由をあげていく。
『確かに王女殿下には女の後継ぎがいない。だが代理として男が王を務める前例はあったはずだが』
『三百年前の一代限りのことを、よくご存じで』
『クリスティーナの代理としてお前が一時的な王になる。そして後継ぎには我とクリスティーナの間に生まれた女子がつく。シュパーニエンとイタリアーナ、両方の王の血を受け継いだ子供。まさに両国の友好にふさわしいではないか』
戯れ言を。マルコはそう言いそうになるのを、唇をかみしめてこらえた。
友好と言いながら、事実上は属国扱いだ。王女を人質にされた形になるのだから。
「静まりなさい、皆の者」
議場に集まった文官武官たちは、クリスティーナの一声に口をつぐむ。
声が大きかったからでも、威厳に満ちていたからでもない。
表情はあまりにも悲痛で、手が震え、かみしめた唇からは血がしたたっていたからだ。
「わたくしも王女です。兵が国のために命を捧げるように、わたくしもこの身を、ささげて、」
クリスティーナの身体がぐらりと傾く。転倒することはさけられたものの机に肘をついて、かろうじて体を支えているような状況だった。
「わたくしは、大丈夫です。それより、わたくしが嫁ぐ準備を進めておいてください」
付き人のヨハンネが肩を貸し、彼女を寝室まで連れて行った。
王女の席が空いた議場では、マルコに対し一斉に非難の矛先が向けられる。
「なんということをしてくれたのだ!」
「王女殿下のあの取り乱し様…… 貴様には臣下としての心がないのか!」
「ええい、今からでも同盟を破棄して……」
「皆さま、お静かになさってください」
クリスティーナを送り届け、戻ってきたヨハンネがぴしゃりと言う。その衣装は文官が身に着ける権威の象徴である宝石もなければ武官がまとう正装のように勲章が胸に輝いているわけでもない。
肩のふくらみと足首まである裾が優雅に広がった黒のレースの生地。その上から純白のエプロンをまとっただけの付き人の衣服にすぎない。
だが彼女も王女の付き人になるだけあって高い位の家柄であり、いざとなれば身を挺して王女を守る技術と覚悟を持っている。
「王女殿下の次に辛い思いをしているのは誰か、少しはお考えになっては如何ですか」
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